タピ子_Queen_of_the_Sweets_03

「バイラル・ライバル #02」 タピ子 Queen of the Sweets

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 連なる奇岩の峰々。水墨画めいて幽玄なる風景。ぽつんと、その片隅に一軒のあばら屋があった。それは吹けば飛ぶような粗末なものだ。しかしその中の調度は丁寧に整えられ、清潔である。その様子からはそこに住む住人の几帳面な性格を見てとることができる。

 そのあばら屋の中、旅支度を整える少女が一人。タピ子。タピ子は旅支度の手を止めると、ふと、己の手のひらを見つめた。そしてその手を握りしめ、開き、また握りしめる。「……」タピ子は無言のまま握りしめた己の拳を見つめた。それは幾人ものスイーツ妖精を打倒してきた拳。血塗られた拳である。

 ふわふわと楽しく平和であったスイーティア。それはすでに過去のものだ。今のスイーティアは血で血で洗う闘争の世界。殺伐とした血も涙もない羅刹たちの世界。タピ子は目を瞑り、想いにふける。その脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿であった。可憐にして高貴なる少女。それこそは先のスイーツ大帝、ショコラダ・マイである。

「ショコラダ・マイ……私はあんたに救われた……だから……」

 その拳がぎりぎりと強く握りしめられた。

「私があんたの意思を継いでみせる……必ずや、このスイーティアを変えてみせる!」

🍮🍮🍮

「パン斗兄ちゃん、本当に行っちゃうの……?」
「危ないよ、いつまでも一緒にここで暮らそうよ」

 爽やかな美少年。そして幼い子どもたち。子どもたちは少年に縋り付くようにして懇願を続けている。少年は微笑みながらも、少し困ったような表情を浮かべていた。少年は優しく子どもたちに語りかける。

「なぁ、みんな。このまま戦乱が続けば……いつかこの村も大変なことになるんだよ。だから、俺がそれを止めないといけないんだ」

「いやいや、パン斗や。パン郎やパン乃の言う通りなのじゃ」杖を突いた老人が少年に近づき、諭すように話しかけた。その体はプルプルと小刻みに震えている。「わしらは……わしらパンケーキは、皆で重なり合って、はじめて力を発揮するんじゃ。なのにお前さん独りで……いったい何ができると言うんじゃい!」

「ううん、それは違うんだ、パン吉爺ちゃん」

 少年は微笑んだ。その微笑みはまるで太陽のように暖かかった。少年は己の胸に手のひらを当てると、静かに言った。

「俺の中には……俺の心の中にはいつだって皆がいるよ。その皆の想いを重ね合わせて、俺は闘うんだ」

 その少年は甘いバターの香りがする。その微笑みはまるで太陽のように人々を照らし、そのぬくもりは優しく人々を包み込む。彼こそはパンケーキ。パンケーキのパン斗!

🍪🍪🍪

「ぎゃあーー!!」
「やった……やったぞ……!」

 カヌレのカヌ彦は傷ついた左肩を押さえながら喘ぐようにして言った。「これで……これでここら一帯のスイーツ妖精は……すべて倒した……ぞ……」はぁはぁと肩で息を吐き、カヌ彦は振り返った。「これで……これで終わりのはずだ。約束は……約束は守ってもらうぞ……!」

「ぴぴぴ……約束ぅ?」

 カヌ彦の視線の先にはひよこ──いや、ひよこの着ぐるみを着た少女がちょこんと座っていた。そのくちばしから覗く顔は愛くるしい。その瞳は可愛らしく、くりくりとしている。少女は口元を押さえると楽しげにぴぴぴと笑った。

「ぴぴぴぴ。約束ってなんでし?」
「貴様……っ!」

 カヌ彦は激昂した。

「カヌ麗は……カヌ麗はどこだ! 約束は守ったぞ。早く……早く俺のカヌ麗を返せ!」

「ぴぴぴ……あぁ、カヌ麗。どっかで聞いた気がするでしね」「貴様……! とぼけるな!」「ぴぴぴ。まぁまぁ、落ち着くでし。だんだんと思い出してきたでし。ちょっと待つでし」

 少女はごそごそと腰の辺りをまさぐると何かを取り出した。それは一枚の写真であった。少女はその写真を左手で掲げた。悪魔じみた表情で。

「ぴぴ。カヌ麗ってこれのことでし?」

 一瞬の沈黙が流れた。カヌ彦は固まっていた。カヌ彦は現実を飲み込むことができずにいた。その写真には

※ あまりにも凄惨なため描写は割愛します。

「き、貴様ぁあああ!!!!」

 バンッ!

 少女の右手には短銃が握られていた。「あ……」その銃口からゆらゆらと硝煙が流れ出る。カヌ彦は額を撃ち抜かれ、揉んどりうってどうと倒れた。

「ぴぴぴ。まともに闘うなんてバカのやることでし」

 その少女は愛くるしい姿をしているが、その内には悪魔じみた甘さを隠し持つ。彼女こそはマカロン。マカロンのマカぴ。

「ぴぴ。我が作戦は順調に推移してるでし!」

🍮🍮🍮

 その少女は黄金の風をまとっていた。

「あ……あぁ……」

 エッグタルトのエグ造とシナモンロールのシナ香はいつしか少女の前にひざまずき、そして頭を垂れていた。二人は少女に闘いを挑んだはずだった。しかし──。

 少女のまとう黄金の風が少女の髪をたなびかせる。それは超越的な光景──神話的で荘厳な光景であった。エグ造とシナ香は涙を流していた。

(これは……この感情はいったい……)

 それは畏怖であった。それは畏敬であった。それは信仰にも似て恍惚とした感情であった。二人は一瞬にしてこの少女の偉大さに、その静かに流れる大河のごとき存在感に圧倒されていた。

 その二人を静かに、少女は黄金の瞳で見つめている。

 そこから少し離れた高台。双眼鏡でその様子を伺う少女がいた。白玉あんみつのしら代である。

「うわー。こりゃ大変だ。やつ音様のご指示で偵察に来たのはいいけれど……なんか凄いやつが出て来たんですけど!」

 しら代は双眼鏡を仕舞うと、そそくさとその場を後にした。「これはさっさと報告、報告!」

 少女は黄金の髪をなびかせ、エグ造とシナ香に告げた。

「私は向かう。聖地ジユー・ガ・オーカへ」

 その少女は黄金の風をまとっている。その佇まいは超然として圧倒的である。彼女は悠久の歴史を生きてきた。彼女こそはセアダス。世界最古のスイーツ。セアダスのセア羅!

03に続く

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