見出し画像

幼い私の夢、うなぎ

小さい頃の夢は何でしたか、と聞かれればお嫁さんになりたいだの看護婦さんになるだの、野球選手になるだのと職業的な何かを思い浮かべると思う。

私が4歳か5歳のころの夢はそんな遠い先の話ではなく、できれば翌日にでも叶えたい夢だった。それは・・・・

うなぎをお腹いっぱい食べたい

まだ幼稚園の頃、生まれて初めてうなぎを食べた。うな重だったと思う。ピカピカツヤツヤの蓋がしてある容器を開けると、ピカピカツヤツヤの蒲焼きがピカピカツヤツヤの白いご飯に乗っていた。香ばしく、甘い匂いに私は一目惚れした。

これこそが日本一美味しいご飯! 多分そう思っていただろうと想像がつく。

それは母と一緒に母方の祖母を訪ねた時のことだったと思うが、店屋物のうなぎは大人には1つずつ配られたのに、子供には2つでひとつだった。私は渋々いとこと半分こにされたうな重をすばやく完食し、万が一残す人がいたらさっともらってこようと思っていた。

そして私の思惑通り、ばあちゃんが3分の1ほど残して ”もう入らんわ〜” と言った。

しめた!とばかりに私は手をあげ ”シマが食べる!食べてあげるよ!” と片付け役に立候補したのだが、大きいいとこに行く手を阻まれた。

”シマちゃんはたくさん食べたじゃろ?大きい姉ちゃんが食べてやっが”

はぁあああぁぁぁぁぁ????? 

たくさん食べたかどうかは私にしかわからないのに何とも理不尽ではないか。子供心に大きい姉ちゃんは大きいというだけでうなぎを余計に食べてずるい、と心の中で毒づいていた。

それ以来私の夢は うなぎをお腹いっぱい食べること になった。いやしんごろ(意地汚く食い意地が張った人)の私にふさわしい人生初の夢である。

そしてその夢は何年後かにあっさり叶った。

父方の爺ちゃんの家で親戚一同が勢ぞろいし会食をした時に、長く繋げられたテーブルの上にはうな重のピカピカツヤツヤの容器とお吸い物が並んでいた。今でも蒲焼きのいい匂いが充満していたその部屋の間取りもよく覚えているほど私は興奮していた。

小学2年になっていた私は 弟と食べ物を取り合ったり、人の食べているものを羨んだりしてはいけない、と厳しくしつけられてきたので、その場では冷静を装い あ〜うなぎか〜 ふ〜ん みたいな態度をとっていた。

今度は1人にひとつずつの容器が与えられ、自分だけのうなぎを丸々ひとつ食べられるという幸運に心が踊る。ゆっくりと噛み締め、一口ずつ大切に味わい、コメの一粒も残さずにうな重を完食した。もちろん大人と同じサイズのうな重である。

すると遠くでばあちゃんが ”あら〜みっこちゃんが来んかったから、うなぎが1つ余ったね〜” と話しているのが聞こえる。大人の皆さんはビールを飲んだり、フルーツを食べたりしていて、余ったうなぎには目もくれていない。

私はサッとばあちゃんに歩み寄り ”ばあちゃん、それシマが食べるわ、シマうなぎ好きじゃかい” と言ってみた。ばあちゃんは小さい私に ”シマちゃんはもうたくさん食べたからまた明日ね” と返すかもしれない・・・とひるんだが、なんと

”あら、そうね。ほんなけらシマちゃんが全部食べてしまいなさい” と丸々1つ手渡してくれた。

こうして小学2年の私は たくさんうなぎを食べる という人生初の夢をあっさりと叶えた。

母が ”シマちゃん、無理せんで残しないよ” と諭すが、私はお腹がいっぱいとか食べ過ぎとかそんなことはどうでもよかった。2つ目のピカピカツヤツヤのうなぎを食べられることに感動していた。

嬉々として2つ目のうな重をコメ一粒残さず平らげて、い草のいい匂いがする畳にゴロンと横になった8歳の私は人生初の 満足感・達成感 を感じていたと思う。お腹ははち切れんばかりにポンポンだが、2つ目のうなぎも最高に美味しかった。

それからしばらくたって・・・・

親戚の集まりがお開きとなり、宴会のテーブルを片付ける手伝いをしていた時に、はち切れんばかりのポンポンな私のお腹は限界を超えに超えていたのだろう、収まったうなぎをずんずんと上に押し上げ始めた。

そして私はテーブル一面に食べたものを吐いてしまった。

ボーゼンとする自分とオロオロと慌てて我が子の嘔吐物を片付ける母と祖母、その3人だけがその場にいたが、2人とも ”いやしんごろして食べ過ぎたかいよ” と咎めるようなことは言わず、犯行現場の証拠を隠滅するように素早くテーブルを片付けた。

これを最後に、私はうなぎは匂いもダメになり、食べたいと思わなくなった。ずいぶんと大人になるまであんなに好きだった夢のうなぎを口にすることはなかった。

25か26の時にアメリカから久しぶりに帰国した時にやっと ”うなぎが食べたいな” という気持ちになり、母と一緒にうなぎを食べに行った。その時に母に私がうなぎを食べ過ぎた時の話をしたが、母は覚えていなかった。

久しぶりに食べたうなぎは本当に美味しかった。それからは帰国するたびに一度は美味しいうなぎを食べに連れて行ってもらっている。

帰国もままならない現在、私の夢は うなぎをお腹いっぱい食べること だ。

シマフィー 

*鹿児島ではここらへんにうなぎを貪るシマリスが出没します。



この記事が参加している募集

#おいしいお店

17,306件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?