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雨降りと自分と生き辛さ。

天気悪いんだけど、気分はいい。
そう思えるようになったこの頃。
いいと言うより、至っていつもと同じ。
若い頃は1日の気分が、天気で大きく左右された。雨降りは絶望的に憂鬱になり、自分の中の世界が終わった気分になった。
余りにも雨降りが嫌過ぎて、少しでもその気持ちが和らがないかと思い、1曲つくったほど(笑)
雨降りと同じくらい月曜日が嫌だったから、両方入れ込んで曲をつくった。

振り返ると、ちょいちょい自分の性質が、生き辛さを感じやすい性質だったんだと、今になってよく思う。若手家族は今更?と言うが、
『出来ないのは自分の弱さだ‼️弱音が出るのは努力が足りない‼️』
と、言われ続けた根性論世代には、自分を理解するという行為自体が、なかなか入ってこないのだ。

今は障害と呼ばれるもの全般が、かなりオープンになり、日常の生活での濃い部分でも、受け入れられつつあるようだが。

病気ではない障害と呼ばれる状態は、人によって実に多様で、なおかつ複雑だったりする。
自分に障害があるか否かは自分が気付くか、家族に連れて行かれるかじゃないと、その次の行動には進まない。
なので自分は進んでない(笑)
気付いてないというより、早い時期に気付き過ぎていて、自分は変わり者だとずっと思ってきた(笑)

変わり者=障害
これってそーゆー事なんだろうか。
この定義が成り立つのかどうかは知らんが、気になって医療の診断を受けるか否かは本人次第。
自分も医療機関に行くかどうか迷った時期もあるが、今はいいかな。なぜなら医療の手を借りなくても、薬を服用しなくても、天気で自分の気持ちが左右されなくなったから。
変わり者の自分に、ひとつずつ向き合い、ひとつずつ整理してこれたから。今でも変わり者には違いないけど、中身が違う。
それは自分にしか分からないこと。

雨降りを憎む自分が居なくなった分、生き辛さはなくなった。
その頃つくった曲は世に出てないので、リメイクしていつか出そうと思ってる。
そん時は聴いてね(笑)
雨降りに有難うと言える今の自分にも感謝したい。

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