表現する才能がある人に惹かれる

その人のすべてを知っているわけではない。見えているところはその人の一部分。でも、その見えている部分が自分にとってはすべてだから、それでいい。

インターネットが普及して、知り合いのカテゴリに「ネット上の知り合い」という新たなカテゴリができた。

ネット上では人はいろんな風に自分を見せることができる。多少盛ったりするのも日常茶飯事だから、私が見ているそれはもしかしたら見せかけの才能なのかもしれない。

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いや、それでもやっぱり、惹かれる人と惹かれない人がいるのはなぜだろう。いわゆるその筋では有名人でも自分の心に全く響かない人もいるし、全然無名(失礼!)な人でも「あ!このひといいな!」と思うこともある。

その違いはもしかしたら、その人の表現するところの源(みなもと)の違いなのかもしれない。その表現は、その人がどんな環境で生まれ育ち、どんな体験をして、どんな感情を抱いてきたのか。その人のすべてから作られた表現って才能だと思うし、うわべだけのそれとはやっぱり違う気がする。

「経験」ってできる経験とできない経験がある。なかなかできない経験をしてきた人だからこそ、その人のフィルターを通して出てくるものに惹かれる。

だって、自分では絶対に表現できないから。


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