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50年後の未来を考える。~救急医学会総会回想録~

◆第50回救急医学会総会に行ってきました。

2022年10月19日から21日まで行われてた第50回日本救急医学会総会に行ってきました。

「さあ、これからの50年について話そう」を副題として、SDGs×救急医療といった視点から各業界の専門家と共に救急医学をリブランディングするといった壮大でわくわくする学会です。

手前味噌ながら私が所属していたIFMSA-Japanが日本総会でSGDsをテーマに選んだのが2017年。

当時まだまだ聴き慣れないトピックスでしたが、こうして救急医学会で再会するとは思いも寄りませんでした。救急医学は様々な側面で社会と蜜に接しているからこそ、SDGsの切り口から救急医学を再構築するのは納得の方法です。

◆斬新な試み、各業界最高峰の専門家

今回の救急医学会総会は画期的、革新的で業界がざわざわしていたように思いますが、画期的な点は大きくみて2つあります。

1つは帰納的推論による検討を行ったこと。

もう1つは複数の他業界の第一人者との交流を実現したこと。

帰納的推論についてホームページの山口会長のお言葉を引用すると、

従来の学術集会では、『未来を連続的なもの』との前提に立ち、過去から現在までの時間を演繹する方法で、次年度、次次年度の活動の方向性の議論を積み重ねて参りました。この方法は、確定要素に基づいた定量的で統計学的にも堪えうる着実なもので、学術集会にふさわしいものです。


しかし、今回は、あえて『未来を不連続なもの』として50年後の未来を示していただき、それがもし本当だとしたら、我われは今からどう行動しなければならないかを考える、いわば「未来」から「今」を逆算して見る帰納法的作業に皆さんを誘いたいと思います。未来の語り部には、望み得る限り最高の専門家を配しました。しかし、それでも不確定な要素が多い。従って、この作業の解は決して一つに集約しないでしょう。それでもこの作業の過程で得られる未来洞察は、次の世代にとってたいせつな道標になると確信します。

第50回日本救急医学会総会 https://confit.atlas.jp/guide/event/jaam50th/static/submission

 世界が様々な面で急速に変化している時代で、従来の直線的、積み重ねていくイメージの検討では、指数関数的に変化する社会に検討が間に合いません。そこで、未来予測から逆算的に今何をすべきかを考える帰納的推論をしてみようという試みです。

 ビジネスの領域では随分昔からVUCA worldとか、論理・理性の時代から直感・感性の時代へ変化するというのは言及されていたことではあります。山口周著、世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」には下記のように言及されています。

彼らは極めて功利的な目的のために「美意識」を鍛えている。なぜなら、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない

…中略…

このように様々な要素が複雑に絡み合うような世界においては、要素還元主義の論理思考アプローチは機能しません。そこでは全体を直覚的に捉える感性と「真・善・美」が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や想像力が、求められることになります。

山口周著世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」
光文社新書

 こうした世界の潮流をもろに影響を受けるビジネス業界から、エビデンスごりごりの医学業界にまで変化が波及してきているとも言えます。こうした潮流にいち早く気づき、こうした大きな学会で取り上げる山口会長の手腕の凄まじさを感じます。無論、エビデンスごりごりの世界だけで生きてきた旧世代からの批判、抵抗は必至でしょうがそんなことに付き合っている暇はありません。繰り返しますが世界は指数関数的に変化しています。変化、適応しなければ滅びるだけです。そういった意味で今回の学会は救急医学の存亡を決めるターニングポイントになるチャンスだったように思います。


いらすとやより

もう1つは複数の他業界の第一人者との交流を実現したこと。
こちらについても異例のようです。専攻医1年目なので詳しく存じ上げないのですが、基本的に○○医学会というものは、その救急医学なら救急医が集まってこれまでの研究や症例報告など検討する会であるものなので、他分野の専門家が講演すること自体が珍しいようです。そうした中、気候変動、安全保障、街づくり、情報・技術革新、貧困・異文化・飢餓、高齢化・医療経済、教育・人材、コロナ・新興感染症といった各分野の第一人者の専門家の方々が一堂に会する超豪華な学会でした。たとえば日本総研の八幡晃久先生、NTTドコモ中村 武宏先生、高市早苗さんなど官民問わずビックネームが並んでおりました。個人的にはドストエフスキーの翻訳でおなじみの亀山郁夫先生がいらっしゃったことには驚きました。冒頭の挨拶では山口会長が直々に各専門家に会いに行って講演をお願いしてまわったとのお話がありました。山口会長でないとなし得なかった偉業だと思います。

 さて、前置きはこのくらいにして、学んだこと、そしてそこから考えたこれから50年間に起きうる事、そこに備えるべきことなどについて考察していきます。

学会パンフレットも超おしゃれ。○生堂とか美容系の学会と間違えられていた。

◆学んだことをダイジェストで

 全部の講演を聴いて回りたいくらいでしたが、いろんな会場で同時並行で講演があったため、泣く泣く一部の講演のみしか聴けず全貌はつかめませんでした。見逃し配信して欲しいです…。一部の情報にはなりますが、簡単に講演内容をご紹介します。

オープニングセミナー:50年前の今の比較をしてみると、今の当たり前が出来る変化の兆しは既に50年前にある。この変化の兆しに注目する必要がある。あり得る未来を構想する。想定外の未来を考えてみる。こうした未来洞察から、自らが望む未来に向けて主体的に創造していくことが出来る

気候変動:これまで異常気象、数年に一度と言われていた豪雨、豪雪などが当たり前に起きるようになる。台風の数は減るが、威力が上がる。洪水の予報などの精度は日々向上しているが、一般市民への周知にはまだ課題がある。温暖化に伴い熱帯でのみ生息できた媒介動物が北上している。そして感染症が増える。気候変動によって感染症のみならず、感染症以外の疾患、精神疾患なども増加が予測されている。

新規の感染症への流行気候の専門家から警鐘を鳴らしているが、医療の側面からも災害対策や気候変動についての発信をして欲しい。

UnsplashのGoutham Krishnaが撮影した写真


企業からのプレゼンテーションではありましたが、MA-T(要事生成型亜塩素酸イオン水溶液)という新しい素材?物質の話は革新的で、強いインパクトがありました。眉唾に感じてしまうほど、高い安全性と除菌のみならずエネルギー精製など多岐にわたる活用が期待される製品でした。


 今後はこういった新しいものが当たり前になるのかな…?と思いつつ、こんなにいい事づくしなことある?という信じられない気持ちもあり、新しい常識を創造する時はこういった葛藤がついてまわるよな、と改めて感じました。

安全保障:核戦争は割と現実味あり。ロシアが核兵器を使用することは想定済み。電磁波に備える必要あり。電磁波によって、電子制御の医療製品のみならず、電子制御の車のブレーキなど、日常のあらゆるものが機能停止する可能性がある。

核兵器が使用される、都市機能が停止するなど、規模の大きさに戸惑いました。そうした内容を淡々と、事実と分析として述べる専門家に圧倒されました。

街づくり:東京都心は大雨で沈む。浸水を前提とした街づくりが進んでいる。災害時に必要とされる病院やクリニックも漏れなく沈む可能性がある。自家発電設備があっても設備が地下にあっては真に必要となった時に使えない可能性がある。地形図やハザードマップの確認を。

おたくの病院、大雨の時の備え大丈夫?と聴かれて、おそらく非常電源もあるし備蓄もあるので大丈夫です。と答えたいところですが、その非常電源どこにあるか知ってる?地下にあって沈んだらどうするつもり?と言われたら言い返す言葉もありません。被災時にも戦える備えがあるつもりですが、本当に大丈夫かな…と見直すきっかけになりました。


UnsplashのDouglas Sanchezが撮影した写真



情報・技術革新:ドローンで医薬品を輸送する試みは既に始まっている。カルテの情報の一元化は進む、生体モニター、人間のデジタルツインバーチャル上に自分の分身をつくって今後起きうる疾患が予測出来るようになる。手技は学んで取得する時代からダウンロード、インストールする時代になる可能性がある。

一番わくわくするのが情報・技術革新の話でした。

最終日のまとめ:カーツワイルの予測については以下の動画参照。

技術革新もそうだけど、マインドセットが変わる必要がある。社会変化や技術革新は指数関数的になる。こうした中で、ミクロの視点、マクロの視点、潮流を読む視点、これまでの常識や変化を批判的に捉える視点、これらを使い分けていく必要がある。

貧困・異文化・飢餓、高齢化・医療経済、教育・人材、コロナ・新興感染症に関してはあまり聴けず残念…。見逃し配信を待ちます。

◆50年後の世界をそうぞうしてみる

 考える要素をたくさんいただいて、更に未来は主体的に創造していくものという心強いメッセージもいただいたので、好き勝手に想像してみようと思います。

  • 異常気象が常態化する。暑さ、寒さが極端になり、大雨、大雪、台風などの自然災害の規模は大きくなる。

  • 南海トラフ地震、首都直下型地震、東北から北海道にかけての地震を経験する。

  • 上記2つは初期にはダメージを受けるが、建設のテクノロジーの進歩や対応策、緩和策の進歩により、災害と共存する都市モデルにシフトしていき激しい気候でも適応出来るようになる。

  • 月、火星での生活を選ぶ人達が現れる。

  • 核戦争を経験する。

  • 技術はダウンロード出来る時代が来る。様々なスキルをダウンロードするサービスが生まれる。

  • 情報処理速度が上がり、自動車は自動運転化が完了する。

  • 自動車の自動運転化が進む

  • 物流はドローンによる空輸などが当たり前になる

  • 移民や多国籍化は進むが、翻訳機能の向上により言語の違いによるコミュニケーションの困難さは生まれない。

  • 外国語を学ぶのは趣味、教養としてであり、実務的には翻訳で事足りる。

  • 貧富の差については、より拡大して技術革新の恩恵を受けられる人々と、旧時代のまま取り残される人々に二極化する

  • 国民皆保険制度は終了する。

  • 再生医療や予防医学の発展から、重症患者は減り、死ぬことが難しくなる。

  • Living Willを明示する事が義務化されるなど人生をどう終えるかを個々人が考え選ぶ必要性が生まれる


UnsplashのSharon Pittawayが撮影した写真

◆50年後の救急医は何をしている?

上記を踏まえて、50年後の医療の様子として考えられることを書いてみます。

  • 自動運転化により渋滞の解消、救急車が通るのに車が避けないといった問題が解消され搬送時間が短縮される

  • カルテ情報の一元化が進み、病院到着時までに情報が出揃うため初期治療が早まる

  • モニター類の精度向上、ワイヤレス化が進みコードが絡まるみたいな事はない。

  • 点滴確保、胸腔ドレーンなど手技各種は補助ガジェットの発達により容易になり、またその手技もダウンロードすることで経験を積む必要がなくなる

  • 逆に上記のような補助がないアナログな経験が貴重になるため、海外や地方など医療技術が進んでいない地域で実際の経験を積む事に価値が生まれる

  • 血圧、血糖、カロリー、体重など、普段からのモニタリングが容易になり予防医学が進む、早期介入が当たり前になり重症患者は減る

  • ICUのようなモニタリングベースで輸液や電解質の調整などを行うのは機械学習で対応されるようになる

  • オンライン診療や、上記モニタリングからの自動解析が進み、医師による判断は最終的なチェックのみで、システム化が進む。

  • 今病院で行われている雑務、処置のほとんどは機械、ロボットに置き換わるか、機械の補助により容易になる。

  • 再生医療の発展に伴い、死の定義、何を持って死とするのか倫理面での課題に直面する

  • 安楽死は上記の流れから認められ、安楽死を選ぶ人は増えていく。

こうした様々な技術革新、医療の進歩によって救急医療のニーズは減っていくように思います。一方で、救急医学は社会のニーズを踏まえて臨機応変に適応していくことも予測されます。これまでの救急医学の歴史を踏まえると、当初は交通戦争での交通外傷を診ることに、そこから交通外傷が減り高齢化に伴い内科疾患が重症化した患者を診る機会が増え、新型コロナウイルス感染症が始まれば、1st touchは救急医が務めるようになるなど、常に社会で必要とされる問題に対して最初の一歩の医療を提供し続けてきたのが救急医学なのかなと考えています。同様に、これからも新たに何か問題が生まれたらそれに対して手探りでもとりあえず人名を救助するために出来る策を打ち続けることになるでしょう。こういった意味では救急医学は社会に開かれた医学であり、その立場からはニーズが失われる事はなくニーズが変化していくものであると言えます。


Unsplashのcamilo jimenezが撮影した写真

◆50年後に向けて今からするべきこと。

 上記のように変化が著しい時代となった今、救急医学も社会の変化にいち早く気づき適応していく必要があります。そのためにはこれまで以上に他分野との連携が鍵になっていくのではないでしょうか。 
 やはり今回の学会で思った事は、各業界から救急医、ひいては医療者の意見や見解が求められているという事でした。様々な業界の専門家の方々からのメッセージに共通項があるとするならば、一緒に考えていきたい、救急医の皆さんからも発信して欲しいといった点のように思います。
 これまでのように病院に365日、24時間いることが正義だった時代から、様々な領域との共通言語を持っている事が強みになり他分野との連携も一つの業務となってくるかもしれません。新しい情報へのアップデートを怠るとすぐに置いていかれてしまうという意識は保守的な医療業界は危機感としてもっと持っていないといけないように感じます。
 一方で、医療の専門化、細分化はどんどん進み、学ぶべき情報量は増え続けるばかりで、そもそも医学の専門家として身を立てるために必要な時間もこれまで以上に必要です。専門家としての知識が十分になければ、他分野と意見交換しても大して有益な情報を提供出来なかったり、新たな課題に取り組む前提が定まらないでしょう。専門性においては業務や学習の効率化、取捨選択が重要になりそうです。全体性、潮流を把握する視点と、専門性個々別な知識を深める視点いずれもバランス良く持っている必要がありそうです。

◆未来に向けた課題

 医療業界として課題があると思われるのは、持続可能でないシステム、圧倒的な準備不足、そしてスピード感の違いです。病院でのルーティン業務の忙しさから新たな知見を得る暇もないような、言ってみれば持続可能でない、医療従事者の生命を削ってなんとか今成り立っているのが日本の医療です。医療経済という意味でも、膨れ上がる医療費をこれまた膨れ上がる税金でなんとかお茶を濁している状況でいつか破綻します。こういった常に逼迫しているような状況では、新しい挑戦をしたり、情報を取り入れたりする余白がありません。結果、現状維持でも大変なので変化に疎くなります。同じような事を続けていても、現状ある意味食いっぱぐれはない仕事ではあるので、危機感もビジネス業界に比べてあまりないようにも思います。自分たちの業界の事だけ知っていれば成り立つので、他分野へ関心がそもそもない人も少なくない印象で、そういった人達からしたら今回の試みの意義自体があまり理解されないと思います。そういった背景からそもそもの変化に対する準備不足があるように感じてなりません。過去の慣習が多く残り、新しいことをするには、様々ハードルがあるのが医療業界です。人命に関わる部分なので、失敗が許されない、簡単にリスクを冒せない領域ではあるのですが、スピード感を変えていく意識、変化を受け入れる意識がなければ取り残されてしまうように思います。

 今回の救急医学会に関して言えば、講演を聴いていたのは我々専攻医世代はほぼ見受けられず、ある程度年次が上の世代の人ばかりが会場にいたように思います。これは自分の演題があるとか、それなりに理由がなければ通常業務が忙しくて若手医師は会場までこれないといった問題があります。正直、聴いていた壮年、高齢の参加者はピンと来ていない人も多く、質問内容も随分的外れなことを言っている印象があったりして、これからの50年をせっかく考える機会なのに、その当事者になる若い世代が参加出来ていなかったのはとても残念に思います。

 そういった課題も踏まえて、今回の学会だけが稀な試みをした会として終わってしまうのではなく、他分野との交流など今回革新的だった試みは業界としても継続して欲しいなと切に願います。


UnsplashのИлья Мельниченкоが撮影した写真

◆まとめ

すべての講演を聴けた訳ではないですが、急速に変わる世界の一端を垣間見る事が出来とてもわくわくしました。今回知ったことは未来に対してすべてがすべてポジティブな話ではなく、大災害や戦争などこれから直面するかもしれない問題についても課題が山積みです。そうした予測される問題に立ち向かっていくために、これからは他分野との連携は必須になっていくように思います。全部が全部、自分ひとりでは出来ないので、何を自分の信念とするのか、自分は何がしたいのか、その軸を自分で決めて創造していく必要がありそうです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。これは正解のない問であり、多くの方々と語り合いながら、一緒に未来を創造していけたらなと考えています。ぜひお気軽にコメント等連絡いただけたら嬉しいです。一緒に考えましょう。

※本noteは救急医学会総会に参加した一個人の感想に過ぎず、救急医学会および講演者の公式見解ではないことをご留意ください。


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