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ハナコ菊田のスゴさについて書かせて欲しい

「(千鳥)大悟さんとの飲み会はお笑いの話ばっかりでつまんない。(三四郎)相田さんは飲んでる時にお笑いの話を一切しないから好き」

とあるバラエティ番組で出てきた発言だ。今飛ぶ鳥を落とす勢いの千鳥大悟にこう言い放ったのは、ハナコの菊田である。こういったベクトルで大悟をいじった芸人は、テレビでは彼が初めてだった。次に天下を取るだろうと目されている先輩に、こうまっすぐ言えるのがハナコ菊田の良さである。

この発言に周囲の芸人がどうリアクションしたかは覚えてないが、この菊田の台詞だけは強烈に印象に残っている。売れている先輩のありがたい「お笑いの話」をつまんないと若手芸人が突っぱねてしまうのは、かなり見え方が悪かっただろう。大悟は大悟で、裏で真面目にお笑いについて語っているのをバラされたことに照れ、菊田の写り方は最悪だった。

あの時の視聴者も、若手の面白くない芸人が人気実力兼ね備えた先輩に生意気なことを言ってるな、というのが大方の感想だったと思う。


別のシーンをもう一つ。あちこちオードリーでカミナリたくみがハナコ菊田に言われたことで気づいたことを話すシーン。

「ハナコ菊田が目を輝かせながら、『僕カミナリさん、すごく憧れなんですよ。だって、お笑いやってないじゃないですか。僕もカミナリさんみたいに食レポとか、お笑い以外のことばっかりやりたいです』って言ったんです。菊田、バカじゃないですか。だから本気でそう思ってるんです。それでようやく気づいたんです。俺たち、お笑いやってねえって」

芸人の先輩に「お笑いやってない」はかなりの悪口であるが、それを面と向かって言う菊田は簡単に想像できる。菊田は実際に各方面でお笑い以外の仕事がやりたいと公言しており、彼には尊敬の対象としてカミナリが写っているのだろう。彼がまっすぐにバカなキャラクターであるから、その言葉に嫌味が含まれていないことがわかる。彼の良いところは含みなく、心底そう思っていて発言するところにある。


また、直近のロンドンハーツでもハナコ菊田の活躍する機会があった。

テレビに出ると、コントを作る時間がなくなってしまう、というハナコの秋山、岡部の悩みに対し、「コントはやめにして、テレビに軸足を置いて、余った時間は寝よう」と回答した。お笑いよりも、テレビで楽しいことをしたいという彼らしい考えから出た回答であった。それから「働き過ぎは良くない、仕事のペース減らしてもっと家族と過ごすべき」と言う発言も飛び出した。

秋山と岡部は、もっとコント作ったり頑張らないと、お笑いの世界にいられない、と主張するが、菊田は「頑張りすぎたら死んじゃう、死んじゃったらコントする時間も短くなる」と反論する。

スタジオはボケで菊田に理解を示す、と言う方向に流れたが、菊田の意見は一貫しててすごいなと私は思った。


菊田の発言と姿勢には一貫性があり、彼の人生観にはものすごく現代っぽさを感じる。

飲み会の席でお笑い(=仕事)の話はしたくない。難しいコントの仕事よりも楽で楽しいテレビの仕事がしたい。毎日仕事が入るようなキツいスケジュールは嫌。頑張りすぎず、ほどほどでいい。死んじゃうぐらい頑張ってもしょうがない。

一見すると甘っちょろい、自分本位な意見ばかりである。

ところが、彼の意図をほどいていけば、現代の社会人が抱える悩みに対してのアンサーにも見えてくる。根詰めて働くのもいいけれど、人生で一番大事にするべきものは、仕事ではない。自分という存在があって、家族があって、そのいくつか下に仕事がある。人生における仕事の重要性は決して高くないのに、それに振り回される生活は滑稽だ、と菊田は考えている。

至極真っ当な意見なのに、菊田がおバカなキャラクターだから、彼の発言は「おかしなもの」にカテゴライズされ、お笑いとして消化されていく。

菊田の意見はおかしい、とお笑いの世界でさえそう扱われるのだから、きっと実際の社会でも、菊田のような発言をすれば顰蹙を買ってしまうのだろう。真面目に働け、仕事はそんなに甘くない、楽をしようとするな、男なら仕事を第一優先にしろ、とみっちり説教を食らい、あとは変人扱いだ。

けれど、そんな説教はもう時代遅れだし、菊田の主張には一定の真理がある。仕事より優先するべきものなんて、この世にはいくらでもあるはずだ。


バラエティ番組でハナコ菊田の唐突な発言に大笑いした後、彼を笑う自分の中に「頑張らない他人を許せない」自分を見つけてしまう。「頑張るのが当たり前」で「仕事なのに努力しない奴はおかしい」と断罪する自分に出会う。

たくさん働いた結果、得られるものはなんだろう。それは自分が本当に欲しいものなのか。もっと自分にとって大事なものはないのか。

こういう議論が活発になる世の中になっていけばいい。「仕事ばかりをそんなに頑張ってもしょうがない」と誰かが言い続けることで、たくさんの人が気づけるようになるだろう。


芸人の存在価値は半端者であるというところにある。社会からはみ出したものが持つ視点そのものに価値がある。それなのに、芸人が皆テレビに出るために必死になったり、賞レースに向けて同じように熱くなったりするというのは不健全である。芸人が皆同じ方向を向いていてはいけない。M-1を筆頭に、芸人の影の努力がフィーチャーされる時代で、「そんなに頑張って意味あるの?」という半端者としての視点を菊田は持っている。この半端者の視点が、彼を芸人たらしめる。

懸命な努力で花開くことが美学とされる芸人の世界で、仕事は頑張ることが当たり前の世界で、半端者の菊田が、笑い者にされながら自分の主張を声高に叫ぶ。

その姿は、どんなお笑いよりも面白いし、どんな自己啓発本よりも深く納得できる。

彼の意見を聞いて、笑いよりも拍手が起こる社会なら、芸能界をやめなかった芸人もいただろう。時間や求められる能力に追われてドロップアウトしてしまうぐらいなら、他人に合わせる努力を放棄して自分に合ったペースを模索する方が、より良い人生と作品につながるはずだ。

やっぱりハナコ菊田は、令和らしい視点を持った、素晴らしいお笑い芸人なのである。

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