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ノイズキャンセリング

当たり前の街並みは新興宗教に溢れていた。

それだけの話。特に面白いエピソードは無い。

祖父母の家に自転車を走らせると、よく〇〇教という看板が目に入った。何か特別なデコレートがされてる訳でもない質素な佇まい、住まう人間もそこら辺にいる人たち、幼い私にとってはモブの人々。

「あれ、何なん?何教えとん?」
「しょうもないこと聞かんとき」

母親は私の質問を煙たそうにはぐらかす。クレバーじゃない。だって子どもは煙があれば突っこんでいく生きものだ。私は友人グループと〇〇教に遊びに行く計画を立てた。友人の一人にクリスチャンがいて『お祈り』というものに対する漠然とした憧れもあったのだ。家に帰って身支度を整えてると、電話が鳴る。次いで母が部屋に来る。

「どこ行くん?」
「サトちゃん家。なに」
「嘘やん?ほんまはどこ行くん?」

『あ、これあかんやつや』幼い私は勘付いた。母の穏やかな行間に、得も言えぬ怒りを見たのだ。親の理由が無い笑顔ほど、恐ろしいものは無い。

「やっぱやめた。どこも行かん」
「じゃあ、ゲームやろか」

そして母と二人でマリオパーティに興じた。みんな、ごめんと思いながら。後日学校では誰も昨日の話を口にしなかった。

十年が過ぎた。

私は変わらずダサいママチャリに乗って、線路沿いの風を浴びていた。靡くサラサラの髪の毛、若人の特権はただ一つ、そのサラサラヘアなんやで。過去の私に何か一言告げられるなら、私はそれを選ぶ。

「長っ。最近多いて」
「まあ皆遅刻やしええんちゃう」
「あかんて、遠回りしてでも来んかいなるやん」
「たる。めっさたるい」

同級生の煩い声がイヤホンの隙間に滑り込んでくる。遮断機の前、屯する数十人の高校生、私は鞄に忍び込ませたポータブルCDプレイヤーで一人、ムーンライダーズを聴いていた。遮断機が下りてかれこれ二十分、一向に上がる気配が無い。この街にはそんな朝が間々あった。

「飛び込み?また」
「らしいって。西北やって」
「ほんまええ加減にせぇよ」
「朝ちゃうやん普通」
「いや、でもせやったら逆に踏切あがるやろ」
「あ、せやな。電車止まっとんやから」
「じゃあなんで?」
「知らんがな」

くだらない会話を他所に、私は線路の向こうを見やった。〇〇会……あんなのあったけ?欠伸とともに空を仰いだ。イヤホンがズボリと抜け、何かが断線する音。その音は耳元でなく、どこか遠くに聞こえた気がした。

五年が過ぎた。

親族の一人が奇妙な事になった。まあ、何と言えばいいのか、とにかく奇妙な状態に陥った。その被害を受けたのは母だ。その奇妙な一人は『血』に拘る様になったのだ。母から断片的に説明を受けるが、妙に要領を得ない。『変な宗教にはまった』結局奇妙はその一言に集約した。

三年が過ぎた。

当たり前の街並みに、当たり前の景色が消えた。

二年が過ぎた。今だ。

帰省するたびに、この街は私の当たり前を失っていく。そこに名残や感慨は無い。思い出の小学校は改装され、踏切の位置は変わり、見慣れた看板はここには無い。私の手にはiphone、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳に現在線路沿いを散歩中。今回の思い出話に特にオチは無い。ただの断片的な回想に過ぎない。何だか恣意的に新興宗教を乏しめる内容になってるかもしれないが、私にそんな気は毛頭無い。人に迷惑をかけない限り、好きにすればいいと思ってる。救済の形は人其々、私はそれに興味が無いのだ。ただ思い出の中、印象強く残ってるだけで。

私が育った街には新興宗教が多かった。陰惨な事件が多かった。死と誕生が多かった。それだけの話。それ等を無理矢理関係づける事も出来そうだし、独立に考える事も出来る。好きにすればいい。

不意に思い出の〇〇教の跡地を通った。看板は取り外され、今はただのガレージ付きの民家に過ぎない。人が住んでる気配は無い。何の気なしに、ガレージに足を踏み入れた。埃に塗れ、光の無い、そもそもここには何も無かった、そんな主張を感じる空間。……〇〇教、なんて名前だったっけ?

携帯で検索をかけた。私が育った街の名前スペース宗教一覧。……見つけた。そこには確かな名前があった。私の思い出を立体化する名前が。HPまで拵えているらしい。飛んでみると、随分洗練されたページだった。教祖の写真、信仰の成立ち、本部はここから特急40分の田舎にあり、その外観は随分近代的な様相だ。ゴダールのSF映画で描かれそうなデザイン、田舎の景色に聳え立つ違和。

へぇ、意外としっかりしてるんだ。面白そうだな。そう思った。





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お読みいただきありがとうございました!ふみーさんの素敵な企画を見つけて、ぐあッと書いちゃいました!

この一か月は誰かに定義された枠で文章を書いてみたいと思っています。自分が好きな様に書くのも楽しいけど、これもまた楽しいです。小学校の頃、友達に「こんなの描いて‼」って言われて漫画を描いてた、楽しい頃を思い出しました^^

素敵な企画ありがとうございます。締め切りは今日まで。皆さんもぐあッと書いてみてはいかがでしょうか?素敵な企画、盛り上がりますよう^^

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