カタカナ英語とはあちゅう語尾

日本人が使うカタカナ英語の中には、個人的にものすごく違和感を感じるものがあります。

そもそもの英語の発音と、日本語が本来持っている発音が近いものなら
使われても違和感が少ない。

adaptとかadjustとか。
(第二音節にアクセントがあるものなら日本人でも発音しやすい。
アダプとかアジャスなど、「ト」にアクセントをつける、もしくはアクセントが何もない発音でも、そこまで違和感は大きくない。)

でも、
第一音節にアクセントがある場合は聞いてて違和感が大きすぎる。
agile(ˈædʒəl,または、 ˈædʒɑɪl と発音。第一音節にアクセントがある。)を
「アジャイル」、または「アジャイ」と発音されると違和感が半端じゃなくて全然慣れない。笑

全く英語がわかってない人たちが使ってるなら、その違和感を感じずに使うのも納得だけど、
英語を日常的に使っているような人もカタカナ英語の発音を使っているので、その人たちの適応力を羨ましく思うことがある。

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そして、数年前から気になっている「はあちゅう語尾」。
これは何年も前にネットの記事ではあちゅうさんが出てくるようになってから流行ってきたように思う、
「…と思っていて。」「〜で。」
という語尾。


「『。』ってなんだよ! 途中で終わらせんなよ!
『て』の後は『、』で、その続きがあるのが普通だろ!!
話し言葉ならまだわかるけど、その話し言葉を文章にするなら日本語をちゃんと使えよ!」

と文字起こしした人間を罵倒してしまって、モヤモヤして記事を読み進めることすらできない。残念な性格。笑
もちろん、文字起こしした人だけじゃなくて、はあちゅうさん本人に対しても「〜て。」という語尾があまりにも連続すると嫌気がさす。

でもこれ、もっと繊細な書き方とか、違う書き方があると思うんです。
話し言葉をそのまま文字起こしするにしても、
「思っていて…。」ならどうだろう。
少し、読み手に時間を取らせてしまうけど。

「思っていて。」のように、
金魚のフンを人間がハサミでバツンと切ったような感覚にはならないはずだ。(この例えって金魚飼ったことある人にしかわからないかも。しかも、この「人工的に切った」と思うのは自分だけの感覚だと思う。)


時間短縮したり、何かを省略することは今の時代かなり重要になっているが、
繊細な感覚を忘れることに慣れてしまって、芸術の本来あるべき姿に想いを馳せることすらできないのなら、そんな社会の発展は速すぎる。

まぁ、上記のことは自分が適応できてないだけであって、
社会の発展とは無関係だろうけど、

現代の最先端で思考しながら行動している人たちに "追随している思考停止の人間たち" は真似ているだけで本質がわかっていない可能性があるから危険ですらある。
本質に対して思考を巡らせながら行動して欲しい。
「結果が全て」じゃない。

常識だと思われているもの、とか、常識になってきた何かを疑いながら、
歩みを前に進める
ってことが大切だと思うんだ。


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