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悲しみにひたること

この1週間。亡くなった人のことばかり考えて過ごしていた。初めのうちは、どうして当時ひどい別れ方をしてしまったのかという罪悪感で苦しかった。せめてもう一度だけ会えたら。何かできることはなかったのか、と悔やんだ。

当時の記憶がほとんどないことも、苦しかった。どうして忘れてしまったのだろう。なんて薄情なのだろうと。

一度もやりとりした記憶がないが、かろうじて繋がっていたLINEのアカウントを検索する。イルカの写真のアイコンをクリックし、ヘッダー画像をクリックすると、彼の大好きなディズニーランドのシンデレラ城が、イベントか何かでミッキー風船で飾られていた。もう彼はディズニーに行けないのか。ピーターパンのような、永遠の少年だったなぁと思う。

当時のことをもっと思い出したくて、思い出の品を何度も探した。初めは彼が描いた絵が2枚。次にツーショットで写っているポラロイド写真が1枚。入社時の集合写真。会社で配布された同期の証明写真。

他はもうないかと悲しく思っていた時に、一緒に家を借りた時の賃貸借契約者。数枚のプリクラ。誕生日プレゼントに、ディズニーホテルに招待してくれた時のミッキー直筆の誕生日祝いメッセージ。別れてからもらった小さなメッセージカードが出てきた。

文字を渇望していたので、賃貸借契約者に書かれたサインを見るだけでも、とても嬉しかった。賃貸借契約者から、いつからいつまで一緒に住んでいたかも、おおよそ知ることができた。驚くべきことに、彼が亡くなった月のちょうど10年前の同じ月に、私たちは一緒に暮らし始めていたのだった。

当時、10年後に遠く離れた地で暮らし、彼が急逝するなんて、全く想像もしなかっただろう。

プリクラにも日付があり、いつ頃から付き合っていたかもわかった。私たちはおよそ2年弱付き合い、その内の1年弱、一緒に住んでいたようだった。

思い出の品が見つからなければ、いつから、どのくらい付き合っていたか、同棲していたかもわからなかったが、多少でも時系列がわかり、プリクラも出てくると、当時のことが少しずつ浮かび上がる。わずかでも思い出せるというだけで、心が安らぐ。

プリクラに写る二人はとにかく若かった。私の髪も茶髪だし、パーマもかかっていた。そして何より表情が初々しくて、かわいかった。彼は思い切りのよい変顔ばかりしていて、子どものようだった。プリクラを見てはじめて、付き合いたての頃のドキドキしていた気持ちや、彼の明るさ、バカさ、無邪気さにどれだけ救われていたかが思い出されて、涙が出た。

それまでの記憶は、別れた時の印象が強く、彼の子どもっぽさ、優柔不断さ、生活感のなさにイライラしていたことばかりが思い出された。その記憶とは全く違う、恥ずかしそうに微笑みながらも、彼といること、おしゃれをすることを楽しんでいる自分がそこにはいた。

付き合っている相手がいる時は、人間関係のほとんどを彼と過ごすことでまかなえてしまうタイプなので、彼と別れてから、私は周囲と安定した交友関係をうまく築けず、糸の切れた風船のように、色んな人と遊びながらも落ち着く先がなく、ふわふわとした関係性の中で心を病んでいった。

その後、本格的な鬱になり、どこのコミュニティにも属さなくなると、おしゃれをしたい気持ちは消えてしまった。何を着たいか。どんな髪型にしたいか。全然思い浮かばなかった。所属するコミュニティがないと、好きな人がいないと、おしゃれへの興味は簡単に失われるのだと思った。

彼と付き合っていた頃、イライラしてばかりだと思っていたけど、そしてその後、結婚して子どもができて、すっかり乙女心のようなものも失っていたけれど、こんなにもかわいらしかった時もあったのだなぁと驚いた。

彼よりさらに昔の、大学時代の彼氏とのプリクラや、高校生の時の写真も出てきたけれど、彼と付き合っていた時の自分が一番かわいかった。それ以外の写真は、格好も表情もどことなく強がっているものばかりで、後から見ると痛々しく見えたが、その時の私は自分の弱さも受け止めてくれる彼に、心を開いていたのだと、表情から感じられた。

こんなにも彼に支えてもらっていた時期があったのかと、全く忘れていた記憶を思い出すことができて、幸せだった。

別れた後にもらったメッセージカードは、もらったことすら忘れていたけれど、気遣いと優しさに溢れていた。私の健康を心配してくれる文面で締められていて、それとは裏腹に、彼が突然亡くなってしまったことが不思議で、胸が痛んだ。端に描かれたスーツケースを持って笑顔で旅立つミッキーは、この世を離れる彼のように見えた。

彼のことを思い出しながら、悲しみに埋没することの心地よさを思い出す。

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