千福理央

ショートショートを主に書いてます!

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最近の記事

小説の中の恋の香り(短編小説)

五月が大好きだ。桜は散ってしまったけれど、暖かく、爽やかで、お散歩にはうってつけの季節だから。それに、小説の中の恋の香りが、至る所で私の鼻から脳に届く。だから私は、この街をひたすらに歩きながら、この街のどこにもいないであろう運命の人に思いを馳せて、そう、ただ祈りながら、意図もなく街を歩く。  私に恋を教えたのは、たった一つの小説で、その作品はあまりに深く私の心に浸食したから、タイトルなんかもちろん言えないんだけれど、でもその作品の題材は高校野球だった事くらいは、言ってもいい

    • 【小説】地震かと思ったら心臓が動いているだけだった

      イラストを描いていた。自己表現なんかじゃない。ただのイラストだ。それでも、適当に描いていた筈の人物が、いつの間にか彼女に似てくる。今日の昼に会った彼女。付き合ってなんかいない。友達ですら、ないだろう。なのに、僕は、そう。彼女の事ばかり考えている。だからイラストにも描いてしまったのだ。あまりにも分かりやすい自分の事が、僕は嫌いだ。  絵を描き出したのは、小学生の時だった。あの時、大きな地震があって、今思えばかなりぼんやりとしていた僕は、小学校のグラウンドみたいに現実がぬかるん

      • 【小説】花も出さぬは只の木じゃ

        実家でクリスマスを迎えた。情けないのか、情けなくないのか、分からない。親に帰ってこいと言われたから帰ったのだが、断ろうと思えば断れたはずだ。少なくとも、正月まで伸ばしてもらうくらいは、出来ただろう。断る理由がなかったのは、家族にどう捉えられているのか、僕は考えないようにしている。  家族は帰ってきた僕の事を特段歓迎しなかった。まあ、それは問題ないのだ。家族にはいろいろな形がある。僕の家族は、割合それぞれが独立に生きている節がある。帰ってこいなどと言ったのも、そうでも言わない

        • 【小説】紐尽きじいさんとまさかのスカンク

          じいさんはしょぼくれた身体にオーバーを羽織っていたが、僕がそのじいさんに目を留めたのも単なる偶然だった。もし僕がその日受験に失敗し、しょぼくれていなければ、じいさんの事なんて気にも留めなかっただろう。事実、じいさんは誰の心の中にも存在してはいなかった。何故なら、じいさんは悟ってしまったからだ。この世の真理を、1つだけ。  世の中の人と人は紐で結ばれており、それは人間のようにコントロールできない。それらを全て操作したいのであれば、紐を全て相手に渡してしまうしかない。  悲し

        小説の中の恋の香り(短編小説)

          【小説】1等星

          人々を和ませる1等星であり続けますようにという意味を込めて付けられた名前だった。僕は比較的、その名前が嫌いだった。幼稚園や小学校では随分とからかわれたものだ。そもそも、名前がカタカナというだけで、ちょっと馬鹿にされる。それだけならまだ許せたのだが、文字数が多いから、画数としては「鈴木一」と同じなのだ。得がなくて損ばかり。嬉しい所が1つもなかった。  中学生くらいになれば、馬鹿にされる事も段々と減っていった。とはいえ、初めて僕の名前を聞いた人は、ちょっとびっくりした顔をしたり

          【小説】1等星

          【小説】ホタルテレパシー

          夕夏の森の中を、いつものメンバーで歩いた。明日、6人のうち5人が東京へ行く。残るのはただ1人、僕だけだ。5人は僕と思い出の場所を失い、僕は5人を失う。明日は、そういう日だ。  悲しくなったのか、可哀想に思ったのかは分からないが、昨日になって香織が、あの茂みの中へ行こうと言い出した。僕にそれを断れる用事はなかった。行きたい気持ちと、行きたくない気持ちが半々だった。6人でいてずっと楽しかった。楽しかったからこそ、楽しかったままの思い出で終わりにしたいようにも思った。これ以上、思い

          【小説】ホタルテレパシー

          【小説】パン屑さえも受け止めて

          底なしの愛が欲しいと思った。と同時に、どこかで自分を受け止めてほしいとも思った。受け止めるには、何かしらの平面が必要だ。底なしでは、受け止めようがない。つまり、二者択一なのだ。底なしか、受け止められるか。  ああ、どうでもいい。けれど、考えてしまうのだ。最近私は寝付きが悪いから。寝る前にいつも、こんな余計な事を考えてしまう。良くないと分かっていても。いや、良くないのか? うん、良くないだろう。健全ではない。そういえば、もうすぐクリスマスだ。私には、関係ないけれど。彼は今頃何

          【小説】パン屑さえも受け止めて

          【小説】魔法使いの最後の戦い

          僕の通っていた小学校の3階の男子トイレには、竹製の箒があった。それは洗面台に立て掛けられていて、そこで用を足す時には必ず目に付いた。その箒を僕たちが使う事はなかった。その理由は3つあった。まず、僕達が使う箒は、柄の部分が緑色のものだったであり、古の職人が作ったようなその箒は、僕達の小学校にはそれ1本だけしかなかったのだ。その箒は、明らかに僕達が使う為に用意されたものではなかった。次に、その箒はとても汚かった。穂先には埃などが沢山付いていたし、それに触った感触も、あまり良くなか

          【小説】魔法使いの最後の戦い

          【小説】草も枯れたのに

          幸せが満ち溢れていた蜜柑畑を抜けると、自然は途端に寂れてしまった。木々は薬害でも受けたかのようにひょろりとしており、地面には虫喰い穴のない枯れ葉が散在している。生の気配は何一つない。死んでしまった場所のようだ。道をずんずんと進む。舗装なんかされていない、白けた道だ。道は曲がっており、山の斜面のせいで蜜柑畑は直ぐに見えなくなった。森の中にも関わらず視界の前方は開けているのに、どんなに遠くにも特別なものは見えなかった。  まさかこんな所まで離婚届が追ってきやしないだろうなと、私

          【小説】草も枯れたのに

          【小説】惑星Kより

          「お久しぶりです。そちらでは7年が経った頃でしょうか? 輸送が遅れて、20年経っているかもしれませんね。あの頃と、お変わりありませんでしょうか?  こちらはたいして変わっておりません。私達のコモン・スペースは未だに正常に動作しております。あなたは随分と私達の技術を疑っておりましたけれど、この星では私達のやり方が正しいのです。仮にあなた方の種の細胞がこちらへ輸送されて、この星で人類が育つ事になれば、私達と同じ感想を持つでしょう。  さて、本題に入りましょうか。私達の星の名前

          【小説】惑星Kより

          【小説】風船はきれい?

          いつの間に悠は、風船を膨らませられるようになったのだろう。息を風船の狭い入り口にぴったりと吹き込んで、右手の親指と人差し指で、入れた空気が脱出するのを阻止し、再び自分が吸い込んだ息を吹き込む。風船は最初、急激に膨らみ、その後はスピードを落としながらも、確実に膨らんでいく。ある程度まで膨らんだら、口を離して、風船の入り口を縛る。そんな器用な事を、悠はいつ出来るようになったのだろう。  もう私の出る幕はない。昔は、私が風船を取り出して、悠に遊ぼうと声を掛け、悠が膨らませる事にチ

          【小説】風船はきれい?

          【小説】エスカレーターの擦過傷

           荷物を1つも持たずに、両親のもういない故郷まで帰ってきた。行く当てのない私は、駅から少し歩いて、懐かしいスーパーまで歩いた。思い出の場所だ。友達なんていやしなかったし、両親は共働きだった私にとって、土曜日に訪れるこの場所が、生きる意味だったのだ。生きるとは楽しむ事だと、そう私に教えたのは、資本主義の作ったこのアミューズメントパークだった。そう、確かにここは、この町唯一のアミューズメントパークだった。おやつがたくさん売っていて、遊ぶ場所も広くて。無論、今見れば、それ程たくさん

          【小説】エスカレーターの擦過傷

          【小説】空のお掃除

          病を患い、知人の紹介で地方のこぢんまりとした旅館で静養する事になった私は、しかし、なかなかゆっくりとは出来なかった。パン、パンという銃を撃つ音が、毎日のように午後の空気に響いて、私は一生懸命に時間をゆっくりと動かそうとしているのに、それを許さなかった。お世話になっている身だから、この不満を共有できる人はおらず、故に私は一人、与えられた西向きの部屋で布団に潜って、けたたましい時間が経つのを待った。森の動物が死んでいくのを想像するだけで、私は耐えられない痛みを覚えた。そうすると、

          【小説】空のお掃除

          【小説】存在なんていう高尚な概念はよして

          ピーが死ぬ時は、僕にも何となく分かった。ピーの元気のない様子を見て、僕は戸惑いながらおじいちゃんに相談したと思う。ピーが変わっているんだとか、そんな感じの、漠然とした言葉を選んだ筈だ。おじいちゃんは、後悔のないように面倒を見てやりなさいと言った。普段は僕に優しいおじいちゃんの、その時の顔は、世界で一番怖かったから、それで僕は、事の重要さを理解した。  僕はお父さんと一緒に、鶏小屋でピーを見守った(言い忘れていたが、ピーは小鳥ではなくて、ふくよかな鶏だった。ふくよかなのは、僕が

          【小説】存在なんていう高尚な概念はよして

          【小説】涙の色はどこで分かるの

          こんな寂しい日には、あまりに広すぎる自宅マンションの、そのリビングの端っこで、私は椅子に横向きに座って、窓の外を見ていた。そこには相変わらず美しい夜景が、まるで昨日と同じように、鮮やかに広がっていた。シルエットと、かろうじて服の輪郭だけが分かるくらいに、暗く、私も映されていた。  左腕を背もたれの上に置いて、人差し指を唇に当て、私はポーズを取った。シルエットは、惨めな、私らしい、姿をしていた。きちんと観察して、改善すべき点はどこか、1つ1つ、確認しては、改善する。その細かな動

          【小説】涙の色はどこで分かるの

          【小説】恋の二重人格

          電源ボタンが押されたのとドラマが始まったのと、どちらが先かは分からなかった。僕はとにかく、その時流れていたドラマを見始めた。ドラマの選択権は僕にはなかった。何故なら、流れていたドラマはそれだけだったからだ。僕はそれを見るしかなかった。けれども内容が全く僕の頭に入ってこない。困った事だ。誰のせいだろう。ドラマに本当に内容がないのか、それとも僕が最初の方を見逃していたのか。僕には分からなかった。この時の僕は機嫌が悪かったのに、こんなにも分からない事だらけだから、僕は思わず泣きたく

          【小説】恋の二重人格