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平和の砦としてのノーマライゼーション

 ノーマライゼーションとは、障害者や高齢者など社会的に不利を受けやすい人々(弱者)も、社会の中で他の人々と同じように生活し活動することが社会の本来あるべき姿であるという、福祉に携わる者なら誰もが知る考え方だ。この「ノーマライゼーション」という概念を最初に提唱し、世に広めたのが「ノーマライゼーションの父」と称されるデンマークのバンクミケルセンという人物だ。
 
 バンクミケルセンは、デンマークがナチスドイツによって占領されたとき、レジスタンス活動をしていた。そのためナチスドイツに捕らえられ、強制収容所へ入れられた。収容所では、ユダヤ人の虐殺もさることながら、知的障害者や労働能力に劣る者への酷い仕打ち、優性保護の思想に基づく断種が横行…優れた人種・人間だけが生き残ることを許されるという露骨な犯罪が展開された。戦後、職を探していたとき、社会省(厚生省)の知人の紹介により、精神薄弱福祉課に勤務し、施設行政を担当した。いくつもの施設を訪ねてみて、当時のデンマークの知的障害児者の処遇の実態に、深く心を痛めたという。都市から離れた所に造られ、閉鎖型の形態で、隔離的または保護主義の色彩のつよい処遇…。1500床以上にもなる巨大施設もあり、どの施設も知的障害児者を極端なほど大勢(大人から子供まで一緒に)詰め込まれており、バンクミケルセンにかつてのナチスの強制収容所を想起させた。

 知的障害者とその家族への国家社会の対応に疑問を感じた親たちが「知的障害者の親の会」を発足。「入所者数を30人までの小規模の施設にし、そのような施設を両親や親戚が生活している地域に作ること、自分たちの子どもに他の子どもたちと同じように教育を受ける機会を持たせたい」などの願いが明確に打ち出された。バンクミケルセンは「親の会」の願いに心から共鳴し、「親の会」の要望が国の政策となるように、社会省への要請を文章化した。このとき「ノーマライゼーションという言葉が初めて使われた。「ノーマライゼーション」という言葉が使われた法律は1959年に制定される。バンクミケルセンと「親の会」の不断の努力は、変わらなければならないのは社会であり、ノーマライゼーションは「あたりまえ」の考え方なのだと世に知らしめた。ノーマライゼーションという理念は、世界を変える力となっていったのだった。

 たしか2015年の昭和区の福祉まつりの開会のあいさつのことだと記憶している。「昭和区の福祉まつり」の代表である宮本益治氏(東海学園大学名誉教授)は、「ノーマライゼーション」の本当の意味を次のように語った。
  「人種差別をはじめとしたあらゆる差別と排除の思想は、侵略と戦争へ   
 の地ならしになると同時に、人類の文明と文化を奈落の底へ突き落としま
 した。バンクミケルソンにとどまらず、世界中の心ある人々がこぞって、
 どんな小さな差別や排除も決して許さない決意を新たにしました。そし
 て、そうした戦争への対案として、わかりやすく平和の砦として提案され 
 たのがノーマライゼーションなのです。」


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