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新学期。4月はすぐに後半に!

4月になった、と思っていたら、あっという間に半月すぎた。
去年まで日課となっていたラジオ講座を今年はさぼっていた。片付けをしていたら、放送大学の資料が出てきて「また何か聞こうかな」と考え始めた。
ラジオ講座を久しぶりに聞いてみたら、内容が変化していた。テキストを買いにいかなきゃ、と思う。
しかし、年度が変わり、学校も新学期。関係各所からの連絡なども来ていて、気がつくとあれこれやらなければいけないことがあった。来週は会社の健康診断も予約したし、久しぶりに会う人たちとの予定も入ってきた。なんと来週の予定は一日も空きがない。
動き始めてわかったことは、コロナ禍から街が変化していること。
新しい制服の学生たちが登下校していること。
お年寄りたちも友だちと肩を並べて歩いている。
街が動き始めた。
もうすぐ東京では選挙が行われる。街頭演説も多い。
昨日はれいわ新選組の山本太郎が演説していた。
日本はあいかわらず投票に行く人が少ない。こんなに低い投票率で代表を決めていいのかと私は不満だが、低投票率だからといって選挙が無効になることはない。

生活と社会と政治と職場や仕事や子育てや教育や
食事も遊びもおしゃれも健康も医療も
みんなつながっているのに、
なぜ選挙に意識的になれないのだろうか。

18歳で就職したとき、「ついておいで」と言われて何もわからずに行ったところは、選挙運動で人が集められた会場だった。私は自分の意思ではなく、数合わせのために連れていかれたようだった。そのときの私には選挙権もなかったのに。
世の中のしくみを知らないのは、勉強しなかった私が悪いのか。
でも、学校では社会の「仕組み」は教えてくれても、人やモノの関係性や実際に何がどう動いているのかといったことはあまり教えてくれないような気がする。
世の中を知るには、やっぱり「人」や「人の関係」、心情とか欲とかかけひきとか、そういったドロドロ、ぐちゃぐちゃ、ねっとり、ジトジトなどをしらないとわからないような気がする。
それをわかりたくないからみんな参加せず、興味をもたず、蚊帳の外にいるようなふりをしているのだろうか。
投票しなくても、税金はとられるし、個人情報は筒抜けだし、こちらの思いは届けられないのに。
あー、なんだか愚痴ってしまった。もっと住みやすい街にするために、私には何ができるか、やっぱり真面目に考えたほうがいいと反省する夜でした。

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