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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第1話 「フェンスを越えて」 #3

「えっ、どこだよ」
モレが眉間に皺を寄せて立ち上がった。つられて他の連中も中腰になる。
「どこどこどこ」
みな望遠鏡を覗くみたいに両手で目の周りを覆った。
なんだか敵機来襲でもあったかのようにいきり立つ。

「なるへそ、その手があるな」
荒ケンの細い目は建物左横の丘の上に釘付けになっていた。
「なるへそって何がよ。ちゃんと説明してくんなきゃ」
他の三人の目は、もったいぶらずに早く教えろと、せがんでいる。
荒ケンは自信を覗かせた表情で指差しながら言った。
「2階から侵入や。なっ」
小さく頷き、晃二はその後を引き継いだ。
「こっちも正面も駄目なら横からだ。あの丘の上まで登って窓から入るんだよ」

「あっ、そっかぁ。あそこからなら頑張れば窓によじ登れるわな」
やっと合点のいったブースケは、見開いた目で「さすがは名参謀」と手を叩いた。
「問題はいろいろありそうだけれど、なんとかなるかもな」
「あそこまでたどり着ければ、あとは壁を登るだけやもんな。お宝までの最短距離や」
「ほな、さっそく作戦練りまっか」
ウメッチが関西弁でおどけると、「そやな」と荒ケンは細い目をさらに細くした。

 何か面白いことが始まりそうな予感がして身体の奥がくすぐられる。
みな同様らしく、小便を我慢でもしているように小刻みに身体を揺すっていた。
予定を変更して練習を切り上げ、さっそく潜入計画を練ることにする。
すぐさま砂場に車座になって腰を落とし、作戦会議を始める。

「あそこからが一番可能性あると思うけど、問題はどうやって丘の上まで行くかだよ」
「あの崖を登るしかないやろうな。ちっと大変そうやけど」
「登るったって急すぎねぇか? それに3メートルはあるぞ」
「スコップで足場を掘れば大丈夫だよ。まっ、ブースケ以外はね」
「うるさいなぁ。ちびのモレに言われたくないよ。そんなのよりもっと…」
「ストップ。一旦やめ!」
発言が飛び交い出し、このままではまとまりがつかなくなると思い晃二は叫んだ。進行役の権限で今後発言の際は挙手してもらうことにする。
「じゃあ、もう一度原点に戻って考えようぜ」
「でも晃二よ、それよっか崖の下までどうやって行くかの方が先決やないか?」
「んん…。そうなんだよなぁ…」
晃二は溜息をついて考え込んでしまった。

 目的地点から逆算して策を練っているため、身近な難関が後回しになっていた。
問題となっている建物側面の丘は、荒れた草木に覆われた野原になっていて、その手前は崖になっている。
そして崖下は、ビールケースや廃品が積み上げられた酒屋の裏庭になり、そこと広場の境は2メートル程のフェンスで仕切られていた。
つまり、まず上部にバラ線が付いた金網を乗り越えて庭に侵入し、次に切り立った崖をよじ登り、さらには荒れた草むらをかき分けてやっと窓下に辿り着く、という豪華三点盛りの難関であった。

「コンバットのサンダース軍曹だったらどんな戦法使うかなぁ」
モレは呑気にそう言って寝っ転がった。
「んーっ、どうしたもんだかなぁ」
晃二は唸りながら顔を上げた。
すると澄み渡った空に一筋の白いラインが目に入った。
キャンプ座間に向かうのだろう、米軍機が定規で引いたような雲を描きながら遠ざかっていく。
「最初の難関のフェンスからして無理っぽいよなぁ…」
ぼやきながら小さな機影を目で追いかけた。
「やっぱそうだよな。乗り越えられそうもないし。どしたらよかんべ」
「そんだったら、酒屋の倉庫の中を突破すりゃいいじゃん」
「モレよぉ。お前ほんと突破が好きだなぁ。でも、あの陰険カミナリじじいのとこ突破するなんてできっこないじゃん」
「見つかったらただじゃ済まねぇぞ」
言ったばかりなのに挙手なんて誰もしない。
三歩歩けば忘れる鶏並みの連中である。

「家まで怒鳴り込んでくるかもよ。なっ、晃二」
「ん? えっ、なになに」
機影が青空に吸い込まれたのを見届け、再び話に加わった。
なんだか頭の中がすっきりして、冷静に判断できるようになった気がする。今の内容をもう一度聞き、可能性を考えた。
「でも、案外いんじゃないかな、上手く作戦さえ立てれば」
「作戦ったって、中には従業員がいるんだぜ」
「要は見つからなければいいんだろ。だったら、おびき出すとか、他に注意を向けるとかすればなんとかなるかもよ。それに中だって複雑じゃないし、これだけビールケースが積まれていりゃ、隠れ場所だってたくさんあると思うな」
「三河屋のおっちゃんだったらオレ知り合いだから、なんとかおびき出せるかもよ」
ブースケがみんなの顔色を窺いがら小声で言った。
そこで考えたプランはこうである。

まず、ブースケが三河屋のおやじをおびき寄せ、その間に三人が潜入する。そしてシャッターの外に待機した見張り役のモレの指示に従って、酒のケースの間を隠れながら裏口まで辿りつくというものだった。
「おめぇ、いっつも楽な役目でいいよな」
「モレだってオレとあんま変わんないじゃん」
「またかよお前ら。あのな、簡単かもしれないけど、二人とも失敗は許されない重要な任務なんだぞ。わかってんのかよ」
モレとブースケの口喧嘩が始まりそうなので、晃二はそそくさと話を先に進めた。
次の難関である崖登りの具体案を考えるためにレフト側のフェンスに移動する。

「やっぱ高いなー。それに3本もバラ線があるじゃん」
上部の忍び返しがこちら側に傾いているので、やはり乗り越えるは無理そうである。
裏庭もごみ溜めのようになっていて、歩き辛そうだ。
晃二は周りの状況を確認しながら金網から崖を眺めた。
「ここから見る限りは、足場さえ掘れば登れそうなんだけどなぁ」
「でもさ、背の届かない上の方はどうすんだよ? さすがに3メートルとなるとちょっと無理だろ。せいぜい半分がいいとこだよ。」
「じゃあ肩車してもらって掘りゃいいじゃん」
「おぉ、そりゃええな。…でも誰がするんや」
そこで考えたのは、背の高いウメッチに土台になってもらい、肩に乗りながら上の方の足場を掘るという案だった。

「なんだよ、発案者の俺を踏み台にして行くってのかよ、そりゃねぇぜ」
ウメッチは唾を飛ばして文句を言ったが、聞いていない振りをする。こういうときはみんな冷たいものである。
「ほんまはな、俺がやってもいいと思っとるけど、お前ほど背が高くないんで残念だよ」
荒ケンは申し訳なさそうに言うが、鼻がピクピクしていた。
「じゃあ、最後の難関の窓も同じように肩に乗っかってロープを結びつけよう」
「同じって、どっちが下になるんや。ちなみに俺の方が背は低いで」
勝負あり、か。わざとらしく荒ケンは背伸びした。
「ちぇっ。いいけどそのあとでちゃんと俺を引っ張り上げてくれよな」
「当たり前やろ。中でなんかあったら、晃二を囮にして逃げんやから」
荒ケンは真顔で言ったあと、ニヤッと含み笑いした。 
結局潜入するのは、なんだかんだ言っていつもの二人に決定した。
もう一回計画のおさらいをしてから、みんな昼御飯を食べに一度家に戻った。

Photo:Jordy Meow

 午後1時。予定通り花壇の柵に集合する。
みんな上気した顔つきで、手には色々な物を握りしめていた。
「ペンチとスコップはあったけど、ライトは見当たらなかったよ」
晃二がリュックサックから取り出すと、荒ケンは「大丈夫や」と言って、大きめの懐中電灯と工事用の黄色と黒のロープをズタ袋から引っ張り出した。
「これ見てくれよ。この軍のナップザックなら50個ぐらい入るぜ」
ウメッチは園芸用の鎌を持ったまま、目の前で大きな迷彩色の布地を広げた。
「そんなにたくさんのボール、あるのかなぁ」
「あるかもしれないだろ。お前は夢が小せぇなぁ」
「大きいことはいいことだ〜 それっ」
ウメッチは、山本直純ばりにタクトを振るまねをしながら森永のコマーシャルソングを歌い出した。

 先ほどの作戦会議では、必要品以外にも役立ちそうな物が思い浮かんだら持ってこよう、という話だったが、残る二人の手にしていた物が理解できなかった。
「なぁ、モレ。そのスパナは何なんだよ?」
「へっへ、これはね、三河屋の前で見張るとき、チャリンコを直してるように見せかけるための小道具だよ」
「なるほどね〜」
ウメッチは一応感心するものの「もっと実用的な物なかったのかよ」と小さく嘆いた。
はなっからあてにしていなかったので問題ない。ヌンチャクよりはまだましだろう。
「まぁ、モレにしては上出来なんじゃない」
そうからかうブースケに、モレは声を裏返らせてつっかかった。
「うるせんだよ。じゃあ、お前の茄子は何だよ」
「えー。あのさぁ、うちのかーちゃんが持ってけって言うから持ってきたんだよ」
「なんで茄子なんか必要なんだよ」
「違うよ、三河屋のおっちゃんにって持たされたんだよ」
どうやら昼飯のときに母親と三河屋のおやじの話をしたところ、いただいた茄子をおすそ分けに持っていくことになったらしい。
「どう。おびき寄せるときの口実になるだろ」
いつもは足を引っ張ってばかりだったが、これで汚名返上できると思ったのだろう、これ見よがしに胸を張った。
「まぁいいけど、渡す前にお前食うなよ」
モレは常にひと言嫌みを言わずにはいられないのだ。
「まぁまぁ二人とも。準備も整ってきたことだし、最後の打ち合わせをするか」
晃二を囲むように五人は丸くなってその場に座った。

コンクリートはさらに熱をため込み、尻がジワジワと熱くなってくる。
そのせいか、興奮しているせいか、はたまたその両方か、身体の内側を擽られているようなこそばゆい感覚に包まれてくる。
実行に移す前に念を入れてもう一度計画をおさらいするには理由があった。
小学校の規則で米軍地に入ることが禁じられていたり、それが法に触れていたりすることもさることながら、キャンプ内でMPに捕まれば即座に米軍施設内の牢屋に入れられ、1ヶ月間施設の便所掃除させられる、という噂を疑わしくもみんな信じていたからだった。
さらには、町内でも一番口うるさい三河屋のおやじに見つかれば家に苦情が行き、親にこっぴどく叱られるにきまっているので、慎重に事を運ばなければいけないのである。
五人は意を決すると、各自の持ち場に散らばっていった。


「三河屋のおじさーん」
こちらをひと目見てから、ブースケは倉庫の奥に声をかけた。
……… 。
茄子の入ったビニール袋を揺さぶりながらしばらく待つが反応がない。
不安そうな面持ちでこちらを見るので、晃二は口に両手を当て、もっと大きな声でというジェスチャーをして再度試みるよう促す。
もう一度、今度は大きく息を吸い込んだとき。
「なんだツトムちゃんか」
ダミ声が聞こえたあと、おやじはだぼだぼのズボンをずり上げながら奥からゆっくり出て来た。

「こんちわ。あのー、暑いですね」
「そうだな。このまんま暑い日が続けばビールが飛ぶように売れるんだけれどな」
「へー、そういうもんなんだ。じゃあもっと暑い日が続くといいね。そしたら来月から夏休みになったりして」
「ははは。まだ四月じゃないか。で、学校の方はどうだ、今度六年生だろ、ちゃんと勉強してるか?」
「うん。来年は中学だもん」
小さく聞こえる会話に耳を傾ける三人は、余計なことを言わないか、気もそぞろだった。
「真面目一筋で、妙な悪巧みなんてこれぽっちも考えてないよ」
案の定、ボロが出そうになり、遠目で成り行きを見守っている三人はじれったくなってきていた。 
「あのバカ、何くっちゃべってやがんだ」
ウメッチは貧乏揺すりをはじめ、荒ケンは黙ったまま爪を噛みだした。
「世間話は後の時間稼ぎのときにしろよ。あいつ合図を忘れたわけじゃねぇだろうな」
さすがに晃二も少し心配になってきていた。
しばらく話が交わされたあと、ブースケは立ち位置を少しずらし、おやじの顔の向きを変えた。きっかけのアクションである。

「えーと、うちのかーちゃんがこれ持ってけってさ」
ブースケはビニール袋を持ち上げ、ほんの一瞬三人を見た。
「よし行くぞ!」
それが合図だった。三人は足音を立てないようにおやじの死角を走り抜け、まずは倉庫の入口横の扉に身体を潜めた。ここからは時間との勝負である。
ブースケがおすそ分けの理由を話しておやじの気を引いている間に、倉庫の裏まで抜け出なければならなかった。
しかし、倉庫の中では数人の従業員がビールケースを運んでいて、そのまま走ればすぐに見つかってしまう。
そこで今度はモレの出番だ。

倉庫左横に開いているシャッターの前で、いかにも調子の悪い自転車を直している少年を演じながら、モレは三人が走り抜けるコースと従業員の動きとをじっと観察していた。
「ちゃんと、こん中を見渡せる位置に陣取るなんて、なかなかやるじゃん」
「自分で諜報部員だなんて言ってるだけあって、こういうことをやらせると役にはまるよな」
そんな滅多にない誉め言葉も知らずに、健気なサイクル野郎はチェーンをいじりながら視線だけをキョロキョロ動かしている。

 ちょうど従業員がビールケースを積み上げているときを見計らって、モレは右手のスパナを高く上げた。
「よっしゃあ。行くぜ」
合図を見た三人は腰を屈め、倉庫中央のリフトの陰まで爪先に重心をかけて走った。
ビールケースと酒瓶のケースが壁のように並ぶ隙間を、まるで犯人を追いつめた刑事のように。

〈#4へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/n15d49c55090e


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