見出し画像

映画『ブルーバレンタイン』の音楽演出:ライアン・ゴズリングと再発レーベル

はじめに

少し前になりますが、『ミュージック・マガジン』2月号で、ヌメロ・グループによるコンピ『Penny & The Quarters & Friends』(2022)のレビューを書きました。このコンピは、ペニー・アンド・ザ・クォーターズ「You and Me」という曲を中心に編集されたアルバム。その「You and Me」は映画『ブルーバレンタイン』(2010)に使用され、一躍ヒット曲になりました。ここでは、音楽誌の原稿では書けなかった『ブルーバレンタイン』と「You and Me」について少し掘り下げたいと思います。

※以下、若干のネタバレを含みます。


「You and Me」が『ブルーバレンタイン』に選ばれた経緯


『ブルーバレンタイン』は、デレク・シアンフランス監督による2010年公開の映画で、ある夫婦の出会いから別れまでをリアルに描き、高い評価を得ました。夫ディーンに扮するのはライアン・ゴズリングで、妻ミシェルを演じたのはミシェル・ウィリアムズ。二人は、第68回ゴールデングローブ賞にノミネートされています。

この映画の挿入曲として使われたのが、ペニー・アンド・ザ・クォーターズが歌うアコースティックなソウル「You and Me」です。もともとこの曲は、1970年代にオハイオ州コロンバスで録音されたものの、結局お蔵入りとなったデモ曲でした。忘れ去られていたこの未発表曲が発掘されたのは、ようやく2005年になってから。そして、この穏やかなソウル・ミュージックに着目したのが、再発・発掘レーベルとして名高いヌメロ・グループでした。ヌメロは、2007年に出したコンピ『Eccentric Soul: The Prix Label』で、この曲を19曲中18番目に収録しました。

そもそもコンピ自体の売り上げが低調で、アルバムの中でも目立った存在とは言えなかった「You and Me」。しかし、この曲は、『ブルーバレンタイン』に使われたことで注目され、一躍人気曲になります。

驚くべきことに、映画の選曲には、ライアン・ゴズリング自身が大きく関わっています。インディペンデント紙によれば、「ミシェル・ウィリアムズとの関係を表現する曲を求められたライアンが、監督に提供した」のが「You and Me」だったそうです。もともと、彼はヌメロのアルバムを聴いていたらしく、「You and Me」のリリース・ページにも、ライアンはヌメロの"ファン"だと書かれています。

"respected screen actor and avowed Numero fan Ryan Gosling"

ヌメロによる「You and Me」リリース・ページ

「You and Me」が流れる二つのシーン


ここからは、「You and Me」が使われたシーンの演出について、タイムコードをつけながら見ていきましょう。

「You and Me」は『ブルーバレンタイン』の中で2回流れます。2回とも、ライアンが、「You and Me」が収録されていると思しきCDを、プレイヤーに入れてかけています。曲自体を強調する印象的な使われ方で、劇中に歌詞まで出てくるので、「You and Me」が、この映画にとっていかに重要かわかると思います。

「君と僕 2人きり 他には誰もいらない」と歌い、ライアンとミシェル演じる夫婦の関係性を表すために選ばれた「You and Me」。しかし、曲がかかる2つのシーンはかなり対照的です。一回目はライアンが演じたディーンとミシェル扮するシンディが、ラブホテルで踊るシーンです。41分8秒あたりで曲が流れます。ドア越しに引いた距離、少し冷めた目線で、カメラは踊っている二人を捉えます。

二度目は後半、二人が幸せの絶頂にある頃の回想シーンです。映画の1時間36分22秒、またもCDを入れて「You and Me」が聞こえてくると、カメラは、幸せな二人が抱き合っている顔をアップで映しています。CDをかける前に、ライアンは次のセリフを言います。

みんなと同じありきたりの曲じゃつまらないだろ。これは俺たちだけの曲

二人だけの思い出の曲であるラブソングを聴き、同じように抱き合っていても、心の距離はすっかり変わってしまっている。この二つのシーンは、夫婦の関係性の変化を巧みに演出していると言えます。

ライアン・ゴズリングの台詞と再発レーベル


「みんなと同じありきたりの曲じゃつまらないだろ。これは俺たちだけの曲」という台詞は、「You and Me」が夫婦の思い出の曲であることを端的に示しています。それだけではありません。この曲が『ブルーバレンタイン』に選ばれた経緯を思い返すと、この曲が人知れずつくられ、そして発掘されたこと、その意義を表しているように思えます。

映画やドラマの挿入歌として使われたソウル・ミュージックはたくさんあります。たとえば、マーヴィン・ゲイ「Ain't No Mountain High Enough」や「What's Going On」。しかし、『ブルーバレンタイン』を見たあとだと、夫婦の非常にパーソナルな関係性を深く描いたこの映画に、有名で煌びやかなソウルを使ったとしてもしっくりこない。

実際、「You and Me」は、有名なソウル音楽を使うよりも「俺たちだけの曲」という台詞に説得力を持たせています。曲が発掘され、ヌメロ・グループが再発しなければ、そしてライアン・ゴズリングがヌメロのコンピレーション・アルバムを聴いていなければ、この映画は違ったものになっていた可能性さえある。

ライアンが上の台詞を言ったこと、彼が映画の選曲に関わっていたこと、そしてヌメロのファンであることなどの事情を踏まえると、「みんなと同じありきたりな曲じゃつまらない」は、とても示唆的な台詞です。この言葉には、忘れられた曲を再発・発掘し、映画やドラマ、CMなどで使用可能にするヌメロのようなレーベルの存在意義についても考えさせられます。知らない曲が流れた映画のエンドロールを見る際に、アーティスト名や曲名だけでなく、"courtesy of (レーベル名)"の部分にも注目してみてください。


よろしければ投げ銭をお願いします!