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High Tech HighのPBLに5か月密着!どのように探究学習が進むのか?

23年8月からHigh Tech High大学院に進学して、5ヶ月が経ちました。HTHでは、年に2つのプロジェクトを実施するのですが、1つ目のプロジェクトが先週終わりました。HTHのProject Based Learningは、実際どのように進められているのでしょうか?教育実習生として12年生(高校最終学年)のクラスに5ヶ月にわたって密着調査した内容をまとめます。

プロジェクトテーマは「On Our Tables」

HTHの先生は学期ごとに、プロジェクトの企画書を作成して、同僚はもちろん、生徒や保護者にシェアをします。今学期、私が教育実習先として関わっているHigh Tech Highの12年生のクラスのプロジェクトタイトルはOn Our Tablesです。HTHでは、1つずつのプロジェクトでサイエンス(理系)とヒューマニティ(文系)の先生がタッグを組みます。学生たちは1日のうち、2時間はサイエンスの先生。もう2時間はヒューマニティの先生のクラスに移動して、同じプロジェクトを異なる側面から進めていきます。先生が作った企画書のプロジェクト概要書と、その和訳はこちらです。

プロジェクト企画書

この学期のプロジェクト「On Our Tables (私たちの食卓)」は、学生たちに自分たちが食べる食べ物についての深い理解を築く機会を提供します。学生たちは、私たちの食べ物がどのように生産され、準備され、消費されるかに関する自分たちの疑問を発展させ、探求することで、自分たちの食卓に何が乗っているかに対する批判的な視点を養います。このような視点を持つことで、彼らは食品生産の要素につながる製品を設計・作成し、その学びを専門的な出版物にまとめます。
「私たちの食卓について」は、3つのサイクルで構成され、学生たちがプロジェクトに関連する自分たちの興味や行動を発展させる機会を提供します。これらのイテレーションの間、学生たちはコミュニティのパートナーと協力して、貧困率が高い学校に菜園ベッドを設置し、デザインとクラフトマンシップに深く潜り込み、学びを活かして私たちのファーマーズフェア展示会で販売する製品を作成します。

プロジェクト企画書の和訳

HTHのPBLに必要不可欠な9要素

HTHでは、Project Based Learningを設計する際に「PBL Kaleidoscope」という独自フレームワークを使用します。これは、PBLを構成する上で不可欠な9つの要素を視覚化し、全てがバランスよく組み込まれているように設計するための図です。(カレイドスコープは”万華鏡”という意味)On Our Tablesは、実際にどのように展開されたのか、カレイドスコープの中でも特に重要な5つの要素に沿って深堀していきます。
・Essential Question(本質的な問)
・Core Content(核になる学習)
・Product(制作物)
・Reflection(振り返り)
・Exhibition(展示会)

カレイドスコープ

Essential Question

HTHのPBLは全て、核となる問いが設定されています。On Our Tablesでのエッセンシャルクエスチョンはこちらです。
「How does feeding our community impact our health, values,  and environment?」
(私たちのコミュニティへの食糧供給が、健康、価値感、そして周囲の環境にどのように作用するか?)
このクエスチョンに沿って大きく二つ、サイエンスとヒューマニティの側面から学びを深めていきます。実際にどのような内容を学んでいくのかは、次のCore Contentで紹介します。

Core Content

HTHのPBLでは、こだわりの作品を作ることが有名ですが座学に近いような時間ももちろんあります。サイエンスとヒューマニティ、それぞれ大まかな学習内容はこちらです。

サイエンス:食事による健康への影響、栄養学や消化プロセスの学習

授業初日は、先生がスーパーマーケットで、様々な食品を買ってきて、実際にクラスで食べてみることからスタートしました。そこで、先生が「食事には私たちの体にどのような影響があると思う?」という問いかけをしながら、科学的な学習に足を踏み入れていきます。

ホワイトボードを使って五大栄養素の話をしたり、Ted Educationという動画を用いて消化メカニズムや筋肉が動く仕組みを学んだり。このような座学に近い学習もあります。そして健康について深く学ぶために、「健康にいい習慣を一つ考え3週間実践して、レポートにまとめる」という課題もありました。例えばある学生は、「3週間、炭酸ジュースを飲まない」という目標を立てて実践していました。理論だけを学ぶのではなく、実践を重視するHTHらしい取り組みですね。

筋肉が動く仕組みのビデオを視聴

ヒューマニティ:食事による環境やコミュニティへの影響について

人文学のクラスでは、食が社会にどのように関わるかを学んでいきます。例えば、Sustainable Food Production(持続可能な食品生産)やEthical Food Production(倫理的な食品生産)について、読書やディスカッション、レポート作成などを行ないます。ある学生は、捕鯨をテーマに食品生産を社会的な観点から調査して出版物にまとめていました。

GMO (遺伝子組み換え作物)についてのレポート

Product

上述したレポートや出版物もプロダクトの一つではあるのですが、このプロジェクトが重視するプロダクトは、木工作品です。HTHは創設者の一人であるラリー・ローゼンストック氏が大工としてのキャリアを持っていたという背景もあり、幅広い”ものづくり精神”の中でもとりわけ木工は創業時から大切にされています。特に、このプロジェクトを担当しているJohnとPatの二人の先生は、木工をこよなく愛しており、休日や終業後の時間を使って自分の作品も頻繁に作っているほどです。世界一尊敬する木工作家は日本にいるらしく、日本の工具もたくさん取り寄せているとか。そんな二人は、このプロジェクトのテーマに添ったプロダクトを設定しています。

まず、初めのプロダクトはガーデンベッドです。小学校で使えるようなプランターですね。貧困率の高い学校に無償で完成したプランターを寄贈するという条件の元、材料費を無料で提供してくれるNPO法人と提携をして、ガーデンベッドを作成しました。一歩間違えれば大事故になるような専門的な工具も、先生のレクチャーの元、高校生たちは上手に使いこなします。


教室には様々な工具が
ガーデンベッド

そして最終的には、食に関わる木工プロダクトを自分でデザインして作成し、エキシビジョン(展示会)の場で販売をします。ケーキナイフやまな板、コースターなどなど、創意工夫あふれる様々な作品が生み出されました。

木製のケーキナイフ

Reflection

Project Based Learningでは、単純にプロジェクトをやって終わりではなく、その過程での学びを整理したり言語化することが重視されています。日々様々な方法で行われますが、代表的なリフレクションを二つ紹介します。一つは、リフレクションペーパーの記入です。課題ごとにどのような意図で行ったか、やってみてどんな気づきを得たか、次やるとすればどのように改善するか、などを言葉にしていきます。Googleドライブで書き込んで、先生がフィードバックを返すこともあれば、プリントアウトした紙に直接書き込むこともあります。

もう一つの方法は、先生との1on1です。生徒が自分のプロダクト設計図と完成したプロダクトを持って、先生と一人ずつ面談していきます。質問内容はリフレクションペーパーの内容と概ね似ておりますが、1on1では、先生から鋭い質問をしたり、技術的なフィードバックがあったりもします。

ちなみに、批判的なフィードバックを行うためには、信頼関係が不可欠なので、HTHの先生たちは生徒たちと信頼関係を築くことは重要視しています。特に学期が始まって初めの1週間は、信頼関係作りのためにお互いを知るための対話の機会は多く設定されています。

Exhibition

Exhibitionの様子

HTHの最大の特徴といっても問題ないでしょう。保護者や地域住民など、数百人集まり、プロジェクトの成果や学びを発表する場です。この半年間で作成してきた「食が社会に与える影響」についてのレポートと、「食に関わる木工プロダクト」の二つを展示し、木工プロダクトはこのエキシビジョンの場で実際に販売がされました。どのようなこだわりを持って、そのプロダクトを作ったのか、生徒は来場者に誇らしげに話します。普段ラフな服装をしている生徒も、この日はフォーマルな服装をしている生徒もたくさんおり、生徒たちにとっても一年で特別な1日であることは間違いありません。緊張している子もいますが、12年生にもなると何度もエキシビジョンをやってきたので、物おじせずに堂々と自分のプロジェクトについて話せる生徒が多い印象でした。

プロダクトの説明をする生徒

エキシビジョンの翌日にもリフレクションを行なって、半年間の授業が終わり、冬休みに入りました。

HTHのPBLを体験した感想

HTHの凄さはいろんな切り口で話すことができるのですが、私が一貫して感じている凄みは「教育理念」の浸透具合です。HTHには、創業時から4つのDesign Principleが設定されています。

Equity (公正)
Personalization (個別化)
Authentic Work (本物の仕事)
Collaborative design (協力的設計)

High Tech HighのDesign Principale

日頃のプロジェクトを見て、どこを切り取ってもこれらの教育理念を垣間見ることができます。特に私がこの半年で強烈に感じたのはAuthentic Work (本物の仕事)です。事前に読んだ書籍で、High Tech Highは最先端のコンピューターサイエンスが学べるような場ではないが、とてつもなくクラフトマンシップが大切にされていると聞いてはいました。しかし実際に見た光景はその想像以上でした。生徒たちはフレンドリーな性格の子が多いのですが、プロダクトを作っている途中の生徒たちの表情は真剣そのもので、中には腕利きの職人のような空気感を纏っている生徒もいます。集中しすぎていて、話しかけづらいレベルです。1ミリ単位で木を加工したり、様々な工具を使い分け何十時間もかけて仕上げの作業を行ったり。生徒たちの木工作品は、表面がまるでガラスのように滑らかです。街中のショップに並んでいても見劣りしない、美しい作品がたくさんあります。

荒さの異なるヤスリを何度もかけて仕上げる
手触りはまるでガラスのような美しいカッティングボード

手を抜こうと思えば、いくらでも抜けるはず。その中でもここまでこだわり抜いたプロダクトがずらりと並ぶのは、HTHが20年以上かけて作ってきた文化なのだと感じます。HTHのプロジェクトは先生たちの専門スキルを活かしたものが多くあります。JohnとPatが木工の専門家であるように、他のクラスでも、演劇のプロがいたり、電子工作の専門家がいたり。最近新しく美術の担当になった先生は、ディズニーで映画を作っていたそうです!先生自身がAuthentic Workをしていくからこそ、生徒たちにもそのマインドが受け継がれている。そんな側面も垣間見れました。

後期の授業でも、様々なプロジェクトを見れるのが楽しみです。また別のプロジェクトもレポートする予定ですので、お楽しみに!


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