石油という駆動力と古代ローマ帝国崩壊

「ローマ帝国の崩壊」(ブライアン・ウォード=パーキンズ)によると、ローマ帝国は確かにゲルマン人の大移動によって崩壊したのではあるけれど、最も深刻な打撃は、流通がままならなくなってしまったことにあるらしい。

ゲルマン人による侵攻で、皇帝が引きずり降ろされてしまった。すると、帝国の各地にいる軍隊に給料を払う人がいなくなってしまった。すると兵士は生活が苦しくなり、鎧の修復もままならない。すると鎧を修復する業者が倒産する。鎧の部品である皮革製造メーカーも倒産する。人々の生活が苦しくなり。

フランス南部の陶器生産の産地も崩壊してしまう。こうした連鎖倒産が時間をかけて起きていったため、ついにローマ帝国の支配地は、新石器時代にまで技術を退化させてしまった。その象徴が、陶器なのだという。古代ローマ時代の陶器は帝国だった様々な地域で捨てるほど発掘される。

ところがローマ帝国崩壊後の西ヨーロッパでは、ろくに陶器が発掘されない。発掘されることは非常にまれ。なぜかというと、技術が低すぎて低温で焼かれているため、すぐにボロボロになり、土にかえってしまうからだという。古代ローマの陶器は高温で焼かれていて、薄くて軽くて丈夫だったのに。

これと同じことが現代で起きないか、気になっている。
第一世界大戦、第二次世界大戦は、ゲルマン人の大移動にも負けない、人類にとっての惨禍だったが、それでも戦後、驚くべき発展を先進国は遂げた。ローマ帝国は滅びて、その跡地は新石器時代に戻ったのに、なぜ二つの大戦は克服できたのだろう?

大きな違いは、化石燃料のように思われる。人類は産業革命以来、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料のエネルギーを利用するようになった。地下からはいくらでもエネルギーが採れた。そのエネルギーを用いれば、戦争で荒廃した国土を見違えるほど回復させることができた。

しかしどうやら、化石燃料が採れづらくなっている。「石油・メタル・食糧・気候」(柴田明夫ら)によると、石油の産出がどうやら頭打ち(ピークアウト)になったらしい。石油が採れづらくなっている。昔は1のエネルギーで200倍の石油が採れたのに、今や10倍を切るようになっている。

投資をしても大して採れなくなった石油に見切りをつけ、投資家が自然エネルギーに投資をし、化石燃料の採掘に投資をしなくなった。このため、石油を掘りたくても資金が足りず、設備を更新できない事態になっている。シェールオイルは特に投資が来ず、採掘ができなくなってきた。

地球温暖化の懸念もあり、石炭や天然ガスの採掘にも投資が回らなくなってきた。このため、化石燃料の採掘に苦労するようになっている。エネルギー不足がここ数年、かなり深刻になる恐れがある。なのに、自然エネルギーの増加はゆっくりとした進まない。エネルギー不足がエネルギー高騰に拍車をかける。

エネルギー高騰のために、様々な資材が高騰している。高すぎて手が出ない、だから買わない、ということも起きつつある。お客さんが減ればその商品を作る投資もためらうようになる。やがてその商品を作る企業も潰れてしまうかもしれない。

ロシアによるウクライナ侵攻がエネルギー不足に拍車をかけていて、さらに厄介。エネルギー高騰が様々な商品の高騰を促し、それが消費の低迷につながり、企業業績を下げかねず、するとその企業は原材料の仕入れもためらうようになり・・・という悪循環が起きかねない。

ウクライナ侵攻が何らかの形で決着ついても、石油がどうも採れづらくなっているという事態は変わらない。だとすると、自動車などの輸送機械や動力はほとんどが石油に頼っているため、輸送コストが高騰する傾向は今後も続く恐れがある。輸送コストは貿易にも影響を与えかねない。

緩慢に、世界経済を少しずつ壊していく恐れがある。自然エネルギーが果たして化石燃料の代わりを果たせるのか?石油1リットルが抱えるエネルギーは膨大(エネルギー密度が高い)だけど、自然エネルギーを貯めた充電池は、かさばるし重いし、なのに貯められるエネルギーは小さい。

水素は常温だとどれだけ圧力をかけても液化せず、とてもかさばる。超低温にすると液化できるけれど、冷やすのにエネルギーが必要。水素も軽量でかさばらない、安全な貯蔵方法が今のところ開発されていない。石油は動力を動かす上で非常に優秀なエネルギーだったが、代わりを果たすものがなかなかない。

石油の代わりを自然エネルギーが果たすには、まだまだ技術が不足している。原子力も結局は電気を作るので、自然エネルギーと同様、エネルギーを高密度に貯められるバッテリーがない以上、力不足。また、資源量も意外と少ない。今の使用量なら170年もつが、原発増えるとなくなってしまう。

ローマ帝国は、陶器を作る人、革製品を作る人、金属加工をする人、というように、分業が徹底して行われていた。しかしゲルマン人がその流通を止めてしまったことで、それらの産業は枯死するように失われてしまった。現代の人類でもそれが起きないとは言えない。特に石油という駆動力を失ったら。

現在の世界は、ローマ帝国以上に分業が進んでいる。世界で化学肥料の不足が起きたのも、ロシアが硝酸アンモニウムという肥料だけでも世界シェアの45%を握っていたから。半導体製造も台湾や韓国など、偏りが大きい。もし流通不全が起きたら、さまざまな産業が立ち枯れる。

世界が古代ローマと同じように流通不全にならないとは言い切れない。もし同じことが起きたとしたら、新石器時代にまで技術が退化しないとも言い切れない。そんな時代を招かないためには、戦争という分断を極力なくし、足りないエネルギーを融通し合い、食料や資源、エネルギーを分かち合うことが必要。

そうした理性を世界が保ち続けられるか。もし世界が衝動的に動いたら、日本のように海外に依存せざるを得ない国は、破綻する。日本ほど、世界の平和を必要とする国はないように思う。

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