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【短編小説】三日月と餃子

 ぽっかり空いた心の穴のような空洞。そんな三日月になんだか手が届くような気がして窓を開けてみたけれど、触れることができたのは12月の外気だけだった。眠れない夜には外に出よう。地方都市の郊外にはクラブや小洒落たバーみたいに退屈を潰せるところはないけれど、自転車で5分ほどのところには24時間営業のスーパーマーケットがある。いつものように小瀬くんにメッセージを送ってみる。
【いまから○○マーケットに集合ね。餃子作ろう!】
 熊が敬礼したスタンプがすぐに返ってくる。ダウンジャケットを着込んで外に出れば澄んだ空気に白い息が広がっては消えてを繰り返して、自転車を漕ぎ出せばすぐに頬が赤くなった。
「まいちゃん、こんばんは」
 にらとキャベツを買い物かごにいれてひき肉を吟味していたところに後ろから声をかけられた。小瀬くんだ。振り向きざまにヒョイっと買い物かごをとられる。持つよ、と穏やかな声音でエスコートしてくれる彼の優しさは持って生まれた性格からくるのか下心からくるのか、本心は知らないけど別にどっちだっていいやとも思える。
「香港からきてる留学生の子にね、餃子の皮の作り方を教わったんだ。生地から作ってみようよ」
「本格的だなぁ」
「楽しみでしょ」
「うん。楽しみ」
 そんなやりとりをしながら買い物かごに材料を放り込んでいった。セルフレジでバーコードをスキャンする係とエコバックに詰めていく係に分担して会計を済ます。外に出れば相変わらず空気は澄んでいて、真夜中のがらんどうの駐車場は宇宙のように広大だった。そんな暗闇を白い息を吐きながら自転車で突っ切って、前を走る小瀬くんの背中に向かって風切音にかき消されるとわかっていて、さっきね、三日月に手が届きそうな気がしたんだ、なんてポエムじみたことを呟いてみた。聞こえたはずなんてないのに彼がなんか言った?なんて不思議そうな顔をして振り向くから、照れ隠しに前見ないと危ないよって笑い返して、私たちは住宅街に続く緩やかな坂を暖房が効いたマンションに向かって登っていった。

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