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調査報告 電車を転がるペットボトル

電車に乗っていると、ペットボトルが落ちている事がたまにある。大抵は椅子に下に転がっていて、電車が空いていれば、人々はその椅子に座るのを避ける。電車が曲がる時にペットボトルがころころ転がって、自分の近くで止まったり、自分の足に当たって止まったりした時は最悪である。自分が捨てたペットボトルではないのに、自分がゴミ箱に捨てなければならないかのような気分になる。衛生を考えると触りたくないので、ゴミ箱に捨てはしないのだが、その事で変に罪悪感を抱く。

 このペットボトルは、誰が捨てているのだろうか。電車内でペットボトルが空になった時に、それを床に捨てようと思うだろうか。それは、床にゴミを捨てるのと同じくらい、抵抗のある行為だろう(それに抵抗を覚えないという人がいる事は承知しているが)。では誤って、鞄にペットボトルを仕舞おうとした時に、床に落としてしまったのだろうか。いや、落とした事には気付くだろう。それに、そんなヘマは、そうそうしないものである。

 さて私は、ペットボトルが電車内で転がるに至る決定的な瞬間を目撃したので、今からここに記そう。

 夕方、帰宅ラッシュには少し早いくらいの時間帯だった。巳口行きの電車内に、茶色のダウンを着た一人の老人が乗っていた。老人はスマホを触る事なく、外を眺めていた。変わった様子はなかったが、とにかく暇そうに、角の席でだらんとしていた。老人は時々お茶を飲んだ。麦茶だった。ペットボトルの麦茶だった。

 巳口駅の2つ前の駅に着く少し前に、老人のペットボトルは空になった。あろう事か老人はそれを床に置いたのだ。老いた場所が重要である。老人は、椅子の下に、まるで隠すかのように、ペットボトルをきちんと立った状態で置いたのだった。そして駅に着くと老人は降りた。ペットボトルは、巳口駅に着く直前の線路の切り替え部分で転がった。

 重要な事だが、ゴミをゴミ箱に捨てるというのは、ゴミを隠しているだけではない。それはゴミを処理する最初のステップなのだ。

 その意識はあるか?


   可

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