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深海のイルカー彼女はずっとそこで戦っているー

実体験に基づいたフィクションです。

柏木由紀さんが29歳の誕生日を迎えられた。彼女は現役のAKB48のメンバーだ。その活動はなんと13年7ヶ月に及ぶ。

そこから私はAKB48をなんとなく検索していた。

AKBのオーディションを受けて、今は48グループまたは他のグループで活躍している過去に落ちたメンバー一覧を見ては、「秋⚫康は見る目がないんだよ」と思ってみたり、「いっぱい練習して、何度も挑戦して、ようやく受かったんだね」と考えてみたりした。

(オーディションに落選したけれど、その後活躍している一覧をまったく別のグループでも見てみようか。)

私は何とはなしにいろいろなグループのWikipediaを見ていた。

あるグループの第⚫期生オーディションの落選者一覧で、私の手が止まった。

(あれ⁉これって、もしかして、もしかすると?)

私はある女性の名前をクリックして、その女性個人のWikipediaページに飛んだ。

(やっぱり、そうだ。間違いない。)

私の記憶は一気に15年前に飛んだ。

当時、そのブログの主宰者はいわゆるメンヘラーで、そこに集う人の半数は、自らもメンヘラーを公言し、各々メンヘルブログで日記を公開していた。ただし、内容が内容なだけにアンチが来て掲示板を荒らされてしまうこともあるため、主宰者は検索されないように特別な設定をしていた。

だから、そこのブログにたどり着くのは、リンクを何度も何度もクリックしてネットサーフィンをしてきた、わずかな人だけだった。

そこの掲示板にたまに書き込みに来ていた少女の一人を仮に“イルカちゃん”と呼ぶことにする。

イルカちゃんのブログのトップページは、深海を思わせる絵にイルカが一匹泳いでいて、

「ほんとうのわたしを知ってください」
というメッセージがつけられていたが、

イルカちゃんが書きこむ掲示板の内容やブログの日記は、メンヘラーとも非メンヘラーとも判断しがたいものだった。

あるときイルカちゃんは、掲示板に、
「昨日、テレビで放送されたオーディション番組を観ましたか。私は最終選考に残っていたけれど、ダメでした。悔しいです。」
と突然書きこみをした。

「びっくりした」
「すごいね」
「イルカちゃんって、いちばん背が高かった子でしょ?美人だね」
「イルカちゃんなら大丈夫。次があるよ。」

みんな驚いて書きこみをした。私は、かなり注目されているオーディションなのに、公表して大丈夫かなと心配してしまった。

少しすると彼女は、掲示板に、
「番組を観ていたモデル事務所から声がかかり、今日契約してきました。今日から私、芸能人よ!フフフフ。やったー!」
と書きこみをした。

1回目の書きこみと違い、2回目の書きこみのトーンはやけに明るく(そりゃそうなるけれど)、メンヘルで悩む10~20代が集う掲示板にしては、明らかに異質であった。

みんなの返事も、1回目の書きこみとは明らかに違い。当たりさわりない祝福のコメントだけであった。

みんなは誰しも思った。

「イルカちゃんは、メンヘラ卒業だね。別の国に旅立っちゃったね。」

ただイルカちゃんは、芸能人になったが、過去の日記や掲示板の書きこみは削除していかなかった。メンヘル掲示板の住人たちは、誰もそのことをマスコミや巨大掲示板には売り込みをしなかったため、ずっとそれは静かに残り続けた。

私は、イルカちゃんが戻ってくることがあるかもと思い、彼女のブログをたまにのぞきに行っていたが、更新がされることはなかった。

ただイルカの絵をクリックすると、
「キュー、キュー」
というイルカの鳴き声が流れるばかりであった。

ほどなくして私もそのメンヘル掲示板には行かなくなり、その掲示板のことも彼女のブログも思い出すことはほとんどなくなっていた。

私は、彼女のWikipediaに目を戻した。

モデルを数年やった後、劇団に入り、数年舞台に出た後、今はYouTubeを中心にして、バラエティータレントになっていた。

決して、芸能人として大活躍しているというわけではなかったが、彼女は、15年間ずっと芸能界にいつづけている。

その苦労は、想像を絶するものがあった。

私は、彼女のYouTubeをクリックしてみた。「やってみたシリーズ」が多く、美人な彼女がアホなことをしまくる動画はそれなりに高い再生回数だった。

「キュー、キュー、キュー。ほんとうのわたしを知ってください。」

何回目かの改名を経て、現在、“深海イルカ”という芸名で芸能界の荒波で戦う29歳の彼女は、あのとき、有名オーディションの最終選考で落ちたときの悔しさを忘れない少女の気持ちを一途に持ち続けていると感じた。

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