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「造血幹細胞、のりで大量培養」で考える、タイトルという名の道しるべ

同じニュースでも、記事のタイトルが読者にとって道しるべとなり、ときには全く違う方向に関心を導いてしまうかもしれない、というお話です。

ギャップ萌えを狙う

朝Twitterを見ていたらこんなニュースが入ってきたわけですよ。

記者の目論見バッチリらしくバズりました。AMEDのプレスリリースでも書いていますからね。

これらの記事はタイトルに「液体のり」を載せることで、液体のりと細胞培養のギャップ萌えにアプローチする意図が見え隠れします。嫌いではないですけどね。

ウケを狙うほど正確性が犠牲になる

ただこれらのタイトルはかなりミスリーディングです。というのも、液体のり「だけ」で造血幹細胞を培養できるわけがありません。

そもそも「造血幹細胞」とは
赤血球や白血球など、血液に含まれる細胞の元となる細胞のこと。造血幹細胞は、無限に増殖できる能力と、血液細胞に変化する能力の2つの性質をもっている。例えば白血病では、造血幹細胞からできる細胞の遺伝子が変化し、血液細胞を作らないまま増え続けてしまい、赤血球や白血球などが減少する。白血病の治療法の一つに、健康な人の造血幹細胞を移植する方法がある。

今回の成果の肝は、「造血幹細胞の培地に含まれる生物由来の成分の一つを、液体のりにも含まれる合成樹脂に置き換えることで大量培養できた」というもの。

なので正確にはコツは液体のりにも含まれる成分だった、マウスの造血幹細胞の大量培養に成功といったところでしょうか。少々遠回しな表現ですが、これくらいの配慮は必要かと。マウスでやったことで、ヒトではまだなこともお忘れなく。In mice.

なぜ大量に必要なのか

大量培養できたことにどのような意味があるのでしょうか。

白血病の造血幹細胞移植では、事前に患者の中で異常増殖している細胞、いわば「血液のがん細胞」を殺しておく必要があります。この細胞を殺して何もないところに正常な造血幹細胞を移植して、血液細胞を作ってもらう治療法です。

そのときには、他の血液細胞も犠牲にして殲滅させなければいけません。通常よりも強い抗がん剤治療や放射線治療を行います。当然、患者の負担は大きいです。

ところが最近では、造血幹細胞を大量移植すれば事前に殲滅作戦を行わなくてもよさそうだ、という可能性が示されています。もし実現すれば、患者にとって大きなメリットです。また、ドナー(造血幹細胞提供者)が少ない現状でも、大量培養できれば多くの患者を救うことができそうです。

患者の負担軽減を狙う

大量培養して移植に注目した記事となるとこちらです。

(アイキャッチ画像がすげえなあ)

あと、共同研究したスタンフォード大のプレスリリースです。訳すなら、「細胞移植や遺伝子治療で放射線が不要になるかもしれない」といったところ。

ここにはさらりとすごいことが書いてあります。

“We also found that, during the culture, we can use CRISPR technology to correct any genetic defects in the original hematopoietic cells,” Nakauchi said. “These gene-corrected cells can then be expanded for transplantation. This should allow us to use a patient’s own cells as gene therapy.”
Nakauchi and his collaborators at Stanford are now testing this approach in mice.

造血幹細胞を長期間培養できるようになったことでゲノム編集ができるようになり、患者から造血幹細胞を採取して遺伝子変異を修復してから戻すという自己完結型の細胞移植も可能になるらしいです。実際、マウスで検証中とのこと。

なので、こちらに注目してほしいなら、記事のタイトルは「造血幹細胞の大量培養にマウスで成功、白血病における移植治療の負担軽減に期待」といったところでしょうか。

タイトルでゴールが変わる

さて、比べてみましょう。

コツは液体のりにも含まれる成分だった、マウスの造血幹細胞の大量培養に成功

「造血幹細胞の大量培養にマウスで成功、白血病における移植治療の負担軽減に期待」

記事の内容はほぼ同じになるはずですが、タイトルで受ける印象、そして読み終わってたどり着くゴールはかなり変わるのではないでしょうか。下のほうは『ニュートン』の1ページ記事でそのまま使えそうですね、どうでしょうか。

どちらがいい悪いというものではないのですが、Twitterの様子を見ると、どうも上の液体のりに引っ張られているようで、細胞移植の負担軽減の可能性が隠れてしまっているのが少し残念です。とはいえ、ここまでバズるのはあまりないので、こういった記事で補足していきたいです。

どうやって探し当てたか

最後に、研究成果の簡単な紹介を。

培養のコツに液体のり成分というのは確かにギャップ萌え要素がありますが、生物屋ではよくある話です。

例えば、細胞を扱うときにはPBSという液に入れて吸い取ることが多いのですが、抗体反応させてから余分なものを洗い流すときにはTween-20という界面活性剤を使います。界面活性剤は洗剤に含まれるものなので、これも「細胞実験に洗剤を使う!」という意外性があります。

さて、今回の造血幹細胞の培養です。

造血幹細胞は、無限に増殖できる能力と、血液細胞に変化する能力の2つの性質をもっています。もし、大量培養しようと思ったら、血液細胞に変化させずに増やす必要があります。

つまり、「造血幹細胞は増やす」、「別の細胞に変化させない」。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「造血幹細胞培養」のつらいところです。

そこで研究チームが注目したのは、培地に含まれるアルブミンという成分。

アルブミンは、ウシから精製したり、大腸菌などの遺伝子に組み込ませて代わりに作ってもらったりして、瓶詰めにして実験室で使われます。ただし、生物から取り出す以上、なかなか純度100%というのは難しいのです。

生物系の実験室あるあるですが、同じ試薬でもメーカーによって実験結果が変わってしまったり、極端な場合にはロットでばらつきが出たりすることもあります。

アルブミン試薬に含まれる不純物が造血幹細胞を別の細胞に変化させてしまうのですが、だからといってアルブミンを使わないと今度は造血幹細胞が増えません。

そこで、アルブミンに似たような作用をもち、かつ不純物を含まない(つまり化学的に合成可能で劣化しない)成分があれば、それに越したことはありません。

この研究のすごいところは、ちゃんとそれを見つけてきたところです(だから報告できたわけだけど)。見つけた液体のり成分のポリビニルアルコール(PVA)は他の生物系の実験でよく使われているようですが、実際には相当な種類の物質を試したはずです。見つかるかどうかわからないところで勝負に出るところ、素晴らしいです。

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