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春休み、ハグをしてあげる

明日から春休み、という4月。
10日間の長い休み前日、私は留学生たちと教室で小さなパーティーをした。(*アメリカ東の私立高校で教師をしています)

長期休暇があると留学生たちは母国に帰国することが多い。
まだ15歳や16歳の彼らは帰国が決まると何日も前からソワソワし、帰ったら何を食べようか、誰に会おうか、楽しい計画を立てる。

私がその最後の日に臨時で教えたのは留学生の英語教科クラスの一番下の”1”というレベルの子たちで、10人余りのかわいい子たちがそれぞれにお菓子や飲み物を抱えて午後の授業に来た。
レベル1の文学の授業を受け持っているオードリー先生が ”明日はシマ先生が代わりに来てくれまーす!外でHAIKUを書いてパーティーをするのでお菓子を持ってきていいよ!”と前日に告げていたらしい。
私も自分で焼いたクッキーとポットに緑茶をたくさん入れて参加した。

残念ながらこの時期このあたりはまともに花は咲いておらず(桜は4月末から5月)、しかもまだまだ肌寒いのでHAIKUは教室内で春休みとホームタウンをテーマにやることにした。
お菓子を広げて、お茶を啜りながら、小さく音楽をかけ、春休み最後の授業はゆったりと和やかに進む。

10分ほどでみんな2つか3つか書き終わり、それぞれが前に出て発表する。

レベル1の子たちは9月にあった当初はまだ聞き取りも会話もおぼつかず、何の授業でも苦労していた。彼らにとっては英語力とは無縁だと思える音楽も体育も美術も、みんな”英語”の授業なのだ。
半年も経つと質問も流暢に出来るし新しい単語もたくさん覚えていて、HAIKUのシラブル・音節を数えるのもスラスラと出来る。
その日の授業中、私は彼らが何をしても、わ〜成長したなぁ〜と感激していた。

日本人と中国人の生徒がいるので私はこのクラスにこれまでもちょくちょくお邪魔して宿題を手伝ったりおしゃべりしたり、時には学校からのお知らせや書類を訳したりすることがあり、クラスのみんなの様子を間近で見ることが多かった。いつ来ても、合わせて7か国から来ている彼らは限られた表現でもうまくコミュニケーションをとっており本当に仲良くしていた。

そんな和気藹々のクラスなので発表も楽しい。それぞれのHAIKUの発表が終わると割れんばかりの拍手をし、指笛や口笛が飛ぶ。
この日のHAIKUは春休み・ホームタウンを詠んだので、詠み手が詩を読んだ後に背景の解説を始めると質問したり感嘆したりしてまるで”楽しい発表”の理想のような時間が進んだ。

発表の中頃、中国から来ているD君の番が来た時、彼はこう始めた。

”中国への帰国はコロナと飛行機の関係で難しいので僕は街のホテルに他の中国人と一緒に泊まります。”

現在もアメリカから中国への飛行機は制限されており、ようやくチケットが取れても変更になったりキャンセルされたりすることもあるらしい。
去年も一昨年も我が校の中国人生徒たちは中国に帰ることがままならず、長い休みのたびにみんなでAirB&Bやホテルをシェアしていることが多かった。
一年以上家族に会えない子もたくさんいた。

D君のHAIKUは5−7−5の中に I miss home というフレーズが2回も出てきた。

発表が終わるとクラスの子はそれぞれ立ち上がり、D君をハグしに向かった。
それが一番の慰めであり共感だとわかっているからだろう。
ヨーロッパや南米からの留学生は見ているこちらも体がぎゅっと縮むくらいにD君を抱きしめたが、中国人の彼はあまりハグをし慣れていないようでちょっと体を浮かせ気味に突っ立っているだけだった。笑顔のような泣き顔のような、ちょっとだけ口元が緩み、みんなのハグが終わるとさっさと自分の席に帰っていった。

たくさんお茶を飲んでお菓子を食べて、みんなの発表が終わると、いいタイミングで授業終わりのベルが鳴る。
次の授業に遅れぬよう、慌ててクッキーを口に突っ込み、大きく手を振りながら

Have a nice break!  Have a safe trip home!

と教室を出ていくみんなにこちらも大きく手を振った。

教室を最後に出たのはD君だった。
クッキーが3枚余っていたので、ペーパータオルに包み彼に持って帰るように差し出すと、”先生は春休み何をするの?”と聞く。

”うーん、まだ決めてないなぁ、多分ピアノを弾いて庭の掃除をして庭でバードウォッチングでもするかなぁ。先生も日本には帰らないんだよ。”

そんな私の正直な答えを聞くと、D君は真っ直ぐ目を見て

”Should I give you a hug?"(ハグしてあげるべきかな?)と尋ねた。

あまりに唐突で、私は大笑いしてしまったが、彼の方は至って真剣だった。
彼はゆっくりと近づいて、おずおずと両手を伸ばし、私にぎりぎり触れてハグをした。
故郷に帰れない自分をハグしてくれたみんなのように、故郷に帰れない私を慰めたいと思ったのだろう。その可愛らしい気遣いに心までぎゅっとなる。

”D君、ハグはね、ぎゅーってした方が気持ちが伝わるよ” と私がD君をぎゅーっと抱きしめると、彼もそれに習って力を入れてぎゅっとハグをした。

Have a nice break, Miss Shima!

素敵な春休みの始まりだ。

シマフィー


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