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桜花浪漫堂朗読劇「人間失格」に行ってきた

先日、有楽町のI'M A SHOWでやっていた桜花浪漫堂朗読劇「人間失格」を観に行った。
自分は以前から太宰治の小説が大好きで、好きな作品ランキング上位に入る人間失格の朗読劇をやると聞いてしまったらもう行くしか無かったのだった。

私が観た回のキャストは、主人公の大庭葉蔵を演じていたのは笹森裕貴さん、ヨシ子を佐奈宏紀さん、シヅ子を伊藤昌弘さん、マダムと堀木正雄を井澤勇貴さん、竹一とツネ子を平賀勇成さんだった。

開演前、劇場を支配していたのは波の音。海のさざなみの音とも、川の波打つ音とも捉えられる酷く静謐な空気感が漂っていた。
その音が、作中で心中を図る葉蔵とツネ子の様子や作者である太宰の故郷である津軽を同時に想起させてなんだか胸がいっぱいになった。

笹森さんの演技はこれまであまり見たことがなかったのだが、そのみなぎるような演技力には脱帽した。
最初、葉蔵の演技が少しあどけなさすぎやしないか、とは思ったのだ。だがふとした瞬間にのぞいた眼差しに思わずぞっとして、これも解釈の一つなのだと納得した。あどけない表情に浮かぶ真っ黒な、深淵を深淵で塗り固めたような虚無の目が、その端正な顔に浮かび上がった瞬間の鳥肌はものすごかった。目の演技って、ああいったもののことを言うのだなあと実感した。

これは記憶のまだ新しいうちに、と思って即席でツイートした私の感想ツイートなのだが、以前の私はこう言っている。

原作の葉蔵が泥まみれの狂気を纏う道化なら、笹森さんの葉蔵はあどけない狂気の滲み出る幼子に思えてより痛々しくてならなかった。

時間が少し経った今も、その感想は変わらない。
私が人間失格の原作を読んだ時に葉蔵に抱いた印象は、生まれながらにして暗闇を背負っているどうにも救えない、救われない人間だというものだった。
ところが笹森さんの演じる幼少期の葉蔵は少し欠陥した部分はあれど非常に子供らしくあどけない。それを出発点として葉蔵が大人になっていくものだから、原作よりもライトで人がある程度共感しやすい
葉蔵という仕上がりになっていたように思う。
勿論、今回の朗読劇の感想をパブリックサーチすると全く共感できなかったという感想を抱いた人もいるので、個人差はあるのだろうが…少なくとも私は、より人の共感を集める役柄になっていたように思う。

朗読劇終盤で、葉蔵は「僕は人間、失格でしょうか」と客席に切実に、縋り訴えかけるように問いかけていた。あれには私はグッときたし、そんなことないよとまで思わされた。
この台詞は原作にはおそらく無いと思うのだが、笹森さんが演じる葉蔵だからこそ許されたものだと感じる。原作の葉蔵がこんなことを宣っていたら、そうだよ君は失格だ、と思っていたに違いないからだ。
原作の葉蔵には、その身や心に染み渡りきっている深淵に手の施しようがないような恐ろしさを感じるのだが、笹森さんの葉蔵にはその深淵に隙があるように思えるのだ。もしかしたら周囲を取り巻く環境次第でどうともなったのではないか、と感じさせる。逆に原作の彼に、そう思わせる要素はない。この部分に関しては、笹森さんの善性の面があらわれているのかなと思う。(笹森さんの性格とか全然知らんのですけど、良い人そうだから…雰囲気が)

人間失格は、タイトル通りと言えばそうなのだがかなりシリアスで陰気な作品だ。なので、この朗読劇を観劇する前も終始暗い気持ちになるのかなと考えていた。ところが、なんと思いもよらぬ角度からコメディが飛び込んできたのだ。ヨシ子役の佐奈さんが笑える要素をぶっ込んできたのである。
作中で葉蔵がマンホールの穴に落ちて、それをヨシ子が助けるシーンがある。その場面で、佐奈さん演じるヨシ子はお淑やかな女性あるまじきドスのきいた声を劇場に響き渡らせた。これには流石の葉蔵(笹森さん)も真顔。お客さんもくすくす笑っていて、アフタートークか何かで誰かも言っていたがこれが話の一つの区切りのようになっていておさまりがよかった。笑える要素があるとホッとするね。
笑える要素と言えば、喫茶店の場面でかかっていた音楽が止まって(演出なのかトラブルなのかわからない)、そこで堀木正雄を演じる伊澤さんが機転をきかせてバンドの皆さんに何か曲を弾くように声をかけていたことだった。それだけなら素晴らしいアドリブだという話だけで終わりなのだが、弾いた曲がかなり不協和音でそれが客席の笑いを誘った。伊澤さんも「なんで?!」と言っており、非常に楽しかった。

平賀さん演じたツネ子の…ちょっぴり不幸な感じをご本人の綺麗なお顔立ちが助長させていて見ていてどきどきした。作中ではツネ子は美人とは描かれていないのだが、奇しくも本人の美しさが演技に直結するとは思わなんだ。

朗読劇「人間失格」は元々太宰の作品が好きだという人間にも非常に好ましく、また面白く観劇できた作品でとても満足だった。

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