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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第2話 「スプリンクラーを浴びて」 #2

 各々中身が詰まった鞄を開け、用意してきた懐中電灯や軍手などを取り出す。
「オレんち、懐中電灯なんてなかったよ…」
モレは、探検隊の要である道具が用意できず残念で仕方ないようだった。
一方、「オレなんかさ、かーちゃんが何に使うんだってうるせぇから、いらねぇって言って出て来ちゃったぜ」そう宣ったブースケにすぐさまみんなの蹴りが入った。
全員の持ってきた物を並べる。懐中電灯三個にロープ二本、ペンチ一本。
あとは軍手やタオルの他に、何故かモレのヌンチャクと、ブースケが家からくすねてきた竹輪だった。
「ほら見ろ晃二。やっぱ、荒ケンの言った通りだな。まったく、なんに使うんやら」
晃二はいつも通り無視して今後のプランを確認していった。
今回一番のポイントは、いつ何が起こってもパニックに陥らないように心掛けることである。
特に二人には注意が必要と思われたのできつく言い聞かせた。
あとは冷静に行動すれば問題ないのだろうが、何があるか分からないので一応みんなの配置を決めることにする。

「じゃあ、先頭はオレと荒ケンでウメッチがラストな。そんで—」
「ねぇ、あのリアカー乗っていこうよ」説明の途中でモレが口を挟む。
その言葉でみんなが振り返って見たリアカーは、元々ここに置いてあり、最近よく乗っかって遊んでいたものだった。
「んー、そうだなぁ…」
「いいじゃん、いいじゃん」
躊躇している晃二に反して、大方はその意見に賛成だった。
「よし! じゃーオレが乗っかってライトを照らすよ」
「ちょい待ち。モレはライト持ってねぇんだから俺が乗るよ」
「ずるいよウメッチ。オレも乗りたいってば」
やれやれ。またも一悶着起きそうな雰囲気になる。
些細なことでの喧嘩は毎度のことだ。特に、せこい、がめつい、ずる賢い、この三点に関しては一歩もひけを取らない連中である。
「その意欲を他に向けて欲しいもんだな」
晃二はぼそっと呟き、手っ取り早いジャンケンを提案した。
「よっしゃー」最後の勝負、ブースケに勝ったウメッチが雄叫びをあげた。もっとも、いつも最初にパーを出すのを知っているので、勝負は目に見えていた。
その結果、先頭に晃二と荒ケン、次にリアカーを引っ張るモレ、最後尾にブースケ。この編成で坂を下って行くことになった。
しかし、いざ闇の淵に立つとなかなか足を踏み出せないものである。
互いに顔を見合わせたまま黙ってしまった。
いつもの我先にとは逆に、みんながみんな先を譲っている。
「固まって動けば大丈夫だよ。今回は懐中電灯もあることだし」
確かに不安は隠せないが、装備は万全なのだ。想定外のハプニングさえなければ無事に偵察して来られると晃二は考えていた。
「ちっと不気味やけど、下に着いちまえば何てことねぇよ」
荒ケンの言葉に頷き、五人は未知の領域に一歩踏み出した。

 ライトの先を向けると、うっすらだが三、四十メートル先に部屋の入口らしき陰が見えた。
底無しでなく、ちゃんと部屋に通じていることが分かっただけでも少しは安心した。
とはいえ、暗黒の深い洞窟を降りていくことには変わりない。
噂していた戦時中の危険物や棺桶が見えないだけでも御の字だと思わざるを得ない。
「げっ、なにあれ」
みんな眉間と鼻に皺を寄せて懐中電灯を陰の周辺に向ける。
すると、壁はところどころ崩れ、道は轍状に陥没していて、まるで朽ち果てた遺跡のように映った。
「いちいち気にすんな。行くぞ」
もう怖じ気づいた約二名に晃二はハッパをかけ、歩き出した。
「そんなことよりあれ見ろよ」「うわーすげっ、臭そー」
わざとらしい声が反響し、取ってつけたような感想が追いかぶさる。
「わかったから、もうちっと小さく話せや」
感嘆、驚愕、不満、何でもいいから大きく声に出すのは、恐怖心を紛らわせるには有効な手には違いないが、やかまし過ぎるのも考えものである。
やがて以前引き返した辺りに差しかかると、同じ様な湿った風が足元から這い上がってきた。
声と一緒に車輪の音が止まった。

「なんか、薄気味悪いなぁ。もしさぁ…」
モレの呟きを聞いて、みんな一旦足を止める。
「もし、戦争中の死体があったりしたら、どう—」
スッとライトの明かりが目の前を横切ると同時に、カツンと堅い音が響いた。
「いてっ」
「ドアホ、そんなのあるわけねぇやろ」
荒ケンは辺りを素早く照らしてから懐中電灯を前方に戻した。
暗闇の中で一筋の光を目で追うと、上下左右がわからなくなる。
晃二は一瞬よろけそうになり、振り返って2階を確認した。
その四角く切り取られた明かりは、ぼんやりはしていたが、ちゃんと現実感と平衡感覚を取り戻してくれた。
「お前さぁ、さっきの注意事項ちゃんと聞いてたのかよ」
晃二は溜息をついた。できるならこの呆れ顔も見せてやりたいものである。
「んだんだ。ここで一斉にライト消したら、それこそパニックだぜ。やってみるか?」
何を企んでいるのか、ウメッチはなんだか楽しんでいるようだった。
「やめてよ。ただでさえお化けが出るんじゃないかと心配で……」
ブースケの言葉尻が小さく消えたとき。
「本当だ、お前の後ろに兵隊さんが—」
モレが言うが早いか、「ぐぎゃーっ」振り向いたブースケは叫んだ。
彼の目の前には、懐中電灯を下から照らしたウメッチの顔があった。
「すんげぇ声出すから、こっちの方がびっくりだぜ」
耳をつんざくような声の反響は、辺り一面の闇を吹き飛ばしたかのように広がっていった。
「今の声で幽霊は逃げ出したんじゃねぇか」
その場にへたり込んで半べそかいてるブースケを見てみんな大笑いし、それが上手い具合に恐怖心を取り除いてくれた。
笑いが収まっても「みんなひどいよ」と、めそめそしているブースケを起こし、「よし! 前進あるのみだ」と晃二は言ってライトを闇の先に向けた。
単純なものである。ちょっとしたきっかけでみんな緊張が解け、不安なんて忘れている。

 そこからはうって変わって、替え歌なんぞを口ずさみながらみな陽気に下って行った。
「インドの山奥でっぱの禿あたま——」
十八番であるレインボーマンの替え歌は放送禁止用語のオンパレードで、親によく叱られていたが、一番人気のナンバーだ。
今鳴いたカラスのブースケは、もう笑うどころか、誰よりも大きな声を張り上げている。やはり心配しただけ損であった。
「あそこを曲がれば1階の部屋だな」
ライトを向けた先にそれらしき場所が確認できた。
するとウメッチは突然「突撃!」と叫び、モレの背中を思い切り叩いた。
「よっしゃー」雄叫びをあげ、鞭の入った馬車は勢いをつけて駆け下りていった。
ガガッ、ガガガガァー。リヤカーのスタンドが地面をこすり、火花を散らす。
「イヤッホー」
ライトに浮かび上がったウメッチは投げ縄を回すポーズをしていた。
西部劇好きなので、マックィーンにでもなったつもりなのだろう。
「がはは。最高じゃん。俺も乗っけてくれぇ」
火花とライトが交差する中、続けとばかりに奇声を発しながらみんなも走り出す。
そして、興奮にあおられてスピードと騒音が最高潮に達したそのとき。
「やべっ。飛び降りろ!」
歓声に紛れて叫び声がした直後、鈍く激しい音がした。
どうやら勢いがつきすぎてそのまま壁に激突したらしい。
突然の出来事に一同息を飲んだ。

 走り寄る懐中電灯の光が大きく揺れ、辺りをサーチライトのように光源を撒き散らす。
スロープに下に着くと、喘ぎ声のような息遣いだけが聞こえた。
近寄ると、引き手を天井に向けて直立したリヤカーの横で二人が仰向けになっていた。
怪我でもしたかと、全身をひと通りライトで確認したが、特に傷などは見当たらない。
どうやら間一髪、二人とも飛び退いて無事だったようである。
「やばかったな。モレ、大丈夫か。漏らしてねぇか」
「ウメッチこそちびってんじゃねぇの」
二人は上半身を起こしながら強がりを言い合う。
「何やってんだよ。まったくしょうがねぇな」
しかし、下手したら大怪我しててもおかしくないのだ。
肝を冷やした程度で済んで助かった。
恐怖心が無くなった途端にこの様である。
変わり身が早い、先行きを考えない、言いつけを守らない、いつものこととは言え、先が思いやられる。
晃二は呆れつつも我に帰り、部屋らしき方に目をやった。

「 …… 」
そこには全く想像もしていなかった景色が広い空間一杯に広がっていた。
気味悪くも、恐ろしくもなく、ただ今まで見たこともない時間も場所も超越した異空間で、神々しさすら感じた。
これまで一階は真っ暗な部屋だと思っていたが、実際は僅かに光が差し込んでいて、闇の中に不思議なシルエットを浮かび上がらせていた。
お伽話に出てくるような深い森の奥にある古城の扉を開けたらこんな風景が広がるのでは、と思わせるくらい現実味がなかった。
錆びて破れたシャッターの穴からは、光が幾筋もの線を描き、柱や壁に突き刺さっている。
床のコンクリが陥没した所には水が溜まって池のようになり、その水面に反射した光の照り返しは、久しぶりの来客を出迎えるかのようにキラキラと輝きを放っていた。
おそらく水溜まりは深さ数センチ程度なのだろうが、まるで山奥の深い湖のようにひっそりと佇んで見えた。
みんな呆気にとられ、しばらくその幻想的な風景に見とれていた。

「なにこれ、すっげー」「なんか、違う世界にいるみたいだな」
声が不思議な反響を伴って返ってくる。
白黒写真のような風景は、西洋の映画か舞台のセットの中にでもいるような気にさせられる。
一同は、やっと思い出したかのように辺りにライトを向けて隅々を探っていった。
二階と同じ広さに見える空間の各所に積み上げられた木のコンテナや大型の機械、正面からのいく筋もの照明のような光、などが演出になってセットのような雰囲気を醸し出しているのだろう。
ライトに浮かび上がった品々は、金属製や布の掛けられた塊が多く、何十年も放っておかれた、それこそ戦時中もしくは戦後の遺物に見えた。
この空間が果たして我々を受け入れてくれるのか、拒絶されるのか、そして、これらの品々が戦利品となるのかガラクタとなるのか。
その見当は皆目つかずである。

「あっ、あれ!」
突然ウメッチが大声をあげ、ライトを当てた先を見ると、薄汚れたボールが水面に浮かんでいた。
「こんなとこにもアウトボールがありやがったか」
「どっから入ったんやろ」
不思議ではあったが、この異空間と現実を結びつける物があったことに少しホッとする。
荒ケンは恐る恐る水溜まりに足を踏み入れた。
浅いと知りつつも、やはり緊張感が漂う。
そっとボールを掴み上げ、正体不明の物体でも見るかのように顔を近づけた。
「きっとシャッターの破れた穴からだよ。前にゴロが割れ目から入ったことあったじゃん」
そう言ってモレが指差した方向には、ボール一個がやっと通るくらいの穴が開いていた。
「あそこがあの割れ目なのかぁ」
いまいち実感のない晃二たちは水溜まりの横を回り込み、ゆっくり穴に近づいていった。
いびつな菱形をした割れ目を晃二がしゃがんで覗くと、溢れるような光に襲われ強く目蓋を閉じた。
「うわっ」一瞬目がくらみ、床に手をついた。
一呼吸置いてゆっくり目を開けると、破れたシャッターの向こうには、ホームベースと砂場が蜃気楼のように揺らいで見える。
「おっ、グランドじゃん」当たり前なことなのに、どこか不思議に思えた。
立ち場や見る位置が違うと、こうも違って見えるものなのか。
その、日常が逆転した状況は、なんだか地下牢に投獄された囚人にでもなったような感覚を抱かせた。
「ちょっと見回してみるか」
多少目が慣れてきたこともあり、三班に別れてやっと辺りを偵察することにする。
「何か変わった物を見っけたら、大声でちゃんと報告しろよ」」
今回の目的は、部屋の調査と今後の利用計画の準備を進めることであった。
実際に使える場所になり得るかどうか、細かく調べる作業が主なのだが、みんなお宝のひとつでもゲットして持ち帰ろうと企んでいるのがみえみえだった。
ブースケにいたっては、本気で財宝があるのでは、と目を皿のようにして辺りを窺っていた。

「晃ちゃん、もっと下を照らしてよ。見逃しちゃうじゃん」
「そんなのあとあと。まず部屋の様子を調べなきゃだめだろ」
晃二は壁の隅々を舐めるようにライトを這わせた。
ひび割れた壁には英語で大きく何か書かれ、柱には数字が書かれている。
奥に並んだ錆びたコンテナには、留め金の上に×印のマークが見えた。
天井を照らすと、蛍光灯の残骸が虫の抜け殻のように一列に吊り下がっていた。
どうやら部屋の造りは、窓の部分が一面シャッターである以外は二階とほぼ同じようである。
見渡す限りセメント袋の山や印刷機のような大型の機械ばかりで、廃業した工場跡地のように見えなくもない。
きっと、車を横付けして積み下ろしできるので、重たい機材や大きな木箱ばかりが集められたのだろう。
「これって、拳銃かなんかの部品かな」
そう言ってブースケが拾い上げた筒状の金属を見ると、確かにそう見えなくもないが、おそらく車の部品だろう。
「じゃあ、こっちの看板は使えないかな」
次に目をつけた木製プレートは、英語で書かれていて格好良かったが、二人の力でも持ち上がらないほどの重さだった。
その隣にあった柳行李を期待して開けてみたら軍服のような上下服がはいっていたが、広げるとカビが凄くて持ち帰るどこではなかった。
「惜しいな。変わった物が多いけれど、どれも役には立ちそうもないなぁ」そう晃二が呟くと、
「いや、そのうちに隠してあった財宝がきっと見つかるよ」ブースケは真顔で呟いた。
前向きと言うか能天気で信じやすい彼のお目当ての物が見つかるといいのだが、それは難しそうである。
それでも部屋の角や物陰に何か変わったもの、面白いものがあるかもしれない。そう願ってしばらくは無駄な作業とは思わずに辺りを探っていった。
だが、これはと思って手にした物は、鋤や金ザルなどの農機具のような類や書類の入ったカバン、鉄パイプの金具などで、持ち帰っても使いようのない物ばかりであった。

〈#3へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/n76f4c08c7534


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