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スポーツクラブがイノベーションを起こすには


こんにちは。今回はスポーツクラブにおけるイノベーションについて調べてみました。リーグが包括的な取組を行っていたり、スポーツテックの文脈も混ざっていますがご容赦ください。

先日The Top 25 Most Innovative Teams in The WorldがSports Innovation Labから刊行されていたので、そちらの冒頭を引用させて頂きます。(一部意訳)

世界で最もイノベーティブなスポーツチームには以下の共通項があります:

1.  多様な収益構造:放映権やチケット収入に頼った伝統的な収益から試合日以外にも収益を生み出すモデルを確立している

2.  変化する組織構造:スポンサーセールスとイベントマネージメントに偏重した伝統的なビジネスモデルとは別のスキルや経験を持つメンバーがおり、コストカットではなく新たなチャレンジをする活力のある組織構造となっている

3.  テクノロジー投資によるファンエンゲージメント:デジタルテクノロジーへの投資を行っており、従来型のTV放送とは別に新しいファンエンゲージメントの形やメディア体験を届けることができる

                                           Sports Innovation Lab - CEO / Angela Ruggiero

とても良い纏めだと思いますので、上記3項を軸として、具体例など紹介していきたいと思います。

ちなみに以下が世界で最もイノベーティブなスポーツチームTOP25(以下「トップ25クラブ」)ですが、他にも好例があるのでこれら以外にも事例をあげていきます。選定基準についてはここで詳しく触れませんが、興味のある方はダウンロードして読んでみると楽しいです。

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私がサッカー系のバックグラウンドなのでサッカー事例が多めですが、他のスポーツの事例などあればご教示くださると幸いです。

1.  多様な収益構造

フェスティバルツアー型収益モデル
日本人には馴染みの薄い例ですが、トップラクロスプレーヤーであるRabil兄弟が様々な個人投資家から出資を集めて設立されたアメリカのプレミア・ラクロス・リーグ(以下「PLL」)の事例を紹介したいと思います。

PLLは6チームで構成され、約160名の選手を抱えています。各チームは夏季に12の主要都市を14週間かけて周るフェスティバルツアー型モデルです。試合の前後にはフェスティバルが行われ、地域の子供たちへのプロ選手によるコーチングセッションやスポンサーアクティベーションを開催し、これらの活動は各種SNSでプッシュされています。

これはラクロスの試合自体というより、ラクロスというスポーツの啓蒙とフェスティバルやプロ選手との交流、スポンサーによるイベントを通じて試合結果以外の全体的な満足度を上げる工夫がされています。以下がPLLが開催される12都市です。

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SNS運用も非常に参考になる点が多いです。以下のInstagram投稿は日本に遠征した際の動画です。編集が良いですね!

PLLのInstagramアカウントには設立2年にして既に約24万人のフォロワーがいます。設立30年のJリーグが約39万人と考えると、かなりの成功と言えるのではないでしょうか。

また、オフシーズンは選手たちが直接コーチとして子供たちにラクロス指導をする職が与えられ、プロラクロス選手としてアルバイトなどすることなくプロ選手兼コーチとして生活することが可能になります。

実はPLLの創設者Paul Rabil氏は元々メジャーリーグラクロス(以下「MLL」)に所属しており、リーグ史上初の年収$1m(役1.1億円)を超えた選手でした。リーグの平均年収は100万円程度で、ほぼ全てのプレイヤーがアルバイトをしなければいけない状況に嫌気がさして、PLLの創設を決めたそうです。今ではMLLからPLLに参加する選手が後を絶たないとのこと。
(ちなみにMLLのInstagramフォロワーは2000人程度)

ラクロスはニッチスポーツですが、ラクロス観戦のみならず試合前後に様々な体験ができ、プロ選手と触れ合える楽しい機会としてアメリカの夏期休暇のアクティビティとして人気が急上昇してきました。今般の状況を鑑みて最近はオンラインのイベントを定常運用しています。

試合前後のお祭り
実はこの分野は日本がとても進んでおり、川崎フロンターレさんや横浜DeNAベイスターズさんが世界でもかなり顧客満足度の高い取組をされていると思います。海外のスポーツクラブはこの分野において日本のスポーツクラブから学ぶことは多いのではないでしょうか。

逆に海外事例で言うとNFLのテールゲートパーティが文化として成立しています。テールゲートとは車の後ろにある日本語でトランクと呼ばれる荷物とかを入れるところで、あそこをバシッとかっこよく改造してバーベキューしたり、音楽をかけたりして楽しみます。

NFLのスタジアム周辺で車をオープンして、BBQしながらコンサートをやっていたり、サーカスやイベントが行われたりめちゃめちゃ楽しそうです。(行ってみたい)試合を観ずにこれだけパーティだけしにくる人もいるそうです。

誰が一番イケてるテールゲートか競い合っている面もあり、仮装なども凝っています。チームは駐車場や物販などで収益を得ています。

様子が気になる方は上記リンクから画像だけでも確認してみてください。

2.  変化する組織構造

トップ25クラブ全てにデータサイエンスを行う部門が存在します。意思決定は経験則や勘によってではなく、徐々にデータやファクトに基づいて行われる文化にシフトしています。

それに伴い、従来の事業・管理・強化部門という三つ巴からデータサイエンスを行う部署やマーケティングを専門に行う部署が新設されています。

コンテンツマーケティング部署

Casper Stlysvig - Chief Revenue Officer AC Milan
「我々はメディア企業だ、という視点が欠かせない。そして事の成否は、ブラジルや中東、日本をはじめ、スタジアムに来られない遠い諸外国のファンに、こちらからどこまで近づけるかによる」

ACミランが自らを「コンテンツ企業」と再定義し、自社でスタジオを内製化したことは記憶に新しいですが、実は自社スタジオが存在するクラブはACミランが最初ではありません。

チェルシーやバイエルン・ミュンヘンも自社スタジオを構え、日々優良なコンテンツ作成やOTT用のプログラムを撮影しています。

こちらはAC MilanのTwitchで、既に4万人以上のサブスク加入者がおりピオーリ監督や往年の名選手も出演しています。

TwitchはOTTのような仕組みをサクッと始められるメディアなのですが、これの運用を中々定常的にできるチームがおらず、中小クラブでもビジョンがあればできるのではと思っています。

データ・AIサイエンティスト
マンチェスター・シティやユベントスはインハウスでカレッジプログラムを運営しており、データサイエンティスト・ソフトウェアエンジニア・データアナリストなどを育成する組織を持っています。

先日、マンチェスター・シティのリードAIサイエンティストにLaurie Shaw氏が就任しました。理論天体物理学の博士号を持つ同氏は、ヘッジファンド向けに自動トレーディングシステムを開発していたり、英国政府へのポリシーアドバイザーを務めていた経歴を持っています。

シティの仕事に就く前はハーバード大学でチームスポーツにおける時空間認識の適応性に関する講師をしていました。
(あとこのブログ最高です)

リバプールはハーバード大学で素粒子物理学の博士号を持ち、ヒッグス粒子に関する研究をしていたWilliam Spearman氏がリードデータサイエンティストとしてピッチコントロールモデルを開発しています。サッカー関係者からするとコーチングに全く関係の無いキャリアですね。

以下のビデオでは個別の独立したピッチ上の事象から相関性を見出しモデル化するまでの過程が説明されています。

リバプールと言えば、Director of ResearchであるIan Graham氏が監督就任後3週間しか経っていないクロップ監督に対してドルトムント対マインツの試合に関して考察したプリントを見せたところ、「あーあの試合ひどかったよね。観たんだね!」と言われたものの、実際はスタッツを確認しただけで試合は観ていないという話が有名ですね。

また、組織における多様性の担保もかなり進んでいます。

多様なバックグラウンドを持つ組織
スポーツの世界は女性の要職登用が他の産業に比べて遅れていますが、MLBのマイアミ・マーリンズは史上初の女性GMとしてKim Ng氏を抜擢しています。

Kimさんはシカゴ・ホワイトソックスやニューヨーク・ヤンキース、ロサンゼルス・ドジャーズで経験を積んだ後、昨年よりマイアミ・マーリンズのGMとして活躍されています。

ドジャース時代に彼女は既にGMとしての素質が十分認められていたのですが、実際に要職に就いて活躍するまでに幾つも見えないハードルがあったと言います。

また、NBAのダラス・マーベリックスではAT&Tで要職に就き引退したCynt Marshall氏がNBA初のアフリカ系女性CEOに就任しています。

ガールズスカウトへの投資決定や多様性に関するシンポジウムの議長を務めたりと、チームのブランドイメージを大きく改善する活動を積極的にされています。

Kimさんはアジア系、Cyntさんはアフリカ系の女性です。皆さんの応援する日本の男子チームが海外ルーツの女性をGMやCEOに登用するか、という目線で考えてみるとどれほど大きな一歩かわかるかと思います。

ここで着目すべきは、表層的な女性や有色人種の登用ではなく、実力のある方がその実力を発揮できるフェアなステージが作られたという点にあります。

世界で女性の要職就任への需要は高まっていますが、これは単に男女比や人種のバランスを取るということを超えて組織として成果を出す為の登用を行っているということですね。

3.  テクノロジー投資によるファンへのアプローチ

トークンエコノミー
先日、FCバルセロナの発行する$BARというファントークンが時価総額100億円を超えました。(2021年3月現在)ファントークンについては別で詳しく書いていますので、そちらをご参照ください。

バルセロナの経営状況どうなんや、という根本の問題はさておき、PSGやユベントスなど世界のビッグクラブ達がトークンを発行し、自らブランディングしています。(世界の強豪に混じって我々$STVも奮闘しています

以下はASローマとACミランがPRも兼ねて試合前にトークンを交換した際の画像です。

ファントークンの革新性を一言で表現すると、ファンの消費を投資に転換した点です。クラウドファンディングや投げ銭とは違い、使ったらリターンがある/ないという一元的な世界線から、クラブを経済的に支援すると同時に投資にもなるという点で立体的な仕組みに変化させました。

OTTメディア - Behind the scenes
最近クラブがOTTメディアを持つケースが増えています。
OTTとはOver The Topの略称で、インターネット経由のサービスを総称しています。スポーツにおけるOTTはメディア型が多く、自クラブのNetflixのようなものをイメージするとわかりやすいです。

ちなみにトップ25クラブの56%は自社でOTTメディアを運営しています。

一例として昨シーズンから香川選手の所属するギリシャのPAOK FCがPAOK TVというOTTプラットフォームをスタートしました。これが奏功し無観客試合が続く中で収益を補完したことから、新たにパートナー企業とプラットフォームを再構築するという意思決定をしています。詳細

Panagiotis Aroniadis氏 - PAOK TV Project Manager

昨シーズン我々は新しいテクノロジーと顧客体験を利用し、ギリシャのTV業界に一石を投じることができたと思います。
Insys Video TechnologiesとAWSを新たにチームに迎え、顧客により良く、早く、安全な顧客体験を届ける為にサービスを再構築することにしました。(以下略)

UIはこんな感じで、選手を中心にBehind the scenesにフォーカスしたプログラムを閲覧することができます。

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トークンそしてOTTメディアの共通項は非試合日でも24時間365日、国境に関係なく販売が可能なところです。

これにより、クラブが顧客に対し試合日やシーズンチケットの更新月のみ集中するショット売上偏重の体制から、常に顧客体験を良くするにはどうすれば良いか考えるLTV志向型のビジネスモデルに進化します。

次世代のスポーツクラブは従来型のスポンサーセールスとイベントマネジメントをベースとした収益構造に加え、マーケティングやソフトウェア開発のプロフェッショナルが活躍できる収益構造に変化していくかもしれません。


まとめ

今回もかなり長いnoteになってしまいました。所感ですが、意外と小規模の投資でもすぐに始められることが多いです。

なぜ各クラブが中々こういったことに踏み切れないのか考えた時に、こういう図を発見しました。原文こちら

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製品・サービスレベルで革新的な取組は行いやすいですが、それを継続・発展させるとなるとマネジメント・産業構造・ビジネスモデルという上位レイヤーでの構造変化が必要です。

この図を踏襲して本文でご紹介した3つの軸を整理します:
・多様な収益構造:ビジネスモデル・イノベーション
・変化する組織構造:マネジメント・イノベーション
・テクノロジー投資:構造的イノベーション

インベンションレイヤーから如何にこういった領域に踏み込んでいけるかが、これからのスポーツ産業で肝要になってくると考えています。

それでは、今回はこの辺で。

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