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別れ日記⑧

渋谷の薄暗い路地を通り抜けると、突然地下に繋がる階段が現れた。彼女に連れられてその階段を降りていくと、金色の扉が現れる。扉の前にはニット帽を深く被った男が立っており、私たちを中へと引き入れた。



大きな音。店内は音に合わせて色が転々と変わる。地下の小さなクラブには、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、熱気がすごかった。私は彼女を見失わないように必死でついていく。彼女はカウンターにつくと、馴染みの友人にお酒を注文し、私に渡した。「どうぞ!!!お口に合うかわかりませんが、飲んでください!!!」彼女が一生懸命話しているのがわかったが、店内の音が大きすぎてほとんど聞こえない。私はこれが何のお酒なのかもわからず、喉に流し込んだ。そうでもしないと、この熱気と騒音に食いつぶされそうで、私は不安を払うために次々にお酒を口に運んだ。気がつくと彼女は丸テーブルを確保しており、私に手招きした。テーブルにつくと、私はようやくあたりを見渡した。私たちの席はDJがいるステージの方から一番遠い席で、店内の雰囲気がよく見える。DJの側にいる層は音楽に合わせて体を揺さぶり、音楽に酔っている。その後ろにいる層は、音楽はよそにナンパをしあっているのか、男も女も欲に酔っている。そのまた後ろの層は馴染みの客の集まりなのか、バーテンダーとの会話を嗜み、酒に酔っている。私は一番後ろで人混みに酔っていた。



一通り人間観察を終えると、彼女が私をじっと見つめていることに気づいた。彼女は薄暗闇の中で見るとまるで夜行性の動物のようにみえた。獲物を捕らえるような目つきで私を見つめる。「大丈夫ですか?」今度は彼女に食いつぶされそうに感じた私は、彼女に声をかけた。彼女はにっこり笑う。「ふふ!緊張してますか?クラブ来たのは初めてですか?」「はい!自分の人生でこんなところに来る機会があるとは思ってなかったです!」「あはは!それはよかったです!私のおかげで世界が一つ広がりましたね!」「そうですね!感謝してます!」私たちは大声で話し合った。でないと、店内の音が大きくて声が聞こえない。「でも、こんなところで話しててもダメですよ!せっかく来たんですから、前に行って踊りましょうね!!」彼女はキラキラした目で私を見つめ、まるでいたずらっ子のように私に微笑みかけた。「それは無理です!私は体が硬いので、ダンスは本当に苦手なんですよ!恥ずかしいので絶対嫌です!」私は彼女のキラキラした目に恐怖を感じた。「何言ってるんですか!ここでは誰も他人なんて気にしてないですよ!音に合わせて自分の好きなように動けばいいんですから!」ここに他人を散々観察していた人間がいるのだが。彼女は私の手を掴んで無理やり私を引っ張ると、大勢の人をかき分けてDJの一番近く、一番前まで私を連れてきた。彼女は私の手を離すと、音に合わせて身体を動かし始める。彼女は恥ずかしがる気もなく身体中を動かしながら、音にのっている。彼女の身体の柔らかさが伝わってくる。私は、彼女の踊りに見とれていた。



「あ!あれ!私のデートの相手のDJです!」適当に音に合わせて身体を揺らしていると、彼女のデート相手が発覚した。パーマがゆるくかかった長髪で顎髭をたくわえた大男は、彼女に気づくと私たちの方に近づいてきた。「えーきてくれたんだ。ありがとね。友達?」彼は私と彼女を交互に見ながら言った。「バイト先の後輩!クラブ今日が初めてなんだよ!」「えーそうなんだ。はじめまして。今から俺だから、たのしんでってね。」彼は私をじっと見つめたかと思うと、また彼女に向き直って彼女に手を振るとステージへ上がっていった。私はあまり関わったことのない人種だ。正直、いい人なのか悪い人なのかの判断もできなかった。雰囲気のある人だな、というのが私の感想だった。「彼かっこいいでしょ〜!彼がDJする日だけ私はクラブにきてます!」「ファンなんですね。デートはどうだったんですか?」「それは後で言います!!キャー!!」彼女は奇声を発すると顔に手を当てて、恥ずかしそうな素振りを見せた。私はいつも勇ましい彼女の可愛らしい仕草に驚いた。彼のDJの腕がうまいのか、うまくないのか私にはわからなかった。だけど、彼女が彼に見えるように一番前でニコニコ音に合わせて踊るのが可愛くて、私も不思議と笑顔になった。



「ねえ、一緒に飲まない?」DJの演奏が終わって私たちはもといたテーブルに戻った。すると、男連れ二人組が私たちに声をかけてきた。「え〜男二人で何してるんですか〜!」彼女は完全に酔っ払っており、男二人の提案に乗った。私は二人の男の顔をみるまでもなく、気持ち悪いから消えて欲しいと思った。「君もう結構酔っ払ってるでしょ?そっちこそ女二人で何してんだよ〜」男二人組が私たちのテーブルにドリンクをおいた。これは、一緒に飲む流れになりそうだ。「ねえ名前なんていうの?まだ君は酔っ払ってなさそうじゃん。」男の一人が声をかけてきた。どうしよう。私は反応に困った。この男と話したくないという気持ちが高ぶり、うまく話せない。どうしよう。いやだ。私は俯く。突然、テーブルの上に置いていた私の手を誰かが強く握った。驚いて上を向くと、彼女はさっきまでの酔った表情から一変して真顔になっていた。「いやですか?こいつらといるの。」酔っ払いのはずの彼女は真剣な表情で私に聞いてくる。男たち二人が彼女の”こいつら”発言にツッコミをいれながら笑っている。私は彼女を見つめて俯きながら小さく頷いた。「私たち二人で楽しんでるんで、他当たってもらっていいですか?」男たちは彼女の強気の発言にびっくりしたようで、小言を言いながら消えていった。彼女は私の手を掴んだまま立ち上がると「帰りましょうか」と声をかけた。私は人生で初めて胸キュンした。


「私たち帰りますね。」彼女とDJに挨拶をしにいった。「あーそう、今日はありがとね。またきて。友達も一緒に。」彼は私たちを外まで見送ってくれた。彼女は彼に手を振り、私は彼に一礼してクラブを後にした。「今日はうちに泊まりにきませんか??DJの話聞いてください〜!」さっきのイケメンぶりが嘘のよう。彼女は乙女に戻っていた。「いいんですか?彼が今日泊まりにこないならお邪魔します。」私は二人は付き合っていると思っていた。「今日はあなたのためにとっときました!今日も夜通し話しましょ〜!!」彼女が私に抱きつく。私は彼女の背中を軽くポンポンと叩いた。彼女はさらに強く私に抱きつき、耳元に顔を近づけてきた。「彼はただのセフレです。」彼女は私の耳元でつぶやいた。彼女はまた夜行性の動物のような目で私を見つめた。彼女の家までの道に人はいなかった。私たちは道路のど真ん中で見つめ合った。私は彼女から眼が離せない。離れないと食われるとわかっているのに、足が動かなかった。目撃者は月だけ。彼女は私の頬にそっとキスした。


ではまた。


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