「いっぱしの女」と買取のフレーズ
買取のフレーズ
買取のフレーズは、その店の顔である。吉祥寺のよみた屋さんは「おじいさんの本買います」と謳っている。おじいさんの本売ってみようか、という気分になる。祖父の棚が頭の中に浮かぶ。
本はそれを持っている本人にしか価値が分からず、家族にはとかく敬遠されがちで、遺品整理では捨てられることがある。整理で頭を悩ませているときに、よみた屋さんのフレーズを見たのなら、持ち込んでみようという気になるだろう。
では、私たちがやる店はどんなフレーズで買取をうたうのか。
今回の読書会では、そのフレーズのアイデアが浮かんだ。アイデアのもととなったのは、本の余白への書き込みを意味する「マルジナリア」という言葉だ。本は買った時点では大量生産品であるが、書き込みをしていくなかで、物理的だけでなく読者との心理的な関係も変化していき、「ひとつの本」となっていく。
古本屋では書き込みのあるものは、人文書や貴重な本でなければ、売れないと判断されて捨てられることがある。しかし、私は人の痕跡の残った本も売りたいと思っている。
なぜか。日々、無数の本が出版されるなかで、人に一度なりとも手に取られるのみならず、書き込みがされるほどに熱心に読まれた本には価値がある。だから書き込み、もとい痕跡のある本も併せて売りたい。
むろん、どんな痕跡のものでも売るわけではない。お客さんから買い取った本を整理していくなかで、面白いと思った痕跡の残っている本を売る。たとえば、本文の脇のコメントが奇想天外だったりとか。
妙な痕跡のある本を、通りに面した一画に並べれば、それは店の顔となるだろう。買取のフレーズは「書き込みのある本も買います」。アイデアの一つとして持っておく。
読書会であつかった連続セミナー
マルジナリアという言葉を知ったのは、「マルジナリアでつかまえて」という本が最初だった。ライ麦畑でつかまえて、とイメージが重なるのと、マルジナリアという言葉の響きゆえに、その本こそ読んではいないが、存在は片隅にあった。
その本を執筆したのは文筆家兼ゲーム作家の山本貴光さんで、今回の読書会で扱った連続セミナーの講師として山本さんは名前を連ねていた。そのセミナーは、慶應SFCの研究所であるアドバンスト・パブリッシング・ラボが行ったRound about the bookと題されたものだ。(以下リンク。https://www.aplab.jp/round-about-the-book)
書物(本)というものが長いあいだ培ってきた側面を、電子書籍の技術やサービスがカバーできていないのではないか。この問題意識でセミナーは開催された。
書物論だけではなく、出版論も展開されていたから、出版社で働く友人にも声をかけて、本屋を共同で構想している友人と私、あわせて3人で読書会をした。
「いっぱしの女」とレイアウト
読書会のなかで検討する事項として、存在感を増したのが店内・店外のレイアウトだった。発端は文庫のカバーだった。出版社の友人が話していて改めて気づいたが、文庫のカバーが刷新されてポップなものに顔を改めることがある。
たとえば、ちくま文庫から昨年復刊された氷室冴子のエッセイ「いっぱしの女」は、髪や輪郭の線の柔らかな女性がゆったりと椅子にこしかけ、夢見心地かのように目を細めている。
文庫のカバーと店のレイアウトは、いかようにして私の頭の中で結びついたか。カバーを改めた本は棚に面だしされる、面出しするということは売りたい本ということ、売りたい本・売れる本は立地によって変わる、たとえば国立(くにたち)だったら人文は売れるだろうから面だしせずともよいが、サブカルは売れにくそうだから面出ししたほうがよいかもしれない。
立地に応じて店内・店外のレイアウトを考える必要がある。話の中での一言は連想を誘う。
電子書籍の販売
連続セミナーは全6回あり、全ての回に等しく触れられたわけではない。中小出版の未来と出版のコモン、と題された回では出版業を営むかたわら、マルジナリア書店という本屋を経営する小林えみさんがお話しされている。読書会の終わり際に数分話した程度であったが、考えるテーマを差し出している。
小林さんは問題提起をする。リアル書店で電子書籍を売るモデルがあってもよい、しかし現状ではアマゾンのKindle対応のものを売ることになるので、それ以外のネットストアの電子書籍も売れるように、オールジャパンのプラットフォームが必要ではないだろうかと話している。
「本」に関わるならば、私たちの本屋でも電子書籍も扱う可能性はあると思っている。電子書籍の販売は今後とも考えるテーマだろう。
おわりに
マルジナリアが買取のフレーズのアイデアを呼び起こし、文庫のカバーが店内外のレイアウトまで至った。頭の中の整理がつきつつ、レイアウトは店の根っこに関わることであり、今後の宿題も持ち帰ってきた。
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