見出し画像

使いパシリさせられるエース(ショートショート)

元気がない。

自分でいうのも何だが最近めっきり元気がないのだ。
これはマズい。

私が勤務する会社は世間でも名の通った一流企業で、
ここに在籍しているだけでもある程度の成功者といえる。
そしてこの会社で私は自他共に認める若手のエースだ。
その評価に恥じぬよう私は働き、
同期や他の若手有望株を遠く置き去りにするほどの結果を出してきた。

そんな私には今、元気がない。

ないというより湧き上がってこないのだ。
肉体的には健康そのものなのだが、どうやら問題は別にあるようだった。

繰り返すが、これはマズい。

このままいくと私の評判は地に落ち、
そこらにいる平凡な社員に成り下がってしまう。
どうにかして元気を取り戻さねば。
絵に描いたような人が羨む出世街道をひた走るこの私が
ここで躓くわけにはいかないのだ。

私はそれから、元気を取り戻すために
思いつく限りのことを実践してみた。
だが、いずれの方法も効果は芳しくなかった。

困った。非常に困った。
入社以来初めての困難に直面し、しかもそれが解決しそうにない。
私はもうダメなのかもしれない。

いやもうダメだ。会社を辞めよう。
もうそれしかないと思い、人知れず退職願いを
作成していたところに直属の上司から声をかけられた。

「ちょっと社長室に行って書類をもらってきてくれ」

と、上司からの命令は何てことのないお使いだった。
こんな使いパシリ、他のやつらに行かせればいい、と
以前の私なら憤慨していただろうが、
今は何しろ私自身に元気、気力がない。

「承知いたしました」

私は力なく返事し社長室へ向かった。

「ああ、それからエレベーターは必ず旧式を使うように」

上司のその言葉に、私は特に疑問を抱かず力なく頷いた。

旧式のエレベーター。
我が社に一基だけ設置されている古びたエレベーターだ。
社内で利用している者はいない。
おそらくは社長専用のエレベーターなので社員は使用不可。
そんな不文律を入社当時から聞かされていた。

私はそんな旧式エレベーターに乗り込むべく乗降ボタンを押した。
旧式のエレベーターは、普段使用しているエレベーターに比べて
到着のスピードがかなり遅かった。
普段の私ならイライラするところだが、そうはならなかった。

何故か?

気力も元気もなかったからだ…。

エレベーターが到着した。窓には黒いフィルムが貼られていて
外側から中の様子は見れないようになっていたが、
私は特に気にせずに乗り込んだ。
最上階のボタンを押し、ドアが閉まると旧式のエレベーターが
ゆっくりと最上階へ昇り出した。

やはり遅い。
体感だとエレベーターの速度はさらに遅く感じた。

そして何故か煙のようなものがエレベーターの天井から吐き出されてきた。
火災発生か?と思ったがエレベーターの壁に『当エレベーターは
天井から煙のようなものが出ますが、仕様です。ご安心ください』
という注意書きがあったのでひとまずそのままにしておいた。
実際、室内に漂う煙らしきものを吸い込んでも問題はないようだった。

ようやく最上階に到着し、私はエレベーターを降り社長室へ向かった。
社長室の前には秘書らしき女性が立っていて、恭しく書類を渡された。

「では失礼いたします」

私は一礼し、再び旧式のエレベーターに乗り込んだ。
帰りもやはり天井から煙らしきものが出ていた。
私は書類を上司に渡して自分のデスクへ戻った。
その日以来、私は上司から日に一、二度、社長室へ書類を
受け取りに行かされた。
もちろんあの旧式のエレベーターを使用してだ。

連日それが繰り返されたが、
面倒だとかもうウンザリという気持ちは沸かなかった。
むしろ私自身、驚くべきことに元気が、気力が戻ってきたのだ。
今となっては、社長室まであの煙い旧式のエレベーターで行き、
書類を受け取ることが楽しくて楽しくてしょうがない。

私は復活した。元気も気力も漲っている。
これでまた仕事に邁進できるというわけだ。
そういえば、元気を取り戻すために色々やってみたが、
マリファナだけは入手方法がわからず試さなかったな…。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?