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「二階から目薬」子育てエッセイ①

 あまり効果のないことのたとえとして、「二階から目薬」というのがある。『日本語に強くなる本』には、二階から下にいる人に目薬をさすもどかしさから、なかなか思い通りにならず、効果のおぼつかないことのたとえに使われる、とあった。

  ほんとうに二階から目薬は目にさせないのか―試してみた二人組がいる。うちの娘たちだ。それぞれ小学五年生と四年生だったある日、台所にいる私に、はじけるように笑いながら二人がかけ寄ってきた。
「入った。入ったよ。二階から目薬が入ったよ。」
と大声で話す次女の目には、涙がいっぱいたまっていた。なるほど、目薬を受けたのは妹の方か。それにしても、目をウルウルさせながらも笑っている子どもって、ちょっと不思議に見えるなぁ、などと私はぼんやり思っていた。


 すると、娘たちは、どうやったら目薬が目に入ったかの説明を始めた。階段を使ったらしい。わが家の階段は、数段上がると左ヘカーブしながら二階へ続いている。階段部分は吹き抜けになっているので、上がりきった所の手すりから下を覗くことができる。実況見分が始まった。

 長女が二階で目薬を持ち、下に立った妹の目をねらって一、二滴を落としたのだと言う。この役割分担が、成功の秘けつだということがすぐに分かった。というのも、次女の目の方がクリクリと大きいからだ。それに、長女のコントロールの良さが決め手となったのだろう。なにせ、ある銀行の支店オープンイベントであった、ナインボール(九つの的にボールを投げてくっつけるゲーム)で、みごと中華鍋を手に入れてくれた実績があるのだ。その時、何人もの大人がナインボールに挑戦するのを見たが、成功者はいなかった。あれはほんとうに難しい。


 かくして、娘たちは絶妙なるコンビネーションで、「二階から目薬」を成功させたのだった。目薬は、自分で数センチ上から落としても、ビクッとすることがある。二階から加速度のついた、透明の液体の一滴が目に入る瞬間とは、いったいどんな感じだろう。けっこう衝撃がありそうだが、次女はよく受けとめたものだと感心する。


 この成功に二人はご満悦で、わが家の語り草の思い出になったのだが、最近になってふと不安が出てきた。「二階から目薬」の意味をちゃんと理解しているんだろうか……。娘たちに聞いてみると、
「なに言ってるのよ。なかなかうまくいかない事の時に使うんでしょ。」
と答えてくれ安心した。



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