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【短編小説】プールサイドと永遠

「一ノ瀬はさぁ、飛び込む瞬間になに考えてる?」
「つま先伸ばさなきゃとか重心の位置とか、技術的なことばっかですよ。先輩は?」
「私はそういうこと考えちゃうとむしろ動きが悪くなるから。美味しかったご飯とか楽しかった思い出とか、そーゆう感情的なこと」
「うへぇ、やっぱり先輩は天才肌だな」

 放課後のプールサイドで足だけを水に浸しながら並んでそんなことを話している。先輩とか後輩っていったって部員は二人しかいないし、天才肌とかそんなこと言われたって高校生にとってマイナー部でしかない水泳で全国に行ってもさほど注目もされない。

 夏の陽だまりに立ち上がって、スタートラインに立つ。見てなよと一ノ瀬に声をかけて着水する。そのコンマ何秒かの一瞬に水飛沫が上がってその時にはもう体は流線を水中に描いている。その一瞬は永遠にも似ていて、だからこそ失いたくないものばかりを思い浮かべる。

 誕生日に連れて行ってもらえる洋食屋さんのその丸っこいハンバーグにナイフを入れて溢れ出す透明な肉汁が熱された鉄板に滴る瞬間だとか、テスト週間に勉強会と称して由美子ん家に集まって勝手にベッドに寝そべってじゃがりこ食べながらお笑い芸人のYouTubeチャンネルのその顔芸に爆笑する瞬間とか、そんなことを一瞬に込めればそのあとの水中だって全然息苦しくないし、体も柔らかくしなってくれる。

 泳ぎ終わって、ゴールラインから一ノ瀬を見る。光を乱反射させる水面の先で生真面目な後輩はしっかりとメモを取ってる。
「そんなんしたって多分意味ないよー」
 そう言いながらプールから上がって近づいていく。一ノ瀬がバスタオルを渡してくれる。受け取って、いつかこんな夏の日も飛び込む際の一瞬に込めれればいいと思う。全国大会でどんな記録を出そうが部活は引退だ。というかプールの水が抜かれる。また一ノ瀬とプールサイドで足だけを水につけて「さっきはさぁ、ジャルジャルの動画思い出しながら飛び込んだんだよ」って笑いながら足をバタつかせてみせて、跳ねる水飛沫のプリズムに目を細めた。

【あとがき】
 永遠と一瞬は対義語ではなくてすごく似ている意味合いの言葉だと思う。プールの水面の揺らぎはなんだかその2つの言葉を象徴するようなイメージとして今回の作品の重要な舞台装置となっている。なんてもっともそうなこと言っているようだけど、そんなに難しいことを考えながら創作はしていない。ジャルジャル面白いもんなぁて思って書いたものです。
 この作品には、イラストを作って頂けたり感想を頂けたりと、とても嬉しかったです。この場をつかって改めて、作品を読んでくださる方々に感謝の気持ちを伝えさせてください。いつもありがとう。

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