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暗殺事件と悪意、そして世界

概要

 7月8日11時31分、安倍晋三元首相は一人の男によって殺された。

 日本最強クラスの一族に産まれ、輝かしいキャリアを積み、妖怪の跋扈する政界をのし上がり、「美しい国・日本」や「アベノミクス」を日本の路線に打ち立てた(正直、キモいと思っただけど)。

 今回、安倍晋三を批判する気はない。政界の狸どもは、全員批判されて当然の存在だ。叩けば、無尽蔵に埃が出る。

 私は安倍政権及び菅政権のテロリスト絶対許さない姿勢で、物凄く被害を被ったと自称できるポジションだからこそ、正直どうでもいいと思っている。

 また、民主主義の崩壊だと嘆く気もない。そして、これにより監視社会が悪化すると悲観する気もない。そもそも、民主主義に興味がない。

 正義の志を持たない大衆が寄り集まっても、広告代理店やコンサルの手のひらでくるくる回るだけだ。監視社会が悪化する前に、私自身はそもそも公安の監視対象だし、一般人に監視もクソもない。大袈裟に嘆く前に、そこらにいる腹空かせたガキや孤独な中年に話し掛けてこい。

はじまり

 事件が起きた当時、私はデスクのパソコン画面を睨んでいた。差し入れで頂いたクッキーは、粉っぽく、口の中の水分を奪う。

 携帯のバイブ音が鳴り、画面を開くと「マジかよ」と友人の驚いたメッセージが来ていた。ひとまず、仕事を中断し、背後にあるテレビを点ける。画面に映るアナウンサーは、元首相が襲撃されたと焦った顔で紙を読み上げていた。

 武器は散弾銃。至近距離での発射となると、確実に殺しにいった。私の心臓は、不思議と高鳴っていく。ついに、やりやがった。日本社会は、これから次のステージに入ったのだ。世界の戦争に巻き込まれ、経済危機、そして、社会構造の歪みから通り魔やジョーカーの多発。静かに着々と不安定になっていた社会は、不可視化された亀裂から確実な分裂へと姿を変えた。

 バイブ音が立て続けに鳴る携帯画面に目を落とすと、LINEや他のメッセージアプリに先輩・後輩や友人の名前が次々と表示されていく。

 マスコミで働く友人らは、犯人を特定したがっていた。きっと、仕事の関係上だろう。私は、彼らに役立ちたい気持ちと、個人的な興味から各方面の友人に連絡を飛ばしていく。

 私に連絡が来た理由は、以下の記事から!

 テロリストの正義と行方

 犯人は、単独で確実に殺すために散弾銃を使った。これだけで犯人像は、絞り込める。新左翼の場合は、すぐに声明文を打ち出す。イスラム系ならマシンガンで市民ごと撃ち殺すか、映像として派手な爆弾を用いる。また、今の高齢化し大衆化路線を選んだ新左翼に特攻できる兵士も、襲撃の指示系統もないだろうから、可能性は低い。

 こういう単独で一人一殺みたいな手法は、右翼団体だ。そう直感し、伝統右翼や新右翼の先輩や友人らに連絡を入れていく。

 「うちではないよ」と一言だった。確かに、安倍晋三に殺意を持つ右翼団体だと、伝統右翼団体ではなく、新右翼に絞り込める。しかし、的を安倍晋三にするのは、少し妙だ。もっと一部から悪魔的に嫌われている竹中平蔵とかを狙ったほうが、組織的には意見をアピールするに効果的だ。

 政治学者や広告系の友人からは、電話が掛かってきた。同時に掛かってくるとは、良いセンサーを持っている。

「ようやく、時代が変わったな。これで本物の西側諸国だ」と嬉々として語る。私と同じように、刺激的な世界が好きな奴は、喜ぶだろう。コンビニの入り口では、地元住民が不安そうな顔を浮かべて、井戸端会議をしていた。

「まだ、死んでない」

「思想性ないんだってよ」

「錯乱しているらしい」

 次々と流れ込む新鮮な情報に、私は少し戸惑った。まず、散弾銃を至近距離で喰らったら、殆どの可能性で死ぬ。この段階で死んでないことにしている時点で、おそらく政府は官公庁で調整を始めている。

 首相を殺した人間に思想がない。これは、悪意の伝播を防ごうと警察がマスコミに箝口令でも敷いているのか。そうなると、犯人は山口二矢のように、獄中で死ぬことになる。

 犯人の画像は、すぐに送られてきた。

「知り合い?」という文章に、ゾッとしたが、どうやら面識のない人間だったので安堵する。

「これ右翼じゃないよ。服装と顔が右翼らしくない」と返信をする。右翼といえば、事を起こす時には身だしなみを整えるのがデフォだ。こうなると、事を起こすポテンシャルを持っているのは、自衛隊関係者になるだろう。

「自衛隊の関係者で知り合いいない?」とマスコミ某社の友人は、どうやら駆けずり回っているようで、文脈もなく、必要な情報を提示した。

 数発の弾丸で世界は、一瞬で変わる。

 こないだまで、てきとうな馬鹿話で盛り上がっていた友人らが一緒の話題でLINEを同時に送ってくる。今回の事件は、それだけの衝撃を放ったということだ。

 安倍をしっかり裁いてから云々なんて言葉は、目の前の現実に通用しない。やるか、やらないかだ。そんな出来もしない詭弁に、覚悟を決めた人間の心は動かないだろう。

 これからテロは、起き続ける。ついこないだ、立憲民主党の中心人物の福山哲郎は、無名の市民に襲われた。暴力はエスカレーションし、主張するための身近なツールになってしまった。

「無名の市民だってよ。もう止められないな、こりゃあ」と夕方に電話した友人は、受話口で笑っていた。ひどく和かだ。無名の市民による自作の銃での元首相の殺害。もう、管理監視も効かない世界だ。

決意した人間

 無敵の人は怖い。それは間違いない。

 失うもののない人間は、何でもできる。それは殺人だって、強盗だって、強姦だって、法に違反しようが、道徳に反そうが関係ない。

 誰も孤独な人間を包括しなかった。疑似家族という最低限のルールを持ったヤクザ、正義の看板を背負った過激な政治団体、教義と幸福を追求する宗教は壊れた。この時点で気付くべきだったのだ。

 利益中心のルール無用の半グレが跋扈し、人の期待を弄んで商材売り飛ばす詐欺師、エコロジーな疑似科学を信奉するカルト擬きが巷で流行っている。これが改革をした自由な世界です、どうぞ楽しんでください。

 息苦しさでぶっ壊した組織は、重要な役割を担っていた。表面的な0か100で物事を見極め、無駄だと壊したものが、社会を保つための下水の役割を担っていたのだ。ポリも政治家も、無責任な市民も、お前らのせいでこうなった。

 社会で働くことができない能力値の人間、救えない、いや救いたいと思えない人間を包括していたのは、なんだったのか。それこそ、ヤクザ、政治団体、宗教だったのだ。もちろん、害悪だから管理はしなければならない。

 こうなってしまったからといって、私は悲観もしない。今を楽しもうとしているくらいだ。

 かつて、世界を変えてやると決意し、日本を飛び出した時から何にも変わっていない。母親の彼氏に手のひらを灰皿にされた同級生、皆んなの生活について訴えている活動家を機動隊が取り囲み、ラジオが上空を飛んでいく刑務所の暴動、廊下で刑務官に殴られて動かなくなった老人。あの時から、世界の悪意は、一人一人の心の中に宿っていると思っていた。それは知らないふりも含まれる。

 ようやく、全員が悪意に満ち溢れたゲームへと強制参加することになる。

 これから不穏な空気は漂う。情報処理する精神的体力のない人間は、精神病に犯されるだろう。しかし、今こそ、人を取り巻く世界を考える機会なのだ。

余談

 陰謀説を唱える人間もいるが、わざわざ金を出してまで、殺せる可能性の低い自作の銃を使わせるわけがない。仮に金を支払うなら、取得の簡単な猟銃を使わせるだろう。

 また、ダークウェブ見ただけで簡単に作れるわけでない。一回、やってみろ。意外にうまくいかないから。要するに、これは一人で出来るとも思えない。

数年前にトルコに渡航していました。現在はオルタナティブ系スペースを運営しています。夢はお腹いっぱいになることです。