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常識と非常識の狭間を生きる

非日常を体感出来るスポーツの世界。

実際にその中を覗くと、皆さんが憧れるキラキラとした華やかな一面と、様々な人の思惑が入り混じるカオスな暗闇の中を歩き続けるような孤独な一面が同居しています。

自分は基本的に見る人にとって活力を与えられたり子供達に夢があるものになって欲しいので、後者についてはSNS上などでも極力書かないようにとは思っているのですが、今回は自分の大事な仲間であり友人に起きたことを、よくこの業界で起きていることでもあり、今後なるべく起きて欲しくないことでもあるので、是非多くの人に知っていただきたくここに記しておこうと思います。

決して気持ちの良い内容になるわけではなく、人によっては夢を壊すような話にもなるかもしれないので、この先も読み進めていただく方はその点ご了承の上でご一読いただければ幸いです。



仕事のクオリティ…ではないところで金額が決まる世界


友人の話に入る前に、僕も現在はトレーニング製品を取り扱ったりマネージメントに回ったりと現場から離れた位置で会社を経営する身となりましたが、以前は通訳として現場で活動していたこともあるのでまずは実体験からお話しようと思います。


特殊な業界における通訳という仕事


僕自身はもともとスペイン語を大学で専攻しつつ、大学在学中から指導者ライセンスを取得し中学校のサッカー部を4年程指導。
その後はスペインに渡ると、5年半の間バルセロナの地でカタルーニャ州(バルセロナが中心となる周辺一帯を含む地域)選抜のスタッフが率いるチームにて週4で同時通訳を行う経験を経て、ありがたいことに他の現場でもお声がけいただき通訳として様々な場所で活動していました。

古巣のアルビレックス新潟バルセロナでは、ジョルディ・アルバ選手などへも指導経験のある監督ヘススと共に働く機会をいただいて通訳・指導者・人として多くを学ばせてもらいました。


大学での勉強、現場での指導者経験、それに加え日々同時通訳をこなす経験も経て、それだけ自己投資や研鑽に費やす期間もあったので自分で言うのもなんですがピッチでの同時通訳の質はかなり高いものだったと自負しています。

フットボールにおけるピッチ上での同時通訳は非常に高度で、伝達スピードが遅ければプレーの現象は声が届いた時には変わっており、意味が正しく伝わりません。

単純な語学力は勿論、指導者は比喩表現などを用いて選手にものごとを伝えることもあるので高い理解力も求められますし、仮に長いフレーズを言った場合は選手がプレー中でも瞬時に理解できるように要約して伝えるという作業まで加わるので、それが適切なレベルで行えて活動出来る通訳というのはハッキリ言って日本でも数はそれほど多くないと思います。
(一応これまでプロのクラブからこれまでもお話をいただいたことはあるので客観的な評価としてもそれなりではあるのかなと)



専門職と言えどバイト


一方で、僕がキャンプなどの現場に立った時に当時いただいていた通訳としての日給は8,000〜10,000円程度でした。

他の待遇面などで善処してくださったお取引先様もいらっしゃいますが、周りで通訳をやられているような方と偶に話をしても基本的にはこのくらいが当時の相場でした。
※現在の相場感は若干上がっていると聞いています。


優秀な海外の指導者を日本に呼んで行うイベントとしてはキーになるポジションなのに、そこへの報酬は自分が学生時代に居酒屋でバイトしていた頃のものと大して変わらないんだ、とはじめて知った時は衝撃でした。

幸か不幸か、自分は他の業界の企業からも仕事をいただく機会もあったので、その際には当時の自分が妥当だと思う金額を思い切って請求してみたのですが、それでも「安過ぎるからちゃんと請求して」と怒られた記憶があります。


他にも通訳の現場に入っている友人や仲間も多くいたため、そういう人たちが少しでも多くもらえるようにとその後は毎度なるべくギャラ交渉を行いながら仕事をしていましたが、「これ以上は上がらないな」と感じるところに来た時に自分は通訳自体をずっとやっていきたいという意欲も無かったので現場を離れることを決めました。


今は事業者としての立場でもあるので、売上や収益性に直接は影響を与えられるわけではない人件費ということであまり多くをそこに割けないというのは理解出来ます。
ただ、日本のスポーツ界における何かの専門家の見られ方というものの現在地はこういうものなんだと強く感じた自分の原体験です。



友人Sの話


話を友人に移します。

通じる人にだけ通じれば良いので友人を以下『S』とさせていただきますが、Sは専門家として個人や団体に指導で携わる形で活動を行っていました。

第三者目線で見た時に、Sの医療人・専門家として持っている技術や知識、経験は、スポーツという枠を抜きにして世界でも通用するトップクラスのものだと感じていました。

彼が実際にまだ海外で活動していたわけではなく、僕の目もせいぜい2カ国の現場を見てきただけのものなので他にも優秀な人はきっといることでしょう。
それでも自分の見てきた中では間違いなくスペシャルなものを持った専門家でした。



支える側も命綱無しでロープを渡ることになる世界


しかしながら、スポーツ界においてまだ彼と同種の専門家の母数は少なく、受ける対価も本来資格を持ち病院などで働くのが一般的な彼のホームの業界と比較した際に正当な評価を受けているとは言い難いものでした。

選手であれば、契約期間中は問題さえ起こさなければ契約に則って報酬が支払われますし、活躍すればアップを要求し易くなり、移籍でステップアップも目指せるといったこともあるかもしれません。

一方で、チームなどで活動するのではなくフリーランスや個人会社に近い形で活動するサポート側は、選手がステップアップを果たそうが報酬が自動的に上がるなんてことはあり得ませんし、1対1の関係で、自分のサービスの価格を上げても良いかと交渉出来る人も多くはありません。


これはどこの業界でも一緒だと思いますが、フリーランスや個人会社が報酬アップを交渉する際は、常に仕事を失うリスクと隣り合わせです。

しかしながら、サポートする側はプレッシャーや責任といったも選手が背負うものにまでも向き合いながら準備をし、仕事をします。
そこに対価がなくともホンモノであればあるほど向き合ってしまうのです。


Sだけでなく、そういった専門家の働き方をより良いものにできればと、これまで個人としても会社としても彼に指導以外でも案件を依頼させてもらったりなどしながらロールモデルを作ろうと共に色々な取り組みを試みてきました。

しかしながら、健康上の問題が発生したことを機に、最終的に彼はこの業界を去る決断を先日することとなりました。

いよいよそういった業態を打破するような仕組みの構築を一緒に出来ると既にスタートさせ始めていたもの、専門家とメーカーとして共に培ってきたノウハウで新しい勝負が出来るぞと準備していたもの等、この先より大きなことをやっていけるとワクワクしていた矢先でした。



無意識にロープを外される危険性


大きな決断の理由、そして健康上の問題への引き金となったのは、彼が抱えている一部のクライアントとの信頼関係の崩壊にありました。

もともと彼が抱える個人・団体等とは基本的に後払いでの取引が行われていたのですが、ある時一部のクライアントとの間で請求書を起こしてもなかなか支払われなかったり、それに対して催促を行ってもなかなか対応がなされないという事象が発生し、そういった小さな綻びから徐々に亀裂が入っていった信頼関係が修復不可能になってしまったということが主な原因でした。

どうにかサポート出来ればと、彼に代わって請求業務にあたったり、前払いや第三者目線で価格設定を見直すなど一緒に仕組み作りに取り組ませてもらってもいたのですが、彼の気持ちが業界から離れてしまうまで、心が壊れてしまうまでには間に合わず、結果的に業界からまた一人優秀な人材を失ってしまうことになりました。


スポーツは非日常に触れて、そこに熱狂を感じ、楽しむもの。

人生を賭けることはあっても、命を失うようなことがあるべき場所ではありません。

一時は健康面で本気で心配するところまでも達していたので、彼が今健康な生活を取り戻し、過ごしたい人生を取り戻せるのであれば何より友人としてそれは満足です。

ですが、少しでも業界に触れて仕事をする身としては、また一人優秀なプロフェッショナルが離れてしまうこと、そしてスポーツ業界のそういった事象に真っ向から立ち向かって一緒に戦ってくれていた仲間が一人去ってしまったことに大きな悲しみと寂しさを感じています。


市場規模としてもまだまだ成長過程な日本のスポーツ業界は、多くの零細企業や個人事業主に支えられています。

団体競技でも全てがチームやクラブの中で解決出来れば良いのですが、選手のトレーニングやケアにしてもクラブ内だけで回っているということはほぼ無く、多くの人が見るピッチ上の華々しいパフォーマンスは、多くの個人の見えないところの努力によっても支えられています。

しかしながらそういった個人は特に何かに守られることもなく、文字通り死に物狂いでリスクを負いながらもその情熱で戦ってくれてることを知って欲しい。


Sは専門家として結果を残すだけで無く、自身で発信も積極的に行うことでそういった個人や専門家にもフォーカスが当たる環境を作ることが出来ればと一個人が負える範疇を遥かに超えて、礎になる覚悟で日々業務に向き合っていましたが、それをどれだけの人がきちんと向き合って受け取ってくれただろうか…とここに残る身として今考えさせられています。



非日常の世界における常識やルール


非日常の世界、そしてある意味常識外のパフォーマンスが求められる世界において、一般的な社会通念を求めることほど難しいことはありません。

一事業者としては、未精算のものを抱えるというのは怖くてたまらないので、相手からの催促が来なくとも払うための手段を講じるべきものだとも思います。

一方で、企業に就職をしたりといった経験もなくプロの世界に入ったアスリートやそういった人が引退後に働くこともあるクラブや企業、それぞれの信条に基づいて動く個人事業主の集合体であるこの業界において、そういったことを学ぶ環境や機会は多くはありません。

それらの背景を考えればこの手の問題は起こるべくして起こる事故でもあります。


そんな中で「これは常識だから」、「これはルールだから」と声高に叫んでも守られる筈もないので、今回の出来事を機に改めて個人や優れたプロフェッショナルが業界に潰されない仕組みや環境づくりを行わないといけないという想いは改めて強くなりました。

優秀な人ほどその仕事にかける想いは強く、そういった人から順にこの業界を去っていくのはこれまでも何度となく見てきました。

それがこの先も続くのであれば、この国のスポーツに発展も未来もありません。


しかしながら自分もあくまで個人の端くれ。
弊社でこれまで一緒に頑張ってきてくれた仲間や、Sの意思を継いでこれから一緒に頑張ってくれる仲間もいますが、もしこれを読んで力を貸してくださる方・企業・プロ選手(現役・引退後問わず)・団体がいましたら気軽に連絡などいただければ嬉しいです。

皆さんの声に一度に応えることは僕も出来ませんが、Sの意思を継いではじめようというプロジェクトに携わっていただいたり、他にもなにかお力添えいただけることがあるかもしれません。
何より、なにかを良くしたいという人の意思がそこにあることを感じられるだけでも大きな励みになります。



ルールは守られるべきものでも、ルールはあなたを守ってくれない


スポーツは基本的にルールに則って行うものですが、これからスポーツ業界に入って働きたいという方がいれば、実際にスポーツ界で仕事をするとなると、基本的にルールなんて存在しないと思った方が良いでしょう。

全てがそうではないし、素晴らしい企業・団体・個人が多く存在していることも重々承知しています。そういった方々の中にはこのnoteを見て気分を良くされない方もいるかもしれません。

勿論あなたの心の中に守るべきルールがあるならそれは素晴らしいことなのでなるべく守るべきでしょう。
ですが、そのルールはあなたの歩いてきた人生が与えてくれたもので、ルールというよりはモラルです。個々人のモラルを押し付けあっても、人の価値観が詳細まで完全に一致することを残念ながら僕はほとんど見たことがありません。
日本ではルールを守ることが尊いものとされるかもしれませんが、一歩海外に出ればルールは『上手く使うもの』と言った価値観も存在します。

上記からも、少なくともこれからスポーツ業界で働きたいと思われているような方で『自分の身を守ってきちんと仕事したい』という方にはその認識でいた方がベターだと断言します。



常識以上に大事なもの


ここまで長々と偉そうなことを書いてきましたが、僕自身も実は世間一般に言われる常識的なことは得意な方ではありません。

全部を大事にできるわけではないですし、今もこうやってnoteを書きながらも「あれ返信しなきゃ」「これ対応しなきゃ」と頭の中を過ぎることだらけです苦笑


ですが、本来のスポーツの魅力はある意味一つのことしか出来ないような人でも何かを極めた人が輝ける場所だということ。

それは選手であれ、Sのような専門家であれ、同じことです。

優れた才能や何かを極めるほど努力した人たちが、窮屈な価値観の世界を少しはみ出しても良いんだよ、と社会に新しい可能性を提示してくれるのがスポーツの世界であって欲しい。

海ひとつ渡れば、全く違う価値観や世界観で生きてきた人たちに、自分が生きてきた中で培った常識なんてものは大概通用しません。

そのために必要なことは言葉だけの常識などではなく、本当の意味で目の前にいる人にきちんと向き合うことなんじゃないかなと、今回Sに起こったことや彼が残してくれたものに向き合いながら思う次第です。


自分もどこまでやれるかもわからない中で働いているので、今の一瞬一瞬に全力で向き合います。

外れ値が輝く世界でありますように。


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