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マークの大冒険 フランス革命編 | 楽園の先で待つ者


前回までのあらすじ

マークはロベスピエールからイアルの2本の鍵と遺書を預かり、遺書を彼の婚約者エレオノールに届ける約束する。その後、マークはホルスと共に楽園イアルの扉を開き、世界の中心に近づいていく。そして、楽園の先には見知らぬ人物が待ち受けていたのだった。


「マーク、行けるか?」

ホルスは謎の男を前に戦闘体制に入り、マークを横目に見た。

「若いのは血の気が多くて良くないな」

男は好戦的なホルスを見て、呆れた口調で言った。

「若い?笑わせるな。俺の方がずっと古い」

「天空のホルス。九柱神にも入らない、第五世代の新興神。私はキミたちの祖ラーよりも先に存在している。父オシリスは賢王として評判だったが、キミはいつになっても変わらないな。常に怒りにとらわれている。荒々しいだけの戦闘神。だからラーは、キミを舟の右手に選ばなかったのだろうね。私でもセトを選んださ」

九柱神
世界を創造した古代エジプトの初期の神々。

オシリス
ホルスの父。豊穣神で人間に農業を伝えた。賢王として名高かった。九柱神の一柱。

セト
オシリスの弟で、ホルスの叔父にあたる。砂漠の守護神で、砂嵐を司る。エジプトで最も戦闘力に秀でた男神で、九柱神の一柱。

「は?てめえ、一体何者なんだ?」

ホルスは、苛立ちを抑え切れずに言った。

「ケイオス(混沌)とでも名乗っておこうか。だが、キミらはヌン(原初の海)、またはメシア(救世主)とも呼ぶか。まあ、勝手に呼べば良いさ」

ケイオス
混沌の意。Chaosを日本では伝統的にカオスと発音するが、これは典型的な誤った日本訛りの英語で、ケイオスと発音する。

ヌン
古代エジプト神話に登場する原初の海。混沌とも呼ばれる。この暗黒の海からラー・アトゥムが光を放って誕生した。

メシア
ヘブライ語で、香油注がれし者の意。人々を導いて救う指導者を指す。ギリシア語では、キリストと呼ぶ。キリスト教は、ナザレのイエスをメシアと信じる者たちの宗教。

男は余裕の表情で、微笑を浮かべながら答えた。

「救世主を謳って、大勢の人間を何千年にも亘って争いに巻き込んできた。そして、その争いは今も終わることなく続いている。その偽善で多くの人が苦しみ、命を落としてきた。子どもたちまでもだ。この世の暗黒そのもの。どうしてこんなことを?」

マークが男に向かって言った。

「暗黒?これは再生と救済の物語。それに暗黒というなら、キミもとっくに暗黒に染まっている」

「え?」

「宝具を使っただろう?黄金の果実とアムラシュリングを。何の力も持たないキミが、無作為に特別な力を使ったんだ。大いなる力の前借り。その先にある未来は、恐ろしいぞ」

「記憶の代償か?」

「いや、そんなものじゃ済まされない。キミは大切にしているものを2つ失うことになる」

「え……?」

「見えるぞ、キミの最も大事にしているものが。ほう、女神ウェスタ、それに少年ルイ、少女ヒトミ、祖父と父、そして......」

「やめろ......!」

マークは、怒鳴って男の声を遮った。

「マーク、こいつの言うことを聞くな!全てデタラメだ!」

「キミたちを見ていると、昔を思い出すよ。かつて晩餐をした時、私は13人の弟子たちにこの中に裏切り者が出ると伝えた。弟子たちは動揺し、互いを疑い合った。だが、彼らは誰一人として私が裏切り者であるとは疑わなかった。師よ、誰が裏切り者なのですか?と訊くばかり。迷える子羊たち。従順で、物事を自分で考えない。哀れな者たち、私が裏切り者だというのに。だが、私の裏切りによって彼らは初めて自ら考え、各地に散らばって私の思想を伝播した。ところで、キミらはあの鍵に気づかなかったのか?形が変わっていただろう」

晩餐
エルサレムのダヴィデの墓があったシオン丘付近で行われたイエスと弟子たちの最期の夕食。イエスはこの席で弟子たちに裏切り者がこれから現れることを伝えた。一般的にその裏切り者はユダと伝えられている。

13人の弟子
マグダラのマリア、ペテロ、ヨハネ、アンデレ、トマス、マタイ、大ヤコブ、小ヤコブ、ピリポ、バルトロマイ、タダイ、シモン、ユダ。通常は、マグダラのマリアを除いて十二使徒と呼ぶ。別格として扱われているマグダラのマリアは、イエスの伴侶と考えるのが妥当である。イエスが既婚者だったことは、敵対者からの罵倒に未婚の件が入っていないことから窺える。当時の既婚率は99%で、未婚でいることはほとんど犯罪に近いほど軽蔑された。従ってイエスが未婚ならば、その点を敵対者が取り上げないわけがないのである。

子羊
従順な人間を指すキリスト教用語。

あの鍵
天国の鍵を指す。イエスが一番弟子ペテロに託した天国の扉を開くための2本の鍵。

キリストとエジプト
ヘロデ王から身を隠すために幼少期をエジプトで過ごしたイエスは、エジプト宗教の影響を強く受けた。

男はマークたちの背後にある扉を指して言った。

「何!?」

驚いたマークが振り返ると、扉の鍵穴に刺さった鍵の持ち手が先ほどとは異なり、大蛇ウラエウスから白百合の形状に変化していた。

「最後にあの革命家に渡しておいて正解だったな。時は満たされつつある。キミたちは、よく働いてくれた。また一歩進んだ新しい契約の時がじきに来る」

ウラエウス
古代エジプトのコブラの姿をした守護神。古代エジプトのあらゆる装飾に見られる。

白百合(アイリス)
純潔を示すキリスト教のシンボル。

あの革命家
フランス革命期の政治家マクシミリアン・ロベスピエールを指す。

新しい契約
イエスは自ら十字架に掛かる儀式によって、死後の救済を全人類に拡張した。これを新約と呼ぶが、それよりさらに進んだ未知の契約をここでは指す。

「どういうことだ?」

男の意味不明な発言にホルスは苛立った。

「知る必要はない。キミらに私の目的は理解できない。理解する必要もない」

男はそう言い残すと、砂のように消えていった。

「畜生!逃げられたか!」

ホルスは、先に男が立っていた場所に拳を振りかざした。

「ホルス、今のままじゃ戦っても彼には勝てなかった。微笑の先に物凄い殺気を感じた。彼がその気になれば、ボクらはきっと一瞬で消される。始まりの混沌、原初の神格ヌン、香油注がれしメシア。彼の話が本当なら、ボクらはきっととんでもないのを相手にしている。そもそも彼は死ぬとか滅びるとか、そういう概念が通用する存在なのか......?」

「また探し直しか、クソ!」

ホルスは地面に向けて拳を勢いよく振り落とした。すると、地面に咲く花が千切れて風に飛んでいったが、潰された花はみるみるうちに再生し、元通りになって再び先ほどと変わらぬ花畑に戻った。

「ホルス、もう行こう」

「行くってどこに?」

「それは、分からないけれど......。ここにはもう、ボクらが必要なものはない気がする」





To be continued…




Shelk🦋

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