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札幌・吹奏楽部指導死訴訟 自殺前日の指導について遺族が疑問を呈するも、「分析してない」と指導主事が証言 アンケート原本も確認せず

BLOGOS 2018年12月28日掲載

2013年3月3日、北海道立高校の1年生、悠太(享年16)が地下鉄の電車にはねられ死亡した。所属していた吹奏楽部の顧問による不適切な指導を苦にして自殺したとして、母親が北海道を訴えている裁判が12月21日、札幌地裁(高木勝己裁判長)で開かれた。この日は、北海道教育委員会石狩教育局の指導主事(当時)の証人尋問が行われ、指導主事は、アンケートの原本は確認していないことや、顧問の指導内容について十分な分析をしてないことがわかった。

訴状などによると、悠太は13年1月、他の部員との間でメールをめぐりトラブルを起こしていた。この時、お互いが言いすぎたものになっていたが、指導を受けたのは悠太のみ。一方の相手は指導されていない。その後、部内で別の問題が起き、3月2日、悠太のみが指導された。翌日は日曜日だったが、悠太は部活のために登校したものの部活の練習には参加せず、地下鉄の駅に行って自殺した。

指導主事の証人尋問が行われた札幌地裁 写真:渋井哲也

この日の証人は、北海道教委石狩教育局の生徒指導担当だった指導主事(当時)。生徒が自殺した場合には指針がある。文部科学省は2010年3月、「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」( 参考(外部リンク))を作成した(現在は改訂版が出ている)。これを踏まえて基本的な初期対応をすることになっている。

裁判資料によると、悠太が自殺した13年3月3日の当初から指導主事は学校と連絡を詳細に取り、具体的な指示をしていた。同日午後3時35分、教頭が指導主事に電話している。午後4時2分、指導主事は学校に電話した。午後9時45分、再び指導主事が教頭と電話で話をしている。

報道対応を指示したが、掲載された記事は読んでいない?

指導主事が学校に対して指示した内容は以下の9つだったという。

1)警察から詳細な情報を取得すること
2)報道機関の問い合わせには窓口を一つにすること
3)保護者の意向を確認すること
4)保護者に連絡すること
5)地下鉄の駅にいた理由を確認すること
6)本日学校に来ていたのかを確認すること
7)顧問から体罰があったのかを確認すること
8)いじめがあったかを確認すること
9)経過を時系列で整理すること

しかし、報道対応について窓口を一本化するといいながら、マスコミの取材には間違った情報が流れ、その後訂正も求めてない。北海道新聞の翌日付記事には、悠太の自殺に関する鉄道事故が掲載されている。学校側のコメントとして、「登校する予定だったが、欠席した」とあるが、これは事実に反する。悠太は当日、学校に行っている。

原告代理人「記事は読みましたか?」
指導主事「記憶はございません」
原告代理人「初めて見たかもしれない?」
指導主事「そうです」

こうしたやりとりには疑問を感じる。行政は関連する記事が書かれている場合、どんな小さなものでも回覧することがほとんどだ。まして、生徒の自殺に関連した記事で、マスコミ対応も指示した担当者が、証言台で初めて見るということは通常は考えられない。

「自殺に関するアンケートの原版は確認してない」と証言

また、学校では、悠太の自殺に関連したアンケートを行なったが、その件についても証言をした。

被告代理人「アンケートに関する指示をした?」
指導主事「生徒へのアンケートもしくは聞き取りは、心身の状況を鑑みて、適切な時期にするように、と指示をしていた」
被告代理人「アンケートなのか、聞き取りなのか、方法は指示してないのか?」
指導主事「していません」
被告代理人「現場の学校の判断ということか?」
指導主事「生徒の状況を理解しているのが学校。一任していた」

アンケートや聞き取りは指示したが、行われるタイミングや方法について、指導主事は事前に把握してないとの証言があった。

被告代理人「3月11日にアンケートを取っている。直前に相談は?」
指導主事「11日に実施するということは連絡はない」

しかも、指導主事にはアンケートの原本が送られていない。つまり、原本を確認してないことがわかった。

被告代理人「送られてきたアンケート結果は原本か?」
指導主事「この事故に関わると思われる生徒の発言が整理されたもの」
被告代理人「原本ではない?」
指導主事「はい、そうです」
被告代理人「学校には原本を送付するうように指示はしていない?」
指導主事「指示はしていない」
被告代理人「理由は?」
指導主事「教育局としては、学校がこれはなんからの意味があると思われる整理したもので十分と考えた。そのほかのものを送付するようには指示はしてない」

原告代理人「アンケートの全文は確認してない?」
指導主事「確認したことはない」

学校側がまとめるときには何らかの意図が働くと考えるのは自然だ。学校を信用しつつも、まとめとなった根拠である原本を確認し、ダブルチェックをすることが、その「まとめ」の信用性を高めることができる、しかし、教育局では「まとめ」を再検証できない形を許してしまったことになる。

部員へのアンケートの存在を当初は知らなかった!?

アンケートは、3月11日に実施した全校生徒を対象にしたもの以外に、3月4日にも部活動の部員を対象にしたものも行われている。

被告代理人「直前に連絡や相談は?」
指導主事「事前に相談を受けた記憶は記憶にない」
被告代理人「部内アンケート内容の送付は記憶がある?」
指導主事「後日、送付してもらった記憶がある」
被告代理人「送付は原本ですか?」
指導主事「数名の生徒から聞き取りの状況を記載したもの。すべての生徒のものかはわからない」

部員を対象したアンケートの実施も事前に指導主事は把握してない。しかも、ここでも、原本は見てない。学校側がまとめたものを信用したとしても、原本との照らし合わせをしない理由はないのではないかと思えてくる。

ちなみに、この裁判では、確認が不十分だった点を指摘されることが多い。1月のメールトラブルになった最初のメールさえ、生徒指導部長がチェックしてないとの証言が出ている。

原告代理人「(きっかけは)メールではないか?」
生徒指導部長「メールではなかったと思う」
原告代理人「事実としてはメールであったようだが、把握してない?」
生徒指導部長「メールを確認したことを覚えておりません」

指導の根拠となったメールもきちんとチェックしていない。それに加えて、自殺に関するアンケートの結果も原本がきちんと保管されていない。しかも、教育局で原本を確認していない。教育局は学校を指導・助言する立場だが、それは「事実」を元にしなければならないはず。謎が多い。

3月15日にも指導主事から学校に電話があった。遺族が「アンケートの結果を見たい」と学校側が伝えられている。指導主事は「このまま遺族にアンケート結果を示すのは危険である。事実だけを絞って示す必要がある」と指示した。

被告代理人「(遺族からのアンケートを見たいという)相談について、どのような指導・助言をしたか?」
指導主事「生徒の憶測であったり、想像であったり、主観的な部分が多々含まれていたため、そのまま示すと間違った認識をされる可能性がありますので、直接示すのは控えたほうがいい、と言った記憶があります」

結局、学校側は直接アンケート結果を示さず、教育局との間で打ち合わせをした「説明原稿」を遺族の前で読み上げることになる。その「説明原稿」も、後日、遺族から「いただきたい」との要望があった。

被告代理人「要望について学校とどう協議した?」
指導主事「局としては、説明原稿が事実に基づいてではあるが、婉曲表現の部分もあるが、万が一、外部の方の目がふれたときに、あやまって理解するおそれがあるので、渡さないようにと」

指導主事が参考にした「緊急対応の手引き」には、以下のような点にも触れている。

・遺族が「どうしてわが子が自殺をしたのか。何があったのか」を知りたいと思うのは自然なことです。
・学校にとっても背景を理解することは重要です。教職員からの聴き取りや、一部の子どもからの聴き取りなど、すぐにできることは始めてください。
・校長が「たとえ学校にとって不都合なことであっても、事実は事実として向き合っていこう」という姿勢を示すことが重要です。教育委員会についてもこれは同じです。
・遺族には必要に応じて別途説明を心がけてください

これらの不十分な対応では、「たとえ学校にとって不都合なことであっても、事実は事実として向き合っていこう」という姿勢には感じられず、遺族が不信感を抱いても仕方がないようにも感じる。

遺族は顧問の指導を疑問視。指導主事「分析はしてない」

3月17日には、遺族の母親と姉が、自殺前日の顧問の指導について疑問を持っていると、教頭から指導主事に連絡があった。局としては、指導内容について学校に整理してもらうことにした。学校が作成した資料は顧問と悠太の会話のみだった。

原告代理人「指導内容が的確に伝わっていない秘密がここにあるのでは?」
指導主事「わからない」
原告代理人「分析してない?」
指導主事「してないと思います」

前日の指導に対して遺族が疑問を持っているのなら、この会話を分析するだけでも足りない。日頃の関係性を含めて調査しなければならない。にもかかわらず、前日の会話さえも分析してないとの証言は驚きだ。

アンケート原本はすでに破棄。600枚だったことを「初めて知った」

全校生徒へのアンケートの原本は悠太が亡くなって約1年後の2014年3月27日、教頭がシュレッダーにかけて破棄したことになっている。この点についても指導主事は証言している。

被告代理人「教頭が全校アンケートは破棄された(と証言している)。いつ知った?」
指導主事「平成28年4月ごろだったと思う」
被告代理人「きっかけは?」
指導主事「当時は別の地域の教育局に勤務していました。4月に本庁で会議があり、そのときにこの事案を担当していた部署の方に聞いた」
被告代理人「聞いて、どう思ったか?」
指導主事「『破棄してしまったんだな』と驚いた」
被告代理人「破棄の相談はなかった?」
指導主事「相談はありません」

原告代理人「教頭は、600枚程度、シュレッターにかけたということだが?」
指導主事「今、初めて聞きました」

7月の尋問で、教頭は、アンケートの破棄について、独断でおこなったと証言。しかし悠太が自殺した後の3月15日、校長は「アンケートについては現在確認中なので来週21日か22日にお母様にお見せできるように対応しています」と言っていた。3月17日には指導主事からの電話があったときには、学校側では「3月20日(祝)に遺族にアンケート結果を示すことができるように準備したい」との記録がされていた。

こうした状況があるということは、アンケートの原本は重要になってくるが、その扱いに対する慎重さに欠いているように思える。そのうえ、アンケートをめぐって明らかになったのは、学校と教育局とのディスコミュニケーションだ。直接、指導主事が学校に出向いたのは一回、学校側が教育局を訪ねたのも一回と、指導主事は証言した。これらの証言が本当であれば、生徒が自殺したことへの対応としてはあまりにも“軽さ”を感じてしまう。


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