金田健一

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  • 白い楓(改訂版)

    頂いたご意見を参考に、大幅な書き換えを行いました。忌憚なきコメントをお待ちしておりますので、今後ともよろしくお願いします。

  • 自動車泥棒

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  • 白い楓

    二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。

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火蠅

 真黒のフォルクスワーゲンのゴルフGTIはある民家と民家との間に停車され、まばゆいハイビームが切れると車は夜闇にすっかり溶けた。エンジンが停止され、一分も経たぬうちにあるつがいの男女が降りてきた。二人は言葉を交わさずに歩き、川べりの草原に腰かけた。何かから許しを乞う彼らは、秘め事を保とうと人目を怖れている。ある日結ばれた小指に秘めた約束はまだ二人の外に誰かの知るところではない。嫌う喧騒を逃れ、しがらみの無い空間を作りあげた彼らの時間が始まった。そんな彼らの間にあるものは立派な

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      退屈な買い物について行くのに必死で私は困憊していました。そしてあの乗り心地の車。睡眠に遁走したのです。しかし私は1人でした。車の後部座席、チャイルドシートの中にいたのです。ああいうのは、運転中の親が目を離しても子供が勝手に開けることの出来ぬように、手を開閉部に伸ばしただけで力尽きるようになっていて、うまく握力が入りません。私は身動きを封じられたのでした。大人の力が必要で、この場合それは母でした。母に助けを求める他に私には道がありませんでした。自分の無力を恥じるだけの頭は

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         私の家庭は……それはそれは凄惨なものです。「家」ではなく「家庭」というところから、今から話す内容など、多少は明らかになったでしょう。つまりは家庭内の人間関係が私の抱える悩みなのです、私と父、私と母、私と妹、私と祖父母、…私がいない間柄にも問題はあります。ですがそれは追々話します。本当に、どこから話したものでしょうか。  先生は、私のように悩んだ人間が通例、似通った血の流れる人間を求めて相談を持ちかけることをご存知でしょう。うわっつらでは自分の道が分からないと言っておいて、結

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          「先生は……私にとって理想の人間なのです。誰にだって優しい、太陽のような、いいえ、よしましょう。人が人を称賛するのにこの言葉はあまりに陳腐だから。先生のその、誰にだって同じ顔で接してくれる平等さが、かえって私を平安な心地を与えてくださるのです。先生は私が目を見つめても私の目を見つめ返してくれる方でしょう?」  こうした文句を言われたとき、果たして教師は生徒に、大人は子供にいかなる答えるのがいいのだろうか。この時点で渡辺は、あることを見抜いていた。 「別にあなたにそう言われても

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           高校二年生になった彼を受け持つ渡辺は、数学の教師だった。渡辺は痩身の女性で、冬になると決まって薄手のベージュのカーディガンを羽織っている。その下のシャツは翠色で、淑やかな印象とカジュアルとが肉体を舞台に踊り惚けていた。 「どういう状況なのか話せる? 話せるところからでいいから。ここには他の先生が入って来ないようにお願いしてあるから、安心してくれればいいからね」  桜井の前には彼の担任である渡辺が座っていた。二人は彼らの他に誰もいない会議室の椅子で、向かい合って座っていたが、

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           仙台駅は黄土色を基調としており、物静かな印象を与える。西口から伸びる歩道橋は、喫茶店や雑貨店に行くならば必須である。その歩道橋の上から駅を眺めると、向かって左に黒い四角の時計がある。屋上駐車場がある。そのフェンスに立てかけるようにして、「仙台駅 SENDAI STATION」の文字を象った、夜になると橙色に輝く赤いネオンが設置されている。真昼の太陽と、空で滲んだ青白い月は、光を与えて、人に堅固な色素で裏打ちされたイメージを生み出す。太陽を鉄筋に埋め込まれたその駅を、ロフトが

          ニノウデの世界

           桜井恭弥は一九九九年の一月に生まれて、二〇一六年に高校二年生、十七歳となった。思い出と季節の寒暖とが、まるでマズルを整えて並べられたマスケットのような、ファスケスの要素を持った気色悪い制服で一緒くたになって彼の頭に刻印されていることが、彼がこの日々を振り返ったときに悔やまれることの一つであった。こればかりはシステムのせいなのだから、仕様のないことだと呑み込んでは、吐き出した。  青春とは、多くの人がそうであるように、存在の不安によって精神が蝕まれているという誤認に気づく機会

          ニノウデの世界

          白い楓(25)

           俺の投資した半年は一体どうなるのか? あの日俺は悲愴と憤怒とを胸に、足早に帰った。一人で家に着き、枕に顔を突っ込んで、叱られた子供のようにむせび泣いた。俺は一体どうして半年も待ったのか、と時間を無下に扱われたと感じたんだ。そしてお前への強烈な不信で涙が止まらなかった。……  俺は、お前がどういう魂胆であの対談を俺に頼んだのかを知りたくて、徹底して調べようと思ったんだ。調べなくては、知らないという自覚からなる苦悩で気がちがいそうだったからね。まずお前に電話をした。すると、お前

          白い楓(25)

          白い楓(24)

           …………………………。  …………………………。  俺が、お前の気がおかしくなったと思ったのは、確か柴田隼人と対談をする前だった……お前はあのときも、俺達の仕事の根本的な問題とやらに悩んでいたんだ。俺にとっては他人の命へ敬いなんぞどうでもいい。むしろ蔑ろに扱ったり、人の優位に立ったりすることが楽しいと思うタイプの……そうさな、いわゆる狂人だったから、お前の葛藤を横目に、哀れなやつだと笑う程度だった。ここまで言えばおおまかに俺がお前のことをどう評価していたかは分かるだろう。月

          白い楓(24)

          白い楓(23)

           香山はKを思い出した。彼女も同様に苦しんだのだった。やはり、自分には生きる資格などありはしなかった。いつの日かこうなることを夢見ていた。 「おい」  明が言った。もう抵抗をやめたのに、彼はまだ何かの苦痛を与えるつもりだと思い、悲しくなった。 「なんだ」 「何をしているんだ、お前は」  頭の中にくつろぐようにあった、蛇がとぐろをまくようにあったわだかまりが去っていったような感じだった。  明は前を向いて座ったままだった。自分の首元にあるはずの彼の手は、しゃんと彼の下に収まって

          白い楓(23)

          白い楓(22)

          「論点を明瞭にしてもらえるかい」  ここでようやく明が真剣になりはじめた。……やはり、柴田隼人の言ったように明は俺より頭の回転が遅いらしい。作者である彼は、自分で作り出した存在のつむじからつま先までを語ることが可能で、そうであるから神なのだった。  成人に遅れて後ろから歩く幼児を見るとき、その知能の遅れを感じて、愛撫することもあろうが、それは幼児の知恵の不足への嘲笑とまじりあう、ミルクティーのような感情として表出している。そんな風に、明を蔑む気持ちを伴って話を再開させた。 「

          白い楓(22)

          自動車泥棒(後編)

           美というのは気まぐれに不都合にその姿を現すのだ。青山の目に映る手島は、細く絡み合う紫煙を纏って、瞼を狭めてそれを拒んでいた。そよ風に吹かれた前髪や睫毛の一縷一縷が例のコンビニからの気持ち悪い明かりを受け、白く、鋭利に煌めいた。咥えられては赤く燃える煙草の先端・開閉の繰り返される唇・啜る鼻・微動だにしない額・……青山にはそれら全てが、哀しさを誘うような表情を為しているように思えた。ただこうも思った、こんなに美しい世界が手島の顔に建設されている、と。こんなときに限って、テレパシ

          自動車泥棒(後編)

          自動車泥棒(中編)

           青山は手島の指定に基づいて博多駅で乗車すると、車両を渡り歩いて手島と会った。手島は彼に気づくと、椅子から立ち上がった。隣に空席がないことからの気遣いだった。椅子前にあった腰までの高さのあるスーツケースを転がし、二人はドアの前に移動した。  青山は手島を伴い、自分の車が駐車される駅を降り、近くにある刺身などを出す居酒屋へ向かった。店内には一様に次縹の色をした、八畳ほどの生け簀があった。その中には自分らが調理されるまでを過ごしている魚が泳いでいた。昭和末期からあったであろうこの

          自動車泥棒(中編)

          自動車泥棒(前編)

           博多駅と糸島とを結ぶ地下鉄空港線・筑肥線を使うと、片道に三〇分ほど費やす。車で都市高速をなぞるように走れば、四〇分から五〇分ほどかかるため、大差がない。出退勤のためにこの二点を行き来する人間の多くは、電車の賃料・ガソリン代と駐車場料金を天秤にかけることになる。しかしながら、日中であっても割り込み、法定速度無視といった違反車両が往来するこの道のりは、忌避を禁じえない。そうして彼らは結局電車を選ぶ。かくいう青山はそのうちの一人であった。  冬至を越して気温の下がった夜の博多駅、

          自動車泥棒(前編)

          白い楓(22)

          「論点を明瞭にしてもらえるかい」  ここでようやく明が真剣になりはじめた。……やはり、柴田隼人の言ったように明は俺より頭の回転が遅いらしい。作者である彼は、自分で作り出した存在のつむじからつま先までを語ることが可能で、そうであるから神なのだった。  成人に遅れて後ろから歩く幼児を見るとき、その知能の遅れを感じて、愛撫することもあろうが、それは幼児の知恵の不足への嘲笑とまじりあう、ミルクティーのような感情として表出している。そんな風に、明を蔑む気持ちを伴って話を再開させた。 「

          白い楓(22)

          白アネモネ

           二人は散歩へ出かけた。天神の街で彼らが選んだのは喫茶店ではなく、自分らと同じ住宅街にある小さな公園。車の侵入を防止するための柵を超えると砂でできた地面と、錆の目立つ黄色いブランコと滑り台、腐食したベンチ、そして白いモルタルで囲まれた砂場がある。ベンチに座るのはデニムとカーキ色のシャツを着た、三十に近い女。その女は砂場にいる自分の子供を静かに見守っていた。  明美は子供に歩み寄って挨拶をした。子供は応じたので、明美は尋ねた。 「何歳になったのかな」 「三歳」 「偉いわ

          白アネモネ