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捕鯨、幻の国、鯨の王国 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(9)〜

なぜ、オレたちは鯨を追いかけるのか
世界中の数多の捕鯨船が
海の藻屑と消えるかも知れぬ危険を冒し
血眼になって鯨を追い回すのはなぜなのか
もちろん決まっている
金になるからだ
オレたちの住む世界は鯨なしではまわらない
この闇深き世界に灯をともしてくれるもの
それが鯨だ
鯨の体内から溢れ出す純白の油
その神々しき真白きものを手に入れるためにのみ
オレたちは世界を駆けめぐる
鯨がいなければ世界は動力を失い
暗黒世界に沈んでいくことだろう

ところがだ
この神聖なる鯨を食用にしている野蛮な国があるという
この世界の辺境
長きにわたり
他国との関わりを一切閉じている幻の国
黄金の国
ジパングである
もちろん
かつて誰も訪れたことはなく
マルコポーロですら辿り着くことができなかった
実在しているかどうかも怪しい国 だが
確か前にも書いたことがあるよな
我らが船の船長であるマイ
このマイが日本人だという噂
マジか?
ということは
マイは鯨肉を食するというのか?

ところで断っておくが
オレはこれから船長のことを名前で記すことにする
その方が今後の物語の展開のうえで都合がよいんでな
マイ
実に滑稽な名前だ
奴のカラダの成分は鯨肉だというのか?
そう思うと妙になまめかしい空想が湧いてくるのはなぜ?
まあ
噂にすぎないんだが…
あやふやな噂は置いておこう
オレたちはカスミを食ってるわけじゃない
神話を追いかけているだけじゃ生きていけない
そんなわけで
月の鯨と比べたらザコかも知れないが
我らに小判をもたらしてくれる
マッコウクジラの狩もやっているのだ
食用のためじゃない
クジラは巨大なるエネルギーの塊
都市の動力であり
世界中の国家権力が
喉から手が出るほど欲しがっているもの
クジラ一匹で長者になれるというんなら
どんな危険でも冒してやろうというものさ

不吉な大烏賊の棲む喜望峰を過ぎ
いよいよ鯨の王国へ突き進むオレたちの船
ところがその海は
熱気がむんむんとし
強烈な眠気を誘う大洋だった
いつもならオレたちを先導してくれる
イルカや飛魚の姿も見えなかった
オレは見張り台に立ち
必死に眠気をこらえながら海を見張っていた
この広大な海の底に鯨の王国はある
オレはそう確信していた
なぜなら左眼の傷が痛んで仕方なかったからだ


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