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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第2話 「スプリンクラーを浴びて」 #3

「なんだかどこにも宝らしき物の匂いすらしないね」
ブースケも期待が萎えてきたのだろう、言葉数も減って、置いてある物を手にすることなく、足で転がして確認していた。
大体一周してみて分かったことは、非常に残念だが、貴重な物、使えそうな物は何もなさそうだということと、部屋の利用価値もさほどなさそうだ、の二点だった。
晃二は懐中電灯をブースケに渡して、荒ケンに報告に向かった。
「どうよ。そっちは?」
「ん? 別にっ、て感じやな。残念やけど」
「なんかするにも暗すぎるし、隠し場所ぐらいとしてしか使い道はなさそうだな」
「そやな。他になんか珍しい物とか置いてなかったか?」
「いや、特には見あたらなかったよ。戦時中の遺留品でもありゃ面白いんだけどな」
「こっちはフォークリフトを見っけたけど、覆っている幌が固まっていて外せんかったよ」
そんな話をしているところにウメッチチームが戻ってきた。二人の表情から結果は予想できた。
「収穫ゼロ。全部が全部、たいした物じゃねぇよ」
「それに、開けられねぇもんばっかだよ。持ち出そうにも重すぎるしさぁ。今度爆薬でもしかけてみようか」
モレはいつもの過激な思いつきを口にする。
「しゃあねぇな。最後にみんなでもう一回まわってみるとするか」
四人はブースケの方に向かってトボトボと歩き出した。

 途中にあった箪笥の中は空っぽだし、端に積み上げられた古い布の山は、さわるのも躊躇するほどの異臭を放っていた。
「きっと、邪魔な物をここに集めて、そのままになってるんだろうな」
「なんかさぁ、物の墓場みたいじゃねぇ?」
文句ばかりが交わされているところで悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ? ブースケが何か見つけたのか?」
「大袈裟だからなぁ。でもあの声じゃ宝ではなさそうだな」
きょう何度目かの人騒がせの予感を感じつつも、走って声の方向へ向かった。
「どうした。なんか見つけたか?」
駆け寄っていくと、顔面蒼白なブースケが床を指さしている。
「なんやそれ?」
小さな黒い塊が見えたが、ここからでは何だか分からなかった。
ゆっくり近寄っていき、ライトを向けると、その物体はミイラ化した猫の死骸だった。
「うわっ、気持ちわりっ。干からびてんじゃん」
ウメッチは手にしていた棒で突こうとしたが、それをブースケが止め、「ねぇ、気味悪いからもう戻ろうよ」と半べそで退却を願い出た。
「なんだよ、だらしねぇな」
「ったくよぉ」
 みんなの不満が爆発寸前であった。
ここで揉めても仕方ないので、「このまんま回って出口まで行くぞ」と言って晃二はそそくさと歩き出した。

 みな、それでも最後の望みを賭けてライトを忙しなく動かすが一向に進展はない。
しまいには、辺り構わず蹴飛ばしながら歩いていた。
「手ぶらじゃ帰りたかぁねぇけど、これじゃあな」
意気込んで探検しに来た結果がこれである。納得いかないが仕方ない。
出口まで来ると、みんな冴えない表情で部屋を振り返った。
すると、どこからか以前と同じ低い振動音が聴こえてきた。なんだか部屋に仕掛けられた時限装置が回り出したような、その不気味な音で急にまた闇に押しつぶされそうな感覚が襲ってきそうになる。
そんな不安を隠すために晃二は早く戻ることを提案した。
みんなが最初の畏れを思い出さないうちに。

「収穫はアウトボール一個だけだけれど、でも、そろそろ引き上げるか」
明るく声にした。
「ほんと、ほんと。仕方ないけど、面白い体験だったしね」
「また来るか分かんないけど、そのうちライトなしの肝試しでもやるか」
「いやいや、俺は御免だね。こんなところに一人でなんて」
そんな、たわいもない会話をしていた時、不意に破れたシャッターからの光量がスーッと減った。
恐らく陽が翳っただけだろうが、いまの台詞に反応したようなタイミングだった。
一同黙って、いぶかしげに互いの顔を見合った。
迷い込んだ森で偶然見つけたお菓子の家。それが気がつくとすべては幻想で、逆に自分たちを飲み込もうとしている罠であった。
ふと、そんな童話のストーリーのような情景が頭に浮かび、晃二は肌寒いモノを感じた。

— 早くここから出た方が良さそうだ —
急に得体の知れない何かに見つめられているような気がして、鼓動が早くなってくる。
若干空気の質が変わったように感じたのは自分だけでなさそうだった。
みんな後ずさりするようにゆっくりとスロープに向かう。
こういうとき慌てるとパニックになるので、あえて冷静さを装おった。
ウメッチが傾いたリヤカーの柄を掴んで引っぱるが、さっきの激突で壊れたらしく動かなかった。
ライトを当てて見たら、右の車輪が曲がって台座にくっついていた。
「あかんな、これじゃ直らんわ」
車輪の下を覗いていた荒ケンが首を振る。
どーする? これ。とは言ったものの、動かない以上その場に置いて行くしかない。
顔を見合わせたみんなの表情は、はしゃぎ過ぎをこの場になって後悔しているようだった。
そのときである。
誰かがリヤカーを無理に引っ張りでもしたのか、ギギーッと錆びた鉄の扉を開けるような低い音が闇に響き、足下を生温い風が抜けていった。

「うわぁーー」
誰が最初に発したのか分からないが、その恐れおののいた声でひた隠しにしていたみんなの恐怖が一気にピークに達した。
「うおぉーっ」
いきなりみんな叫び声を出して我先にと走り出した。
スロープの先に見える四角い2階の明かりに向かって。
見えない何かに怯え、その何かを振り払うかのように。
後れを取ったら闇の津波に飲み込まれる。
そんな気がして晃二も後を追って駆け上っていった。

「気をつけないと—」
おぼつかない足取りで晃二がそう叫んだ瞬間。
バランスを崩し、フッと平衡感覚がなくなった。
直後、肩に鈍い痛みを感じた。
「いってぇ」一瞬何が起こったのか解らなかった。
だが、ひんやりと堅い地面に触れ、どうやら轍にはまって転んだらしいと解った。
「晃二! 大丈夫か」
ライトが当たり、荒ケンの声がした。
「あ、あぁ。大丈夫。ちょっと転んだだけだよ」
「怪我せんかったか?」
そう言われ、思わず肩に手をやったが、特に怪我はなさそうだった。だが、立ち上がろうとしたところで足首に痛みが走った。
「平気だけど、ちょっとばかり捻ったみたいだ」
足首をさすってみたが、腫れたり血が出たりはしてないようである。
荒ケンは黙って晃二を引き起こし、肩を組んでゆっくりと歩き出した。

 2階までたどり着くと、三人はその場に倒れ込んで大の字になっていた。
「最初に叫んだの誰だよ。鳥肌たったぜ」
「まじビビったけど、スリルあったな」
そんな会話をしていたが、晃二が足を引きずっている姿を見るなり驚きの声を上げた。
「なに! どうしたのさ晃二」
「どうしたもこうしたもねぇ。誰や、最初に叫んだ奴は」
荒ケンの強い口調に三人は身を縮こませた。
そして顔を見合わせ、曖昧に首を横に振る。
「誰やって言うとんや」
低く呻るような声に、首をすくめていたウメッチがぼそっと呟いた。
「ごめん。俺だよ」
「…お前よ、さっき慎重に行こうって言うたやろ。なのになんや、ビビって逃げやがって。他の奴はどうなっても構わねぇのかよ」
ウメッチは唇を噛んだまま俯いている。
「それにお前ら、晃二が転んだのに助けもしねぇで見捨てやがって」
「…だって、そんなの知らなかったよ」
「だってじゃねぇ、仲間だろうが。こういう時こそ他のヤツの様子を気にせんといかんやろ。自分だけ逃げられりゃそれでええんか」
こんなにも荒げて怒っている荒ケンを見たのは初めてだった。
三人とも口を閉ざして項垂れている。

 手の甲で汗を拭った晃二は、一呼吸置いて荒ケンの肩に手を置いた。
「まぁ、そんなに怒るなよ。俺がドジったからいけないんだ。怪我だって大したことなかったし、それにウメッチだって悪気があってやったんじゃないんだからさ」
「そやけど、何かがあってからじゃ駄目やろ」
「そうだけど、これから気をつければいいじゃん」
荒ケンの苛立った態度はどこか変だった。
「そやけどな、晃二…」
「まぁいいよ。それよっか明るい方に行ってひと休みしようぜ」
「それと、せっかくだから次の計画の、基地建設のプランでも話そうよ」
晃二が肩を叩くと、やっと強ばっていた表情が少し緩んだ。
「ごめんな晃二。荒ケンの言う通りだ。自分のことしか考えてなかったよ」
「仲間って、トラブった時にこそ協力しないと行けないんだよね」
顔を伏せていた各々は、反省の弁を口にしながらゆっくりと立ち上がった。
「大したことないって。さっ、みんな行こうぜ」
服の汚れを払い、皆ゆっくりと歩き出す。

「チッ。期待して損したな」
モレはぶつくさ文句を言いながら、闇に向かって小石を投げた。
だが音はしなかった。
「いいよ、早く行こうぜ」
静寂を取り戻した闇がまた襲ってくるような気がして、そそくさと五人はその場から離れた。
─まぁ、成功ではなかったが、失敗とも言えないのでは─
晃二は思った。成果がなくともチャレンジできたことは評価に値するだろうと。
結局、あの空間とは縁がなかったが、日常味わえない特別な風景と時間が持てたことは別の意味で価値があったとして考えられなくもないし、それに唯一の戦利品、アウトボールが手に入ったではないかと。
また、あれだけ畏れて敬遠していた場所であったのだ。
回避するのではなく、努力や団結を持ってすれば克服はできるのだと、分かったような気がする。考えようによっては、であるが。
得難い体験だったし、何か惹きつける力がある空間だった。
だが、一人で行けと言わたら…。きっと無理だろう。


 その翌々日。朝方、ラジオ体操のあとに大粒の雨が降った。
辺り一面に充満している草木の匂いを洗い流すように雨はあっという間に広がり、小一時間ほどで止んだ。
まるで蛇口でも捻ったかのようにピタッと止まったあと、見る見るうちに天候は回復していった。
そしてあとに取り残された雨水は、道端では側溝に流れ込み、トタン屋根では水蒸気となって空に戻り、その形跡を消しつつあった。
湿度の高い、もやっとした景色とその有り様を窓からじっと眺めていた晃二は、循環を繰り返す自然の仕組みを垣間見た気がした。
気まぐれな雨の残り香に紛れて朝飯の匂いが漂ってくる。

— どうやら今日の計画は予定通り行えそうだな —
晃二は母の呼ぶ声が聞こえる前に台所へ向かった。
今日は、以前から構想していた第三基地づくりに終日を費やす予定であった。
これが、夏休みに決行しようと予定していた二つ目の計画である。
本来は、暑さが和ぐ八月後半がいいのではと考えていたが、先日の消化不良な結果に対して気分転換を図る意味もあり、急遽繰り上げたのである。
やはり、美味しいものは後に取って置くのではなく、新鮮なうちに食べた方がいいのだろう。
晃二も異論はなく、さっさと昨日から準備に取り掛かっていたのだ。

 朝食をそそくさと終え、部屋で道具を用意していたところで窓の外から荒ケンの声がした。
「なんだ、早ぇじゃん。いま準備してっから、もうちょっと待ってて」
そう言って窓を開けると、いきなり目の前にノコギリが現れ、晃二は仰け反った。
「うぉっ。なにすんだよ」
「へへっ。親父の仕事道具や。すげぇやろ」
「また黙って持ってきたんだろ。知らねぇぞ、張っ倒されても」
「平気や、今週はずっと横須賀の現場で、帰りが遅いから」
荒ケンは自慢げに大きな両刃ノコを振った。プルプルンと剽軽な音がする。
今日の予定は本格的な大工作業だったので、晃二もトンカチやカンナをリュックに詰めている最中だった。
「雨も止んで、天気は大丈夫そうだし、今日中にカタつけようぜ」
「おぉ。昨日のうちに材木は全部運んだし、なんとかなるやろ」

 今年の基地は他のとは違い、木材を使って部屋のような仕上がりにするつもりだった。
毎年の夏休みに、晃二たちはその年を過ごす隠れ家となる基地を人気のないところに造っていた。
ただ、基地と言っても、遊び道具などを持ち込んで暇つぶししているだけの場所で、大したものではなかった。
晃二以外は両親が共働きだったので、放課後の居場所として作ったにすぎず、自主運営の学童保育と言ったところか。
今回候補に挙がったのは、米軍住宅の飛地にあるウメッチの家の裏にある林の中であった。
ただでさえだだっ広い米軍地である。
日本人はもちろん、アメリカ人もめったに来ないところが、隠れ家建設にはうってつけであった。
この基地づくりは、元はと言えば、二年前。その当時仲間だった学が率先して始めたことだった。

 学は四年生の途中からやってきた転校生で、ちょっと変わった奴だった。
父親が船舶関係の仕事をしているらしく、いいとこのお坊ちゃんという格好が多かった。
いつも黄色い縁の眼鏡に半袖の白い綿シャツという出で立ちで、これに蝶ネクタイでもつければ漫画によく出てくる秀才君のようだ、というのが晃二の第一印象であった。
見た目ほど勉強はできなかったが、動物や昆虫のことをよく知っていた。
クラスでも珍しい一人っ子で、そのせいか我が儘で負けず嫌いだった。
好き嫌いが多く、給食の時には晃二もよく残飯処理を手伝ったものである。
垢抜けていて気前のいいところなど周りにいないタイプだったので、クラスの連中には新鮮な感じで受け入れられた。
ウマがあったのか何なのか、出会った瞬間から意気投合し、晃二たちグループの一員となったのである。
家は商店街地区だったが鍵っ子なので、放課後は家に帰らずそのままウメッチの家がある外人ハウス(米軍住宅地域)で晩御飯の時間まで遊んでいた。

 二年前にできた第一号の基地は、その外人ハウス近くの森の中でGIジョーごっこをしているときに、学が偶然見つけた防空壕を改良したものであった。
手付かずの自然が多く残り、小さな森や丘が点在する外人ハウス周辺には、戦後三十年近く経つのにまだ小さな防空壕がいくつか残っていたのである。
その中の一つ、学の見つけた防空壕は、長い間人が侵入した形跡がなく、当時のまま残っているように見受けられた。
入口が小さい上、草で覆われていたためおそらく今まで誰も気付かなかったのだろう。
キャッチボールをしていた際、暴投したボールを探しているときに偶然見つけたもので、崖下の草をかき分けて覗くと、子供の背丈にも満たない高さの入口から三メートルほど奥が左右に分かれていた。
そのときは日暮れ間近だったし、防空壕の中にはガスが溜まっていて危険なこともあるので、すぐには入るなと言われていたこともあり、翌日に準備万端な格好で探検することにしたのだった。
そして明くる日の午後、準備を整えた四人は洞窟探検に挑んだのである。

〈#4へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/nb34ce6911463


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