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【書評③】プーチンの野望(佐藤優)

2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事進行してから4ヶ月が過ぎた。
戦争は長期化の様相を呈している。欧米寄りのマスメディアの報道もトーンダウンし、ロシアがウクライナ東部の要衝を掌握しつつある。

本書は、佐藤氏の外交官時代の経験やこれまでの分析から、リアルなプーチン像とウクライナ侵攻の本質に迫る本である。既に種々の媒体に掲載された記事や既刊の内容を再編し、新たに書き下ろし、語り下ろしを加えた1冊である。

佐藤氏は外務省入省後、在イギリス大使館勤務、在ロシア大使館勤務を経て、外務省国際情報局で主任分析官として活躍。いわゆる鈴木宗男事件で連座するまで、北方領土交渉の最前線で戦っていた人物だ。現在は、作家・言論人として膨大な著書を執筆している。

佐藤氏は、外交官時代に複数回プーチンと対面している。
本書は、佐藤氏が初めてプーチンと相見えた時の描写から始まる。人間としてのプーチン像を捉え、独裁者への歩みに時系列で迫る。その過程で、プーチンやロシア国民にどのような内在論理が内包されているかに言及する。

また、日本とロシアの外交について切っても切れない「北方領土」についても、プーチンがどのように考えているか踏み込んでいる。

そして、2014年のクリミア併合から現在のウクライナ侵攻まで、詳細な分析を行なっている。しばしばロシア側の言い分で出てくる「ウクライナにいるネオナチ」が一体何を指すのかが詳細に書かれている。本書の言葉を借りるなら、ウクライナの民族主義者ステパン・バンデラを英雄視する人々のことだ。彼らはウクライナ政権内部にもいるという。詳細は本書に譲る。

終章では、現実を直視しつつも、対話の重要性と平和の実現を訴えていく。私が感銘を受けたのは、ウクライナは核を放棄した平和国家であったということだ。日本ではどのくらい認知されているのだろうか。
以下その引用である。

 1991年8月、ソビエト連邦のゴルバチョフ大統領が軟禁された。(「8月クーデター未遂事件」)。クーデターが未遂に終わった直後、ウクライナはソ連から独立を宣言する。そして91年12月、ソ連は崩壊した。この時点で、ウクライナ国内には1900個以上もの核弾頭が存在した。30年前のウクライナは、世界で第3位の核大国だったのだ。
 94年12月、ウクライナは世界史に残る画期的な決断をする。自国が保有する核兵器を全て放棄する「ブダペスト覚書」に署名したのだ。「ブダペスト覚書」の調停役となったのは、アメリカとイギリス、ロシアの3ヵ国だった。「ブダペスト覚書」では、核廃絶を実現する代わりにアメリカとイギリス、ロシアが領土不可侵の原則を守ることに合意した。
 ところが、2014年3月、ロシアは「ブタペスト覚書」の約束を反故にしてクリミア半島に侵攻する。さらに周知の通り、ドネツク州やルハンスク州の一部に実効支配の手を伸ばした。

プーチンの野望/潮出版者

ウクライナ侵攻後、核使用をほのめかす言説や、核共有の議論が取り沙汰されたこともあったが、佐藤氏は核保有にN Oを突きつける。私も全く同感だ。

終章で佐藤氏は、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長とミハイル・ズグロフスキー博士(ウクライナ国立キエフ工科大学総長=当時)の対談を紐解きながら、民衆は誰も核戦争を望んでいないこと、そして戦争を食い止める手段として「対話」の重要性を訴えていく。

私たちは、ウクライナ戦争で苦しむ人たちの痛みに想像を及ぼしながら、少しでも早く戦争を終わらせなければならない。日本社会が戦争の熱気で興奮状態にある状況で、平和を望む人々が大きな声を出すことができなくなっている。しかし、少し勇気を出せばできることがあるはずだ。心の中で「平和」「対話」「核廃絶」を望むウクライナ人、そして同じく平和を望むロシア人に思いを寄せて、平和のために「闘う言論」を展開することが、日本で生活する知識人の責務と私は考える。

プーチンの野望/潮出版社

この本が、ロシアとウクライナの内在論理を理解し、戦争を終わらせるために個々人ができることを考える一助になれば幸いである。

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