ニノウデの世界

 桜井恭弥は一九九九年の一月に生まれて、二〇一六年に高校二年生、十七歳となった。思い出と季節の寒暖とが、まるでマズルを整えて並べられたマスケットのような、ファスケスの要素を持った気色悪い制服で一緒くたになって彼の頭に刻印されていることが、彼がこの日々を振り返ったときに悔やまれることの一つであった。こればかりはシステムのせいなのだから、仕様のないことだと呑み込んでは、吐き出した。
 青春とは、多くの人がそうであるように、存在の不安によって精神が蝕まれているという誤認に気づく機会だった。(誰でも)己こそ臥竜鳳雛である、と陽炎そのものというよりそれを立ち込めらせる道路のような黒い意思を抱えている。桜井はこの一連を認識していた。その上でやはり自分は違うと思っていたのだ。
 家に帰ると、自室にランドセルを置くついでに、「ただいま」と言った。リビングでは、横幅90センチサイズの角が丸まった水槽が、濡羽色の水槽台の上に設置されている。さて中身であるが、まず深さ十センチに珊瑚砂が敷かれている。その上に檳榔子黒の藻を生やした岩が二つ置かれている。中央に最も大きなものが配置され、その後ろ側にもう一つ、大きな方が砂地の六割を埋めている。大岩には燻んだシライトイソギンチャクが吸着している。その中には三匹のクマノミが共生しており、周りに5センチのナンヨウハギが一匹漂っている。水槽を満たしている海水の流れる音が聞こえなかった。愁眉を為して靴を履いたままリビングへ足を延ばした。拍動が高まっているのに、それを感じさせにくいようなふしぎな心地がしていた。母親が食卓に突っ伏していた。白いブラウスを着ていたのであるが、大きく不格好な赤い円があった。彼女が座る椅子の足へと目をやった。右の靴下だけがぎらぎらとした赤い光沢で染まっていた。床は見るまでもなかった。彼女が草葉の陰に身を隠したことを直感して、彼の目は覚めた。
 夢は人の願望・予感を表すことがある。小学生の頃から彼はこの夢を繰り返していた。

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