利用者とつくり上げた空間が人を惹き付ける魅力に繋がる─田中厚生 (私設圖書館 館長)

京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.

今回は京都市左京区白川の京都大学にほど近い場所で40年以上もの間「私設圖書館」を運営されている田中厚生さんにお話を伺いました.
さまざまな人がそれぞれの時間を過ごす場所を提供し続けている田中さんと共に,「北大路プロジェクト」における運営方法やルールづくりについて議論していきます.


インタビューの聞き手は,坂野雅樹さん,関川圭基さん,武田まりのさん(京都大学 平田研究室M1). ※所属はインタビュー時.(編)


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「私設圖書館」にて行われたインタビューの様子.左から坂野さん,関川さん,田中さん.
撮影:武田まりの/平田研究室 ※所属はインタビュー時
目次
●本好きのたまり場から思い思いに過ごす場所へ
●喋らないコミュニケーションが一体感を生む
●時間をかけてつくり上げた雰囲気がその場所の魅力となる


本好きのたまり場から思い思いに過ごす場所へ

──「私設圖書館」は静かな自習室として学生や地域の人びとに親しまれている場所ですが,どのような経緯で開館されたのでしょうか.

田中 私が「私設圖書館」を開館したのは44年前,1973(昭和48)年5月7日のことです.
当時は学生運動が盛んな時代で,私は活動に主体的に参加していたわけではありませんがそのエネルギーを肌で感じていました.そんな学生生活を終えて大学を出た時に,普通に就職するのではなく自分らしい生き方で何かできないかと考えて思い付いたのが「私設圖書館」です.

「私設圖書館」エントランス.平日は12時から,土日祝日は9時から開館.24時まで営業を行っているのも特徴である.
撮影:武田まりの/平田研究室 ※所属はインタビュー時

この建物は元もと親戚が戦前に小さな喫茶室を経営していた借家で,お店もやめられて使われていない状態だったところ,ここを使って何かをしてもよいというお話をいただいたのもきっかけとなり,開館することができました.
当初,私が本が好きだったこともあり読書好きのたまり場をつくることを目的と考えていました.しかし,実際に開館してみると学生の自習室として使われていくようになりました.当時の大学図書館や公共の図書館は閉館時間が早く,本の持ち込みが禁止されていたり制約が多く使いにくかった.この「私設圖書館」は24時まで開業しているので,学生の勉強場所としてうってつけだったのでしょう.席数も当初は16席しかなかったのが徐々に拡大し,現在では2階も含めて42席となっています.

坂野 実際に使われていく中で,利用者に合わせて場所のあり方が決まっていったのですね.


田中 最初は,「私設圖書館」と謳っていながら自習室のようになってしまうことは目的から外れてしまっているのではないかと感じることもありましたが,この場所に来てくださる方がいる以上続けていきたいという思いでやってきました.

今では,当時に比べると勉強しやすい環境があちこちにありますから,「私設圖書館」には自習をされる受験生だけでなく,お年寄りやOLの方が読書や1日の仕事の疲れた気持ちを和ませるために来られたり,中にはスマホでゲームをする人もいたり,さまざまなかたちで時間を過ごしていただいています.構想時の目的に近付いてきていて嬉しく思っています.


坂野 京都で開館することへのこだわりのはあったのでしょうか.


田中 私の生まれが京都だったこともあり,愛着のある地元で頑張っていきたいという思いはありました.
知らない場所で活動するよりは,よく知った地元で自分ならではの方法で魅力を発信し,世間の人が興味を持って訪れてもらえるような場所をつくることができればよいなと考えて始めました.



喋らないコミュニケーションが一体感を生む

──「隣の人に迷惑をかけない」が「私設圖書館」に設けられた唯一のルールだとお聞きしました.ルールづくりにはどのような思いが込められているのでしょうか.

田中 「隣の人に迷惑をかけない」というのは簡単に言えば「お話はご遠慮ください」ということです.あとはお互いの気遣いによって成り立っています.

この場所に来るお客さんは自室にひとりきりは淋しいけれど,邪魔されず落ち着いて物事に向き合える時間がほしいという人たちです.もし,会話をしてお互いのことを深く知ってしまうと,他人に余計に気を使ったり,意見が対立したりして,この場所を純粋に利用してもらうことの邪魔になってしまいます.
もちろん,話すコミュニケーションは有意義で物事の発展に役立つものだと思っています.ですが,ここ「私設圖書館」においては何も話さずになんとなく人の存在を感じているだけのほうが,自分自身の勉強や問題に集中して向き合えるようになるのではないかと考えています.
ですから,私もお客さんの名前や何をしているかを聞くことはありません.互いに近くにいることの暖かさが感じられる程度が丁度よいのです.


関川 ブースの仕切りの高さや机の幅など,利用者同士の距離感がうまくコントロールされていて,空間の構成がすごく工夫されていると感じています.

「私設圖書館」個人ブース.それぞれの机には電源,Wi-Fiが完備.また,入館者にはコーヒーまたは紅茶のサービスも.
撮影:撮影:武田まりの/平田研究室 ※所属はインタビュー時

田中 初めから意図的にやっていたわけではありません.最初はそれぞれのスペースに仕切りがあったわけではなく,平机に椅子が並んでいるだけでした.しかし,お客さんの「周囲の目が気になる」との要望から仕切りをつくることにしました.
仕切るにしても,隣の人との間を壁でびっしり遮断してしまうのではこの場所で共に過ごしているという一体感がなくなってしまいます.なので,隣の人のノートは見えないけれど,なんとなくの姿は感じられるといった距離感をつくっています.

ひとりひとりがそれぞれの時間を過ごしてはいるのですが,隣の人とのお互いの存在を感じながら過ごすという喋らないコミュニケーションができることが大事だと考えています.


坂野 「北大路プロジェクト」では,個室と共有ペースが限りなく近い存在であることで,プライベートと公共空間の間のような空間が生まれるのではないかと考えています.
その場所独自のコミュニケーションを考え,利用者と住人がお互いに気持ちよく過ごせる場所づくりが大事だと感じました.



時間をかけてつくり上げた雰囲気がその場所の魅力となる

──「私設圖書館」は40年以上もの間多くの人に親しまれ愛される場所となっています.そのような場所をつくり維持していく秘訣があれば教えてください.

田中 「私設圖書館」は,ここを利用することの魅力を理解してくれている人がお客さんとして来てくださることで,この場所の持つ雰囲気が維持されていると考えています.その雰囲気に惹かれてさらに人が来てくださるのだと思います.

日本人はソフトにお金を払う人が少ないですよね.何のためのお金なのかが分からないと,払う気が起こらないからだと思います.
なので,この「私設圖書館」では場所を利用することの価値を顕在化させて,魅力を理解してもらうことが大事だと感じています.

他にも,有料であることもひとつの特徴です.僅かな料金ですが,お金を払うことで,そこで過ごす時間を有意義にしようという意欲が働いて,その結果,深く本の世界に入れたとか,よく勉強できたなどの感想をいただいています.


坂野 「北大路プロジェクト」も建築学生の拠点としてさまざまな大学の学生が集まったり,地域の人たちとも交流できる場になればよいなと考えています.


田中 あまり意図してこのような場所をつくろうと思うとなかなか難しいものです.時々,「私設圖書館」のような場所をつくりたいと相談を受けることもありますが,その場所に適したものを考えた方がよいですよ,とお答えしています.
その場その場で必要とされているものは違います.かたちだけ同じものをつくっても,それはまったく別のものになってしまいますよね.

「私設圖書館」はお客さんと共につくり上げてきた雰囲気を大事にしてきたからこそ,お客さんに愛されるような場所になっているのではないかと感じています.

書棚には,高橋和巳の作品集,サリンジャー選集,澁澤龍彦,吉田健一,夏目漱石,森鴎外,司馬遼太郎などといった開館当時の本から,最新作のものまであり,「私設圖書館」の歴史が伺える.来館者からの寄贈書も多くあり,書棚の本は不定期で入れ替えを行っている.
撮影:撮影:武田まりの/平田研究室 ※所属はインタビュー時

関川 44年という長い時間をかけてつくり上げた場所であるからこそ持っている質のようなものが,「私設圖書館」の魅力となって,ここにくるお客さんにも伝わっているのだと感じています.
「北大路プロジェクト」もこれから使われていく中でどのように変化し,時間の持っている豊かさをつくり出していけるかが大切だと実感しました.

本日はありがとうございました.
(2017年12月8日,「私設圖書館」にて 文責:平田研究室)



たなか・あつお
1947年京都市左京区北白川に生まれる.1966年京都大学工学部冶金学科入学.在学中に「イカロス昇天グループ」に参加し,手づくりで熱気球を製作し,1969年北海道において日本最初の熱気球飛行を成功させる.1970年同大学卒業.1972年新しいかたちの図書館像を求めて「私設圖書館」を創設.現在まで40有余年,その運営と発展に携わる.1989~2003年真柄建設勤務.2009年洛北不動産鑑定事務所設立.不動産鑑定士.



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