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『Olivier』  〜1993年 フランス人の男〜 vol.6

フランスの、Olivierの故郷にも行った。
正確にいえば、その近くまで行った。

Olivierは、フランスの東部、アルザス地方の小さな村で生まれ育った。
アルザス地方はドイツ国境に近く、何世紀にも渡ってドイツとフランスにかわるがわる統治されたという歴史のある地域だった。
Olivierも国籍はフランス人であったけど、血はドイツ系だった。

その村に数年ぶりに帰郷する時、Olivierは僕を連れていって両親に紹介したい、といった。

ちょっと面倒くさ、と思った。

ヨーロッパの田舎は、日本の田舎と同じくらいか、それ以上に保守的な人が多く、同性愛を理解しない人も多いと聞いていた。

Olivierは両親にカミングアウトをしていたけれど「それはそれとして、で、あなた、結婚はいつするの?」と尋ねてくるようなチグハグさだと、いつかOlivierが話していた。

「Is it really OK?(本当に大丈夫?)」
「Off course!(もちろん)」

オフコースなわけないけどな、と思った。

ロンドンからアルザス地方の玄関口『ストラスブルグ』という街へ飛んだ。
ストラスブルグは豊かな自然の中にフランスとドイツの建築様式が入り混じる美しい街だった。


Olivierの生まれ育った村は、ここから車で1時間ほどのところにあると言う。

ストラスブルグの運河沿いの素敵なレストランでランチを食べている最中、Olivierが実家に電話をしに行った。
戻ってきたOlivierはとても困った顔をしていた。

「My parents changed their mind. They don't want me to take you home(両親に気が変わって、やっぱり君を連れてきて欲しくないと言うんだ)」

Olivierは、恋人を連れて行くと両親に伝えてはあったけど、それが日本人であるとまでは伝えていなかった。
その事実を知った両親が拒否反応を示したという。

こんな田舎の小さな村では、東洋人は目立つから。
しかも、それが息子の恋人だなんて、村の人たちに知られたくないから。

Olivierは怒っていた。
同性愛者への差別であり、人種差別でもあると怒っていた。

だけど、僕は平気だった。

Olivierの両親が、自分たちの家に誰を入れるかは彼らが決めればいい。
家の外で、僕のことを罵ったり、叩いたりしたら困るけど、家に来てくれるなと言うならば、行かないまでの話だもの。

それに、最初は息子の恋人(男)を迎え入れようと決めたけど、それが東洋人だと知って尻込みをしてしまった両親の素直さや真面目さが、僕は、嫌いではなかった。
本当は嫌いなのに、好きなふりをされるより、全然いい。
本当は面倒くさいのに、面倒くさくないふりをしていた僕よりも、Olivierの両親の方がよほど良い人たちだ、と思う。

「Don't worry. I stay here and you go on your own. I'm really fine with it.(わかった。僕はここに泊まるから、一人で行ってきなよ。僕はそれで大丈夫だから)」

僕はOlivierを慰めて実家へ送りだした。

不意に一人旅をすることになったストラスブルグは美しい街だったけど、退屈な街でもあった。
小さな大聖堂と、さほど高くもない街のシンボルタワーを観たら、他に観光をする場所もなく、夜になれば街も静かで早寝をせざるを得なかった。

こんな街に生まれ育ったら保守的にもなるだろう。
Olivierはゲイで、ライスクイーン(東洋人好き)なだけでなく、SM愛好家であることも知ったら、両親なんてショック死してしまうかもしれない。

僕の居場所はロンドンや東京にあった。
その場所で、恋人が僕を故郷へ連れて帰りたいと思ってくれただけで、僕の幸せはコンプリートされていた(面倒くさかったけど)。

だから、実際に、そこまでたどり着いたかどうかなんて、そんなことは、全然、大したことじゃなかった。


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