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繊細さんの家探し

夫が何やら、パソコンに向かって怪しい動きをしている。

Googleストリートビューを開き、藁人形にジンジャークッキーマンの衣装を着せたようなアイコンを住宅街の真ん中に落とす。一棟のアパート周辺をうろうろし、入り口付近で止まる。何やら自転車置き場を拡大している。5秒ほど凝視したあと、玄関ドア付近に移動し、また拡大して難しそうな顔になる。今度はベランダの方に回って2階に干してある洗濯物を舐め回すように見る。ゴミ置き場に画面を移動し何も置かれていないことを確認すると、深妙な表情で更新日を確認し、閉じた。

ストーカーでもしているのか。たまりかねて

「なにしてんの」

と声をかけたら、

「物件見てるの」と真剣な口調で返された。



夫はHSPだ。いわゆる「繊細さん」というやつである。何に対しても敏感に反応し、特に騒音などには弱い。
今は症状がひどくないが、双極性障害と診断されたこともある。部屋が暗すぎたりすると鬱症状が出やすい。

要するに、物件探しにものすごく気を使う必要があるのだ。冒頭のGoogleストリートビューでは、候補の物件の雰囲気や住民の様子をチェックしていたらしい。
部屋番号や物件の写真からどの位置の部屋か特定し、住環境・前の住人や隣人の人物像などを推測するのだという。

隣との間隔はどの程度か、日光はしっかり差し込むのか、景色は良いか。南向きと書いてあっても、目の前に建物があって日が全く当たらないケースも多いのだ。
駐輪のしかたが雑すぎたり、玄関に子供の遊び道具・必要以上の傘が無造作に置かれていたりしたら「ここはないな」と見切る。キッチリ揃えたハンガーで綺麗に洗濯物が干されていれば、高得点だ。
駐車場がある場合は、車も大切な判断材料となる。汚すぎる車は一発NGではないものの要注意。改造車があれば、注意して見る。改造のしかたで人柄が大体わかるそうだ。

繊細さんの物件選びは、災害などの対策も抜かりない。
「重ねるハザードマップ」で、津波や水害・土砂災害のリスクを確認する。飛行機などによる騒音は絶対に避ける必要があるので、軍の基地との距離や位置関係なども気を使う。
最近はPFAS(フッ化化合物)による水汚染が話題になっていることを知り、

「水、気になるよね」

と、週刊○代の汚染水特集を真剣に見ていた。

もちろん事故物件もチェックする。「大島○る」という事故物件をまとめてくれている薄気味の悪いサイトをご存知だろうか。事故物件は炎の印になっているのだが、眺めていると炎の場所には傾向性があるようで、なぜか川など水辺に多発するようだ。しかも一箇所に固まっていることが多く、一つの不幸が別の不幸を呼び寄せているようにも見える。
はじめは事故物件など気にしないと考えていたわたしも、このことに気づいてから少し怖くなり、確認しないと気が済まないようになってしまった。


内見はさらに厳しい、「気」という基準がある。どんなに条件が良くても、「気」が悪ければ一発アウトだ。
周辺に来た瞬間に「ここはよくない」という場合もあるし、中に入ってはじめて「気が悪い」ということもある。
観察していると、手入れをされていない感じや、道が狭くて整備されていない状態が「気が悪い」につながっているような気もする。しかし、どうもそうでない場合もある。法則性がありそうで、ないのだ。

「お化けは見えないんだけどね」

夫はそういうが、繊細さんだからきっと何か、シックスセンス的なものがあるのだろう。


とはいえ私も、「気」は大切ではないかと考えている。

父がたの祖父宅がある周辺一帯は、近隣の町に住む人々からも「気が悪い」と言われる場所なのだ。

「ちぃちゃん(筆者)と一緒におじいちゃんのとこに向かうと、絶対に泣いたのよね」

母は昔話の際、時折こんなことを言う。

祖父宅のお向かいに住む、旦那様に先立たれたご婦人によると「この一帯では男が長生きできない」という。父の実家も、長男(父の兄)とその息子が私の生まれる前に亡くなった。原因は教えてくれない。私の父も、一昨年に71歳でこの世を去った。例外的に祖父は91歳までピンピンしていたが。

「気」は、ばかにできないのだ。


繊細さんの家探しは、ハードモードである。引っ越しを検討し始めて4ヶ月経つが、まだまだ家は決まらない。今週の日曜日、内見をしに行く。お願いだから早く決まってくれ。



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