「バトル・オブ・ジユー・ガ・オーカ #01」 タピ子 Queen of the Sweets
薄暗い部屋。煤けた壁。埃の積もった床と調度。仄かな光が明滅し、流れ続けるザァという砂嵐のような音。じゃらじゃらと擦れる鎖の音。そして、少女の呻き声──
「んんー、んー、んんー!」
部屋の中央。暗がりの中には少女が一人。猿轡をされ、椅子に縛りつけられ、声にもならぬ声をあげ、そして、もがき続けている。
「んんん……!」
その少女は何かを訴えるかのように激しく身をよじる。その全身には幾重にも鎖が巻きつけられ、露出した二の腕には赤く痛々しい内出血の跡。それでもなお、少女はもがく──激しく。
明かりも窓も存在しないその部屋の中で、少女の顔は微かな光によって照らし出されていた。その光の源は壁一面に埋め込まれたいくつもの箱のような物体。
その箱の表面には砂嵐のような奇妙な模様が流れ続け、ザァーという不快な音を発し続けている。スイーティアで生まれ育ったその少女には知りようもなかった。それは人間たちがモニターと呼ぶ道具──映像を見るための道具なのだということを。
唐突に少女の動きが止まる。そして闇を見つめ、その目が見開かれた。薄明かりの向こうに広がる闇──そこから、こつり、こつり。近づく足音が鳴り響く。
「んんんー!」
より激しく悶え始める少女。足音は徐々に近づいてくる。薄汚れた壁に不気味な影が浮かび、そしてそれは、ぴたりと少女の目の前で止まった。モニターの光源をバックにして少女へと伸びる人影。人影はその手に不気味な得物を持っている。
「んんんんっ!」
まるで少女に見せつけるかのように、人影はくるりくるりとその得物を回してみせた。その得物──
それは、巨大な鉈(なた)であった。
🍮🍮🍮
「妙だ」
タピ子は眉をひそめて呟いた。
「んー。なにがっすか?」
そう能天気に尋ねたのはホットクのホユン。丘の上に立つ二人。その眼下には延々と続く広大な都市。だがそれはただの巨大都市ではない。
イチゴの赤、生クリームの白、チョコレートの茶。色とりどりに装飾された麗しい神殿群。可愛らしい蝋燭のようにうっすらと光を放つ巨大な塔。ドーム状のホールケーキのように丸みを帯びた白亜の大聖堂──それらがところ狭しと建ち並び、地平の彼方まで続いている。
これこそがスイーツ妖精たちの魂の故郷。スイーティア創世の地。聖地ジユー・ガ・オーカ! それは聖地と呼ばれるにふさわしい、まさに圧倒的な偉容!
だが──
タピ子の眼差しは鋭く研ぎ澄まされていく。そしてタピ子の疑念は確信へと変わっていく。
「ここには甘さがない……ただ、死の匂いだけが漂っている……」
ホユンは呆れたように返した。
「えー、姐さん、それって中二表現ってやつですか? ちょっと痛いっすよ!」
タピ子はホユンの軽口を完全に無視しながら、厳しい眼差しでジユー・ガ・オーカを見つめ続けた。そして──こくりとなにかを決断したように首を動かすと、顔を前に向け再び歩み始めた。力強く! ジユー・ガ・オーカへと向けて!
「ちょっとちょっとぉ! 待って! 置いてかないでくださいよぉ、どこまでも着いていきますよ、姐さん!」
慌てて追いかけるホユン。そんな二人を木陰から見守る一人の美少年。ティラミスのティラ夫。
「タピ子ちゃん……気をつけて。僕にはわかるよ……この街の邪悪さが。街全体に張り巡らされた狡猾な罠、そして君を狙う悪魔のような存在。でも僕は守ってみせる……必ず。君のことをね」
🍩🍩🍩
ダンッ!
巨大な鉈が乱暴に、埃にまみれた机へと叩きつけられた。
「んんー! ん・ん・ん!」
もがく少女。少女へと伸びる人影の主が可愛らしく笑う。
「ぴぴぴ。この得物、やっぱり重たいでしね。マカぴにはちょっと無理があるでし」
人影の主──それはひよこのような着ぐるみを着た不思議な少女であった。彼女の名はマカぴ。マカロンのスイーツ妖精、マカぴである!
「んむぐぅー!!」
椅子に縛りつけられた少女が激しく暴れだす。その目は血走り、猿轡からは涎が溢れている!
「ぴぴ。落ち着くでしよ、ナタデココのナタ美さん」
マカぴはそう言いながら、リモコンでモニターを操作し始めた。
「ほぅら。来客がちらほらと来ているでしよ」
モニターに映し出されたのはジユー・ガ・オーカに集いつつあるスイーツ妖精たちであった。
パンケーキのパン斗。セアダスのセア羅。セア羅の背後には、エッグタルトのエグ造とシナモンロールのシナ香が付き従っている。
「ぴぴぴ。団体さんも来ているでしね……おっとおっと、ぴぴ。あれが悪名高き和スイーツ十傑ってやつでしねぇ。怖い怖い。数の暴力!」
生八つ橋のやつ音。そのやつ音を守るようにして、その周囲にはただならぬ雰囲気を漂わせた10人のスイーツ妖精たち!
「それから……ぴぴぴ。嬉しいでし。ちゃんと本命さんも来てるでし!」
その視線の先にはホユン、そしてタピ子! マカぴはモニターを眺めながら笑みを浮かべて独りごちた。
「ぴぴ。よおこそ……よぉぉこそ、皆様!」
その顔に浮かんだ笑み──それはまるで悪魔!
「ようこそ……我が魔窟ジユー・ガ・オーカへようこそ! ぴぴぴ!」
「んんんぬぐぅー!!!」
激しく身悶えするナタ美!
「ぴぴ! もう我慢できないでしよね、早く暴れたいでしよね! でも安心するでし、ナタ美さん。君という野獣を解き放つ時は……もうすぐでし!」
【02に続く】
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