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世界史紹介シリーズ1 古代ギリシアの市民がスゴすぎる件 -もし、日本の総裁選がこの頃の制度で行われたら?-

教科書レベルの世界史をふんわり時事と絡めつつ紹介しようという試みです。初回のテーマは「最盛期は紀元前?」でおなじみの古代ギリシアです。この時代のギリシアはとにかくスゴイです。

エジプト文明、メソポタミア文明、インド文明、中国文明。これを、世界四大文明と私の頃は教わりました。古代ギリシアがスゴイことになるのはこの少し後の紀元前500年〜紀元前400年頃。日本はまだ縄文時代でウホウホ言っていた頃のお話です。そんな時代に既に、ギリシアでは世界で初めての民主政が生まれ、栄えていたんです。なぜギリシアがそんなに早く発展したのかは分かりません(分かる人がいたらコメントで教えて欲しいです)

前提として、この時代にギリシアという国はありません。今で言うギリシア地域には都市国家といって、東京国、大阪国、のような感じでひとつの都市がひとつの国としてあり、たくさんの都市国家が存在していました。それぞれの都市国家は互いに戦争したりもしていたのですが、同じ言語を話す仲間としての意識も持っており、4年に1回休戦してオリンピック的なこともやっていました。そんな都市国家群の中で最も栄えていたのが現在のギリシアの首都でもあるアテネです。ここからはアテネの民主政の話をしていきます。

アテネでは紀元前700年頃に法律が作られ、民主政への歩みが始まりました。貴族だけでなく金持ちの平民にも参政権を認めます。やがて「もっと平民の権利を認めろ!」という感じで非合法に政権を奪ったイイ感じの独裁者が平民の力を高めますが、後を継いだ息子はヤバイ感じの独裁者だったため追放され、民主政がパワーアップします。

クレイステネスという指導者がここでは有名です。彼は貴族の血縁をベースとした政治から10区からなる地縁をベースにした仕組みに切り替えるともに、ヤバイ独裁者が現れないための投票制度を作ります。6000票集まったら10年間国を追放されるという制度でした。

こうして民衆の団結を強めたアテネは、現代のロシアぐらい広大なペルシア帝国という国が隣から侵攻してきたのですが、戦争でも強さを発揮し3戦3勝して撃退します。戦争と言っても近代的な兵器はこの頃まだ無いので、槍を持った市民がギチギチに密集して戦いました。この時「勝ったぞー!」という報告のためにアテネまで42km走った人がいて、マラソンの語源になりました。

この戦争の後、アテネはペルシアがまた攻めてくるのを警戒して、名古屋国や横浜国と同盟を結びました。そうして同盟諸国のリーダーとしての地位も確立しつつ、国内では民主政の黄金期を迎えます。この頃の指導者として、ペリクレスが有名です。この頃のアテネがまたスゴイんですよ!

彼の時代では参政権は全ての青年男子市民に認められました。それだけではなく、国の政策は全員参加(!)の会議で決めることにして、更に軍事担当以外の役人は全員、1年ごとに抽選で選ぶことにしました。これ色々ヤバイですよね!市民がちゃんとしていなければあっという間に国が崩壊しそうですが、都市国家アテネはこのペリクレスのもとで最盛期を迎えるんです。役人や政治家の責任は弾劾裁判で厳しく追及されたため、ワイロなどの悪いこともあまり行われませんでした。女性には参政権がありませんでしたし、捕らえた異民族を奴隷としてこき使ったりはしていましたが、これ紀元前500年頃の話ですよ? スゴイです。

このアテネがどうして衰退してしまったかというと、疫病が流行してペリクレスが死んだ後、有能な指導者が見出せないでいるうちに、ライバル都市国家のスパルタとの戦争に負けちゃったんです。そうした不安定な状況の中、巧みな弁論術で市民の不安を煽る、煽動政治家がたくさん現れて、なんせ全員参加の直接民主政なので市民は煽りに煽られてしまい、民主政治が「衆愚政治」と呼ばれるヤバイ状況になってしまいます。この時代、アテネには「無知の知」で有名な、現代科学の礎を築いたといってもよいソクラテスがいて、この中身からっぽで口だけ達者な煽動政治家をさとしたりしていたのですが、ソクラテスに影響された若者が増えたことで「若者を悪い方向にそそのかしている」として死刑判決を受け、毒を飲んで自殺してしまいました。そんなことしているうちにノーマークだった福岡あたりからめっちゃ強い王様が攻めてきて都市国家アテネはぶっとばされ、滅びました。そのめっちゃ強い王様の後を継いだ、更に超絶強い息子が有名なアレクサンドロス大王で、その後ヨーロッパからインドに跨る巨大帝国を築き上げます。ファイナルファンタジー最強の召喚獣「アレクサンダー」の元ネタだと思います笑

どうでしょう? 世界史に興味がなかった人にも、少し興味をもってもらえたなら嬉しいです。

ここで、面白ポイントをまとめてみます。

1. 日本が縄文時代の時、ギリシアはこんなことになっていた

2. 国の方針は全員参加の会議で決定(直接民主政)、役人は1年ごとに抽選で決定、軍事担当だけは選挙で決定

3. 世界史に色んなエンタメの元ネタありすぎ笑

4. ワイロは弾劾裁判で厳しく追及

5. ソクラテスが死刑になった後、民衆を煽る口だけ達者な政治家によって、アテネは衰退した。このように、民衆が煽動政治家に煽られてめちゃくちゃになってしまった状態の民主政治を「衆愚政治」という。

こんな所ですかね。現代では日本含めほとんどの民主政治は間接民主制(国民が選んだ国会議員が政治を行う)で行われていますが、もし直接民主制になったらどんなことになっちゃいますかね。議題に結論を出せますかね。今盛り上がっている総裁選についても、我々投票権はありませんが、もしあったら? 煽動政治家に騙されず、正しさを見極める市民性を磨く必要があることは、間違い無いでしょう。まして抽選で総理が決まるなんてことは、想像を絶しますね笑

最後に念のためですが、私の記事は手軽さ重視で厳密さを捨てているので、受験生はあまり参考にしないでください! エンタメとして読んで頂ければ幸いです^ ^

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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