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AIに頼めること・・・について考える

久々に AI関連の記事を書いてみます。

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さて、本題です。AIに頼めることはなんだろうか?という話。

これまでいろんなものを試してきて、また、いろんなことができるようになってきました。半年前でいうと、絵が描ける・・けどまだまだよくわからん若干不気味の境界を越えることができない絵ができていたんですが、今やしっかりした絵が描けています。

ChatGPTも回答がイマイチだった・・・んですが、いいプロンプトが出てくると精度が上がってきている(ように見える)状況です。

先日はPhotoshopにおいてもAIジェネレータがベータ版でリリースされました。試した方もいらっしゃるのではないでしょうか?僕自身も試してみましたが、プロンプトの精度によってはイマイチでしたが、プロンプトの精度によっては素晴らしいものが表示されます。

すごい便利!と思う反面、ちょっとしたことならAIがやってくれるわけで、このちょっとしたことというのがミソのような気がします。

仕事を奪われる奪われないの話は今回は置いておこうとおもいます。今回のテーマは「頼めること」なので。。。

今の所ではありますが、AIに頼めることの定義としては「ちょっとしたこと」なのかもしれません。「ちょっとしたこと」というものをもう少し解像度を上げてみましょう。

「ちょっとしたこと」=「自分でやろうと思えばできるけど、やらないなぁということ」と考えることではないでしょうか?自分でできないことは「ちょっとしたこと」にはならないでしょう?

ってことはこれらちょっとしたことは「自分で評価できるもの」という見え方もできます。

・例えば何かの情報を集めてまとめる
・例えば何かのアイデアを考える
・例えば何かの解決策を探る

これはChatGPTの文脈での「ちょっとしたこと」です。この「ちょっとしたこと」をそのまま鵜呑みや無条件でGoしてしまうとそれは「自分で評価していない」という怠慢になるわけです。

いい事例がありました。

そう、これも「ちょっとしたこと」です。まさに、この「ちょっとしたこと」こそがAIの得意分野であり、だから頼めるんじゃないかと思うわけです。

逆にいえば、「ちょっとしたこと」じゃないものは AIに頼むべきではなく、やはり自分で何か主導的に動かないといけないものではないだろうか?と思うわけです。

いかがですか???

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