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【医師のイギリス公衆衛生大学院留学】Term1半ばの記録

Imperial College Londonの公衆衛生大学院でMSc Epidemiology(以下MSc EpiまたはEpi)での勉強が始まって1ヶ月ほど経ちました。

本学の公衆衛生大学院にはMasterのコースとして、MPHと、私の所属するMSc Epiの他に、MSc Health Data Analysis and Machine Learning(HDA)というコースがあるのですが、MPH 90人くらい、HDA80人くらい、Epi 34人という規模感です。もともと少人数なところが良いなと思っていたのでニーズにはあっているなと思っています。おかげでFacultyやクラスメートとの距離も近いのも良いところです。上記3つのコースは履修内容が微妙に被っているところがあるのでモジュールによっては合同で行われています。

MSc Epiの学生内訳としては、
・34名中、男性は多分自分を入れて6名しかいない
・国籍は実に様々ですが、中国が一番多くて半分くらい、日本は自分を入れて2名、イギリスも2名だけ
・医師は自分を入れて3名
・医療系の肩書がある人はそんなに多くない(医師・薬剤師くらい)
・ヘルス関連のデータサイエンティストになりたい人や、Pharm系の企業に就職したい人、自国の政府関連の仕事をしたい人などが多そう
・年齢はパッと見は学部卒直後〜数年くらいの人が多く、自分は年長者の方
という感じで、おそらく一般的なMPHとは学生の背景は結構異なるのではないかと思います。
本学のMPHは男女割合は半々くらいで、医師は結構いて、年齢層も幅広い印象を受けています。

MSc Epiのコースは、
Term1:統計、疫学などの基礎知識を叩き込まれる。すべて必修で選択授業はない
Term2:すべて選択授業
Term3:Thesisを書くための研究プロジェクト
という感じで分けられています。

現在Term1の半ばですが、Term3の研究プロジェクトのことや、Master修了後の進路ことなんかも考えながら動かないといけない時期でもあるのでなかなかに忙しくしています。一方で、だんだん1週間の流れもわかってきて、生活もそれに合わせて落ち着いてきたような気がしています。

MPHをはじめとした公衆衛生大学院は大学によって結構毛色が違うという話をよく聞きますので、本コースがどんな雰囲気なのか、誰かの参考になればと思い記録しておきます。


1週間の流れ

平日それぞれの曜日に固定の授業があり、Term1は、

月曜: Introduction to Statistical Thinking and Data Analysis(医療統計学)
火曜: Principles and Methods of Epidemiology(疫学)
水曜:統計のチュートリアルと、感染症モデリングのオフィスアワー
木曜: Research Methods(研究手法)
金曜: Introduction to Infectious Disease Modelling(感染症数理モデル)

というサイクルを繰り返しています。
授業がある日はいずれも朝から夕方まで大学にいますが、だいたいどの科目も前半が授業で後半がグループワークや実習のような感じで組まれています。どの授業も事前に授業スライドがアップロードされ、予習しておくべきReading Listがあるのでそれを参考にしながら勉強を進めます。授業後は課題が出されたり、グループワーク課題に別途取り組んだりします。

Introduction to Statistical Thinking and Data Analysis

月曜は午前9時半〜12時半まで統計の授業があり、午後は16時頃までグループワークがあります。
私は数学のバックグラウンドもなく、Rもそんなに使ったことがないので、非常に苦しんでいる曜日でもあります。なんなら毎週日曜から憂鬱で、月曜午後のグループワークは胃が痛いです。

MSc Epiの統計の授業はMSc HDAと合同で行われます。MPH向けの統計の授業はかなり基礎的でコンセプトの理解に努めるような内容のようですが、我々の方は普通に学部時代に数学や統計をやってたようなバックグラウンドのある人や、今後医療系のデータサイエンティストを目指している人達もいるようなコホートなので、基礎の基礎は初日の最初数時間で過ぎていってしまった感があります。それでも統計や数学のバックグラウンドのある子に聞くと「すごく基礎的な内容」とのことです。

授業はKirkwood and Sterne, Essential Medical Statistics 2nd editionという教科書を軸に進んでいきますが、教科書を読んでも授業を聞いても理解が追いつかないことも多々あり、日本語の教科書やYoutube、わかりやすいブログ、ChatGPTに質問、など色々なものに頼りながら必死についていっている感じです。Week1の最初数時間で信頼区間やP値あたりの話まではサラッと終わり、Week2とWeek3でOutcomeが連続変数の時の解析方法は全部終わっちゃう、みたいなスピード感です。

午後のグループワークは、毎回2時間半くらい時間がありますが、
1週目 データセットを渡されて、研究仮説と解析プランを立てる
2週目 実際の解析を行い、プレゼン資料を作る
3週目 10分間のプレゼンをする
というサイクルを3週間サイクルでしています。
私にとっては、英語できない・統計初心者・R初心者という三重苦で、ただひたすらグループのメンバーに迷惑をかけている感じです。とりあえず1回目のグループワークは、医者の目線からなぜこの研究仮説にしたのかというBackgroundのスライドを固めたり、あまり難しくないTable1(患者背景などのいわゆるDemographicが記載されている表)の作成を担当しました。まだあと2回このサイクルがあるのかと思うと気が重いです…。このグループワークにおける成果物は、最終的なモジュールの評価のうち10%を占めるとのことです。

さらに月曜の夜に自学自習用の大量の宿題がアップロードされます。統計学のコンセプトを学ぶための多肢選択問題と、実際のデータセットをRで解析して与えられた問題に答えていくような流れです。結構量が多いのでこれをこなすのにも時間がかかりますが、自分のペースで出来るのは良いところです。月曜に出た宿題や授業の内容に関してわからないことをなんでも聞けるチュートリアルが水曜の午前に設定されていて非常に有難いのですが、これがあるために月曜夜に出た課題は月火のうちにこなしておかないとチュートリアルを有効活用出来ないのは辛いです。この宿題の解説が翌週の月曜午前の授業前半で行われる感じです。

「この授業はRを勉強するためのものではない」という理由でRに関する授業はありませんが、自習課題もグループワーク課題もRを使わないと進められません。一応Data CampCourseraというオンラインで勉強できるリソースに無料でアクセス出来るので、Rの使い方に関しては自己学習で勉強しておくことが期待されているようですが、自分は上記の宿題を通して試行錯誤しているうちに使い方を学んでいるような感じです。Data Campも細々と進めないと…。


Principles and Methods of Epidemiology

火曜は疫学のベーシックなコンセプトを学ぶ日です。
Courseraで本モジュールのために作られた課題をオンラインで事前学習した上で、ライブでの授業はわかりにくいところの解説が入ったりします。Incidence Rateをどう計算するか、Oddsとは何か、コホート研究とは、RCTの限界は、とかそんな感じです。火曜午前は10人前後のチュートリアルグループに振り分けられ、そこで事前学習の答え合わせをします。チューターとしてPhDやポスドクくらいのお兄さんお姉さんたちが各グループについてくれて、解説をしてくれます。課題は、実際にImperialから出た論文を沢山使ったりするので面白いです。その中でイギリスにはとんでもない規模のコホートが沢山あることを知って驚く日々です。UK BiobankEPICなどこちらに来て初めて色々と知りました。
自分は日本にいる間にCase Control Study、Retrospective Cohort Study、Systematic Reviewを実際にやった経験があり、このモジュールはほとんど知っている内容をおさらいしているような感覚で、月曜とのギャップが激しいです。ただ、理解はしていてもうまく(英語で)説明が出来るかというと微妙なところが多いので、自分がいつか人に教える立場になった時にどのような教え方をするのが良いかと思いながら授業を聞いています。

Research Methods

火曜の疫学とかなりリンクしますが、臨床研究のさまざまな手法を具体的に学ぶモジュールです。
Term3で各自が研究プロジェクトを遂行する必要があるので、それを見据えての準備のための授業かと思いきや結構ハードな課題が課せられています。
ライブでの授業はSystematic Reviewの仕方や、質的量的研究それぞれの手法などを詳しく勉強しています。Systematic Reviewに関しては、具体的には研究仮説の立て方、網羅的な文献検索の仕方、PRISMA guidelineやPROSPEROへの登録、文献の評価の仕方、など扱っています。Term3での研究プロジェクトはSystematic Reviewやすでに存在するデータの二次分析みたいなことをする人が多いために、結構深いところまで勉強しているようです。
このモジュールの評価は、65%が自分で考えた研究仮説と関連した文献レビュー(Systematicでない)、35%がグループワークでのResearch Proposal提出というものになっています。個人で研究仮説を立てたり、文献レビューをするのはまぁ良いとして、10回弱のグループワークで一つのProposalを作成するのは結構大変です。そもそも臨床研究なんてやったことない、という人達からすると上記課題はそれぞれイメージすら湧かないという感じなのではないかと思います。自分は日本語でなら研究計画書を何度も書いてきた経験があるはあるので、リーダーシップを発揮したいところですが、相変わらず英語の壁に苦労しています。ちなみにグループは8人ですが男は自分一人です。このグループワークも各グループにポスドクくらいの先生がチューターとして割り当てられており、色々と相談に乗ってくれます。

Introduction to Infectious Disease Modelling

感染症数理モデルに関するモジュールです。
日本でもコロナ禍で話題になった分野ですが、日本ではガチの感染症数理モデラーは一握りしかいないのではないかと思います。Imperialの感染症疫学部門は、感染症数理モデルのメッカのような場所で、微生物ごとに専門の教室があったりします。Term1からこのモジュールが必修であるのもさすがだなと言う感じがします。感染症数理モデルは「天気予報のような予測」をするためのものではなく、ステークホルダーに注意喚起したり、意思決定の際のサポートをするためのもの、というような言い方をしていたのが興味深かったです。
数学の知識があるに越したことはないと思いますが、なくてもついていけるように授業は工夫されています。先生たちも、とにかくコンセプトを理解して欲しいということを強調されています。金曜は朝から夕方までこちらの授業ですが、授業をしながら実習で自分たちでモデルを組んで動かすという感じなので眠くもならないし毎回とても楽しいです。実習は個人のペースで進めていけるように準備されていて、あるところまで進んだらスタッフに声をかけて次のステップに進む、みたいな流れになっています。全体がある程度進んだらその都度レクチャーが入る、というな感じです。実習中は感染症疫学部門のPhDやポスドクの先生たちが現場に大量投入されて、些細なことでも何でもすぐに質問出来ます。授業や実習の内容で不明点があれば、毎週水曜午前にオフィスアワーが設定されていてそこで何でも質問できることになっています。実習の内容をはじめとしてものすごく完成度が高く手厚いモジュールだなという印象ですが、毎年夏休みの時期に外部向けに数理モデルの有料セミナーを開催されている経験が生きているんだろうなと思います。本授業の評価は試験と、エッセイ(数理モデルの論文の批判的吟味)、実習課題のレポートなどで行われるようです。
自分自身が感染症を専門とした小児科医なので、非常に興味のある分野です。数理モデルと言っても、実際の複雑な計算をするのはコンピューターなので、モデルにどのようなパラメーターを投入するのかということを考えることの方が大事なようです。臨床の現場経験がある身として、この分野で貢献できることがあるとすればどんなことがあるかなと思いながら授業を受け、先生たちと喋っています。

最後に

授業はどれも超濃密で、予習復習をしながら課題をこなしていくだけでも結構大変です。
一方でサポート体制や、利用できるリソースの充実っぷりは半端なく、学費がバカ高いだけあるなと思っています。社会人を10年弱経験してからの学生生活はとても新鮮で、興味のあることを腰を据えて勉強出来るのは楽しいことだなと感じています。怒涛の勢いで時間が過ぎて行きそうですが、まずはTerm1をしっかり乗り切りたいと思います。それに合わせてMaster修了後の進路に関しても準備を始めねば…。





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