PEACH
今から12年前の8月、私は大型バスに揺られていた。
バドミントン部の夏合宿に参加するためである。
中学2年生の私は、冷や汗を流していた。
それが地獄の始まりである事を知っていたからだ。
私は運動が苦手だった。
体力はないし、足は遅いし、ドッヂボールではなぜか尻にばかりボールが当たった。
中1の頃、仲良くなった友達がバドミントン部に入ると言わなければ、運動部なんて選ばなかっただろう。
我がバドミントン部は大して強くもないのに、やたらと厳しい部活だった。だから私と一緒に入った同級生も卒業するまでに4,5人は辞めていたと思う。
私も早めに辞めたかったのだが、顧問の先生が鬼のように恐ろしかったり、ほかの部員の目が気になってしまったりして、結局最後まで残る事となった。
合宿は普段にも増して、キツくて苦しいメニューばかりが組み込まれていた。
『行きたくない。つらい。やめたい。』
マイナスな言葉が私の頭をうず巻いた。
バス内で友達たちは嬉しそうに恋バナを繰り広げている。
私は窓の外を見つめて、合宿所が燃えてたらいいなぁとだけ願っていた。
そんな願いも虚しく、バスは無情にも長野県にある合宿所へ到着した。
私がこの合宿で一番イヤだったのは、毎朝のランニングである。
暑い夏の朝、合宿所の近くの湖を2周も走らされるのは、なんらかの刑かと思うほど苦痛だった。
憎たらしい事に、この湖がまぁまぁ大きかったため、ガリガリの友達でさえも、一周でクタクタになっていた。
じゃあデブデブの私はどうなるかって?
太ももの内側がグチャグチャになるんだよ!!!
デブ以外には耳なじみの無い言葉だと思うが、いわゆる『股ずれ』というヤツである。
摩擦によるヤケドを経験した事がある人には分かりやすいかと思うが、あれが太ももの内側に広範囲に広がっている感じだ。
普通、そんな股ずれが出来たら歩くのも困難になるのだが、私はそこから普通の練習メニューもこなさなくてはならなかった。
しかし、それもこれも私が太っているせいだ。
クラスメイトのミカと、毎日シャカシャカチキンを食べていたせいなのである。
すべて自業自得…。
シクシク…。
しかし、私にも学習能力はある。
中1の合宿でひどい股ずれを起こした私は、この年、股ずれ防止インナーを2枚重ね履きする事に決めていた。
合宿1日目。
朝日にきらめく湖。顧問の先生の首からぶら下がったストップウォッチ。小さな鳥たち。
全てが私を睨みつけているような気がした。
だが、今年の私は一足違う。
もう湖なんかに負けない!!
『私は無敵だ!!!!』
厚手の股ずれ防止インナーを履き、私は走り始めた。やや下腹部がゴワゴワするが、それも逆に安心感を感じられて心地いい。
今年は大丈夫だ!!!
大丈夫じゃなかった。
私の太ももが太過ぎて、股ずれインナーを巻き込んで股ずれを起こしたのである。こんなの誰が想像できるだろうか?
しかも、これが昨年にも増して痛かった。
スマッシュ打っても痛くて、ただ立っているだけでも痛くて、座っていても痛い。
尋常じゃない股の痛みに、恐怖心が止まらなかった。
その日の夜、私は意を決して自分の股ぐらを覗いて見ることにした。
もちろん他の部員に隠れて、トイレの個室で行った。
桃だった。
本来白いはずの太ももの内側は、赤みの強いピンク色が広がっていて、触るとグズグズとした感触をしていた。
ちょうど、完熟の桃の実のように。
私は友達にこの事を言わなかった。
理由は『デブなのがバレるから』だ。
当時の私はどういう訳か、自分が太っている事は周りにバレていないと信じていたのである。
体重は重いけど、見た目には現れていないと思っていたのだ。
だから、普段と同じ表情でアップをしたし、試合もしたし、笑いながらカレーライスを食べた。
合宿というのは最終日に近づくにつれて、どんどん修学旅行のような雰囲気になってくるものだ。
部員の男友達に電話をかけてもらって、私がオモシロ対応をするというコーナーは、今でも大切なの思い出として心に残っている。(ここで味をしめた私は高校の部活でもこのコーナーを開催した。)
ただ時折、笑顔の部員たちを見て「あぁ、この人たち、私の太ももが桃になってる事知らないんだよなぁ…。」と思った。
合宿も最終日になった。
完熟だった私の桃は徐々に茶色くなり、割れた鏡のようにヒビが入っていた。触れるとベリベリ皮が剥がれてしまうので、股ずれ防止インナーは変わらず履く事にした。
化膿していた時はお風呂に入る事さえ苦痛だったので、茶色い太ももに対して、穏やかな気持ちを抱いた事を覚えている。
帰りのバスで、私は力尽きたように眠った。
ようやく全ての苦痛から解放される…。
そう思った矢先、友達が歌い出した。
「♪太陽サンサン盛り上がる今年は〜歌いたい」
この当時流行っていたドラマの主題歌。
そう。
大塚愛の“PEACH”だった。
あの歌声と共に、この出来事は深く胸に刻まれる事となった。
この前Twitterで『就活の面接で、長く続けたバレエを辞めた理由を聞かれて辛かった。長く続けた事を辞めてるなんて、悲しい理由があるからに決まってるでしょ。』と書いている人を見かけた。
それで、何気ない質問が結果的に相手を傷つけてしまうことってあるよなぁと思った。
私は、体の健康状態のこと、家族のこと、エグめの下ネタに関しては、仲良くなるまでこちら側なら振らないようにしている。
でも、スポーツや習い事に関してはわりと無神経に「なんで辞めたの?」と言ってしまっていた。
反省する気持ちとともに、なぜかこの『PEACH事件』を思い出して、noteを書いてみたという訳である。
何がどういう風に作用するかって、誰にも分からないよねー!
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