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共感とネガティブ・ケイパビリティ

過去の記事『対人関係に必要な「揺らぐ力」』で、対人援助職に求められる「揺らぐ力」について書きました。
 
人を相手にする仕事なので正解がないため、いつも動揺,葛藤、不安、わからなさ、不全感などが付きまといますが、それらを排除せずに持ち続けること。
分かったつもりになって判断せずに揺らぎながら相手に対して自分を開き続ける能力が必要であると。
 
この「揺らぐ力」と同じ概念の言葉があることを最近知りました。
 
ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉です。
 
『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生 朝日新聞出版)という書籍で説明されていました。
 
帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)さんは、精神科医であり著名な作家でもあります。
 
この能力は、医療現場だけではなく、創作活動や教育現場でも求められると書かれています。
私も対人援助や心理臨床だけではなく、日常の人間関係の中で相手に共感し理解しようとするときに必要な力だと思います。
 
今回は、ネガティブ・ケイパビリティについて、本書をもとに説明してみます。


ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)とは。
 
『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』の中でこのように説明されています。

「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」をさします。あるいは、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味します。

『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』
(帚木蓬生 朝日新聞出版)


私たちは生きていますと、現実世界の答えの出ない、分からない事態に多く遭遇します。
その時に「分からないものを分からないまま」にすることに耐えられる力と言えます。
 
 
反対に答えを出して解決しようとする能力を「ポジティブ・ケイパビリティ」と表現されています。
私たちの一般的な反応はこちらの方ですよね。
 
しかしこれは表面的な問題のみをとらえて、深いところにある本当の問題を取り逃がしてしまいます。
ポジティブ・ケイパビリティに頼っていると、問題の解決法や処理法がないような状況に立ち至ると、逃げ出す、あるいは初めからそのような状況に近づかないようになります。
 
 
なぜポジティブ・ケイパビリティに走りがちになるのかというと。
 
ヒトの脳には、「分かろう」とする生物としての方向性が備わっているからなのだそうです。
さまざまな事態や現象に対して、私たちの脳はいろいろな意味づけをして、理解したつもりになろうとする傾向があるということです。
 
目の前にわけの分からないもの、不可思議なもの、嫌なものが放置されていると、脳は落ち着かなくなります。
そのため、とりあえず意味づけをして理解しようとするのです。
 
 
私はこのネガティブ・ケイパビリティは共感能力と深く関わりがあると思っています。
 
本書では終末期医療(ターミナルケア)を例の一つに挙げています。
 
末期がんの患者さんを目の前にして、主治医が科学的に理論的にもう手の施しようがない状態であることを説明したところで、患者さんに寄り添うことができないのです。
 
対処しようのない状況を患者さんと一緒になって耐え続けるネガティブ・ケイパビリティが求められるのだそうです。
 
 
人に傾聴して共感するときも同様にネガティブ・ケイパビリティが求められると思います。
 
答えが出ずに対処の仕方もない問題は多くあります。
その状況から逃れたくて、なんとか答えを出そうとすると、話を聞いてもらう側は理解されていない思いを抱きます。
 
答えがなく苦しんでいる状況を一緒に耐えて揺らいでいこうとする姿勢が共感をもたらすのではないでしょうか。
 
 
身近に人の死を経験することは誰にでもあると思います。
 
残された人はいろんな思いを抱きます。
もっと何かできることがあったのではないか。
なぜ自分を置いてひとりでそっちの世界に行ってしまったのか。
 
答えも出ずにできることも何もありません。
ただ時間が経つのを待つだけ。
 
そして、もし同じように身近な人の死を経験した人が苦しんでいるのなら、答えのない状況を一緒に耐えていこうと思うのです。
 
このようなときにもネガティブ・ケイパビリティが大切です。
 
 
ちなみにネガティブ・ケイパビリティという概念のルーツついてです。
 
ジョン・キーツという19世紀のイギリスの詩人が一度だけ「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を使ったと記されているそうです。
 
その言葉は埋もれたままでしたが、170年後にイギリスの精神分析医のウィルフレッド・R・ビオンによって使われました。
キーツが残した「ネガティブ・ケイパビリティ」は、文学や芸術の分野だけではなく、精神分析の分野でも不可欠であると。
 
 
 
今回は、答えのないものに耐える力、ネガティブ・ケイパビリティを説明しました。
人とのつき合いや生きるために必要な力になりそうです。
 
 
最後までお読みいただきありがとうございました。
 
 
【参考文献】
『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生 朝日新聞出版)
 
 
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小林いさむ|公認心理師

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