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1.「とうさんとうさん、ほら、見てよ!」

いきなり舞台は変わって申し訳ないのだが …
 
 「帝国の門」から伸びるアッピナ街道を、えらく騒がしい変わった5人組の冒険者が歩いていた。アッピナ街道というのは帝国側の世界…サクロニアに対してカナン世界と呼ばれているが…の西部にある「帝国」の首都から、サクロニアとカナンを結ぶ魔法の扉「帝国の門」まで伸びる大きな街道である。当然これは国道で… しょっちゅう伝令や帝国軍の軍団や商人たちが歩いているという…非常に利用頻度が大きい道だった。当然ながら帝国人だけでなく、帝国に向かう外国人…つまり諸外国の使節やら商人やら…それからサクロニアで捕まって奴隷にされた人まで含めて…多数の人が行き交うので、少々の変わった人が旅をしていても余り驚くことはないのかもしれない。
 ただ…このパーティーはさすがにちょっと変わっていた。まずなによりも周囲の目を引くのは…やたらにぎやかだったことなのである。
 
「とうさんとうさん、ほら、見てよ!」
「なんだ…蝶かぁ…美人の女の人かと思った。」
「ちょっとあんた、子どもの感受性をなくすようなことを言わないでよ。もう…」
「いやぁ…でもさぁ…やっぱり美人の女の人の方がいいんだけど…」
「おまえ、女以外のもの興味ないのかよ…」
「いや…その…そういう訳じゃないけど…やっぱりそうかもしれない…」
 
 四六時中この調子で騒いでいるのである。街道をすれ違う人たちも…このすこぶるにぎやかなパーティーに驚いたように振りかえる。しかし…見方によればこれほどまでに明るく楽しげなパーティーは珍しい。ついつい…みんな微笑んでしまうような…そういう明るさをこのパーティーは持っていた

*    *    *

 5人組というのは男性4人、女性1人のパーティーだった。大体いろいろな事情で男女の混成パーティーというのはあまり多くはない。体力が有り余っている男性の戦士にはいささか女性を含むパーティーを組むのは難しいのかもしれない。まかり間違って襲ってしまったら大変なことになる。第一森などで野宿をするならば、仲間以外は目撃者もいないのである。事故がいつ発生しても何の不思議もないのである。いや、これに関しては何も女性だけに限る問題ではない。かなりの地域でかわいいタイプの少年などは同じような危険があったし、腕力だけが物を言うこういう世界ではある程度必然である。
 まあ、実際のところこういう事故に関してはかなり互いに警戒をしている。女性側も無防備であることはまず無いし、万一こういった事件が起きてしまえば仲間に叩き殺されても文句は言えない。それでも危険はまだまだ大きいというわけで、男女の混成パーティーというものはあまり数が多くはないのである。
 
 話は脱線したが、とにかくこの「やたら騒がしい男女混成パーティー」というのは、どうも一家族とその知り合いのようだった。女性はボーイッシュな短い髪型で、服装もかなりそれっぽい。まるでわざと男性の服を着込んだ女性…という感じである。ただその服はどうもどこかの貴族のような服で、見方によれば非常に派手といえないことも無い。歳はもう30歳にはなっているのだろうが、非常に美しくまるで女優のような感じがある。
 女性の方はこういうわけで、出るところに出れば非常に美しい…男性諸氏にはぜひパーティーを組んでみたいという相手だったのだが、男性4人の方はどうであろう。
 
 まず一人はどうもつかみ所の無い感じがあるやせがたの青年だった。歳は24、5歳で褐色の髪がなかなかきれいではある。美形というわけではないが、不細工というわけではない。ただ…どこか風来坊的な感じと、そのくせ神経質で周囲に敏感に目を配っているところが印象的である。
 熟練した冒険者などが見れば、彼が盗賊であるということがわかるだろう。別に冒険者に盗賊が含まれているということは驚くことではない。一攫千金をねらう冒険者という稼業は、要するにあまりまっとうな商売ではないし、盗賊の職業柄、冒険に便利な特殊技術をたくさん持っている。仲間の荷物にさえ手を出さなければいい仲間になれるのである。
 
 二人目の青年は…これはこれで印象的な若者だった。身の丈は180cm程度と冒険者の中ではずば抜けて背の高いわけではない。ただ体格はなかなかにすばらしく、どうも熟練の戦士か格闘家のようにみえる。銀色の長い髪の毛が背中まで伸びており、麻のチュニックの様なものを軽く着込んでいる。
 ただ、彼が特に印象的だったのは…片目だということだった。別に眼帯のようなものをつけているわけではない。かわりに普段は伸ばした髪の毛で左目を隠しているものであまりわからないのだが、たまに風が吹いて髪の毛をかきなでると、義眼の方の左目があらわになる。それもただの義眼ではない。どうも…それは宝石か何かのような純白の石だった。銀色の長い髪の毛のなかから義眼の宝石が覗いたときには、あまり親しくないものはさすがにぎょっとするかもしれない。
 
 三人目は前の二人よりもいささか若く、まだ20歳にはなっていないようだった。きちんとした赤い詰め襟とシルクのズボンをはいているところを見ると、どうもどこかの貴族の従者風の感じがある。ようやく少年から青年になったばかりの雰囲気が色濃い。柔らかい黒髪はきちんと手入れをしてあり、ますます従者という感じがするのである。目つきなども柔和でおとなしいという感じがする。ただどうも気になるのは…この「従者」の青年の対になるべき「主人」がどこにも見当たらないことだった。さっき紹介した「美人の30歳の奥さん」はどうも違うようである。それ以外の連中はましてや従者などを持つ身分とは思えない。
 
 四人目の若者は…まだ若者というにはあまりにも若かった。そう…文字どおりの少年だったのである。きれいな黒髪や整った顔立ちを見ると誰でもすぐに先の「30歳の奥さん」の息子であるということが判る。親子だというのがはっきりと判るほど似ているのである。この5人組の中では一番元気のようで、ちょこまかとよく走り回っては楽しげにしている。恐らく…旅をするのがうれしくてたまらないのだろう。

*     *     *

 というわけで、ここまで…その妙な一行について長々と説明してきたわけだが… そろそろこのパーティーについて、改めて説明しなければならない。
 「30過ぎの男装の美女」というのはリキュアと言う名だった。男装が似合うというのはかなりこういう服装に着慣れていないと不可能である。実は彼女はこのパーティーに加わる前には、男として帝国の士官…帝国神将として活躍していたのである。もう軽く十五年はこんなスタイルを着こなしているのだから、大したものである。これで一児の母だというのだから、さらに驚きである。
 
 「風来坊風の盗賊」というのはタルトと言う名だった。どういうわけか、彼はずっとリキュアといっしょに旅をしている、相棒のような立場だった。幸い二人ともそろって瞬間移動の能力を持っていたし、それに加えてリキュアは…ちょっとタルトよりは年上なのだが…これ以上無いくらいの美人である。美女に弱いという弱点というか特徴を持っているタルトだから不満のあろうはずはない。ただし…唯一タルトにとって残念なのは、リキュアは未亡人であるということだけである。
 二人の間というのは、もう5年も前からの付き合いになる。リキュアの亡き夫であるランドセイバー…驚いたことに彼女のだんなは人間族ではなく鋼鉄精霊族だったのだが …の親友だったタルトは、リキュアといっしょにランドセイバーの死に立ち会った。
 帝国軍との闘いで命を落としたセイバーの亡骸を葬ったのは二人と…あと、セイバーのもう一人の親友であるセミーノフ、そして後述するレムスである。その後しばらく相当落ち込んでいたリキュアのよき相談相手になって精神的に支えたのもタルトだった。そんな縁でリキュアとタルトは親しい付き合いをしていたのである。傍から見れば夫婦と言ってもいいくらいの仲だった。
 
 もう一人の従者風の青年は先程名前の出たレムスだった。年の頃は十八歳前後、まだ幼さが残った表情をしている。どうやら育ちが良いらしく、周囲とは違った上品さが感じられる。まさに貴族の従者という感じである。
 ただ…5年前、イックスに住んでいた頃のレムスしか知らない者には全く想像もつかないかもしれないが、あのころでは想像もつかないくらい大人っぽくなっていたし、かなり体格もよくなっていた。もちろん本業の戦士と比べると比較するのは難しいのだが、結構肩幅もあるし、しょうゆ顔がだんだん「青年」という感じになってきているのである。ただ…相変わらず服の方は昔のままの従者ルックだった。(体格が大きくなったので、わざわざ新調したのであろう。)ただ、多少神経質らしい表情はあの頃と変わっていなかった。
 
 次は片目の男である。ナギという珍しい名の男だった。片目を伸ばした髪の毛で隠しているので、普通には彼が「宝石の義眼」をつけていることは気が付かないかもしれない。とはいえ時々見え隠れする白い宝石で作られた義眼と、独特の雰囲気…霊力としか言いようのない気配が、このナギという男が呪術師であることを示している。謎めいた部族である「銀の月の民」の呪術士の青年で不思議な霊視能力と幽体離脱能力を誇っている。
 ところが面白いことに、どうやら本人はいたって拳法家のつもりらしい。事実体格の方は拳法家そのもので、丸太のように太い腕やら厚い胸板やら…どう見てもこいつが呪術士であるというのは反則のような気もしないではない。
 
 ナギがなぜこのパーティーに居るのかといえば、これも先程から何度か話が出ているランドセイバー…つまりリキュアの亡き旦那さんの縁である。とはいえ5年前 …つまりイックスシティーが帝国軍に蹂躪される直前に、彼はイックスシティーから脱出したはずだった。
 ところがナギはイックスから船に乗っていったん出発した後、すぐに戻ってきてしまったのである。イックスに残ったリキュアやタルト…そして何よりもランドセイバーの身を案じて居ても立ってもいられなくなってしまったのだろう。
 ところが…彼が見たものは帝国軍に蹂躪されたイックスと、ほうほうの体で逃げ出してきたリキュアたちだった。結局彼はランドセイバーを救うことはできなかったのである。
 死んでしまうのではないかと判っていて…結局みすみすランドセイバーを死なせてしまったということが堪えたのか、それ以来ナギは、リキュアやタルトといっしょに旅をすることにしたのである。生前にはセイバーとそれほど仲がいいとは思えなかったナギだったのだが、こう考えてみると、結局はこの鋼鉄の精霊が結び付けた縁といってもいいだろう。

 まあ、こういうわけで…一風変わったパーティーのうち四人までは紹介できたわけなのだが…最後の一人はさすがにもうちょっとややこしい説明が必要である。さっき「30歳過ぎの夫人と親子」と言ったが…これが本当とすると、リキュアの息子ということになる。
 問題は父親が誰なのかということなのだが …
 
 この少年の名は「ランドクーガー」といった。姓ではなく名前が「ランドクーガー」というのだから、俄然変である。要するに人間の名前というよりニックネームっぽい。こういう名前をつけたがるのは人間族よりもサクロニアの鋼鉄精霊族である。さっき出てきたリキュアやタルトの親友「ランドセイバー」などはいい例であろう。
 
 リキュアのだんなというのは説明したとおり、このランドセイバーという鋼鉄精霊だった。鋼鉄精霊というのは…名前からも想像つくとおり、鋼鉄のからだを持つ精霊族である。大体人間の2倍近い身長で、ゴーレムかロボットのような外見をしていることが多い。本当は精霊なのでもっと不定形のアメーバのような種族らしいのだが、ロボットみたいな姿で人前では生活している。不定形のアメーバ状より格好いいと言うのが、彼ら鋼鉄精霊族の言い分だった。
 こんなゴーレムみたいな奴と結婚する方もどうかしているという気もするのだが、まったくもって生命形態が違う種族なのだから、いくらなんでもこの夫婦に子どもができる方が異常な話である。それなら養子なのかというと…そういう訳でもなさそうである。(そうでなければ母親と似ているわけはない。)
 
 信じがたい話かもしれないが…このクーガー少年は実際に本当のリキュアとランドセイバーの間に生まれた息子だった。
 
 奇跡としか言いようが無い。とにかくこの…まったく生命形態の違う二つの種族の間に子どもが生まれるということは…神々の引き起こした神秘としか言いようがない。
 たしかに…二人が愛をかわすためには、どうしても(体のしくみの都合もあって)タルトが一役買っているというのは事実である。タルトの持つ不思議な力 …「移動と変化のルーン力」を使って、ランドセイバーは一時的に人間の姿を借りたのだ。といっても…子どもまでは期待していなかったのが本音だった。ところが… 奇跡が起きたのである。
 
 セイバーが帝国軍との死闘の果て命を落としたということもあって、このセイバーの面影を残す少年は「ランドクーガー」となづけられた。最後までセイバーの側を離れなかったリキュアとタルトは、少年をセイバーの忘れ形見として大切に育てたのである。リキュアは当然として、タルトはクーガー少年の父親代わりとして、ほんの赤ん坊のころから面倒を見続けた。
 今では…亡き父のことを知らないクーガーはタルトのことを「とうさん」と呼んでいる。セイバーに良く似た利発さと、リキュア譲りのかわいらしい笑顔、そしてタルトから学んだすばやい身のこなし…この少年の素敵な笑顔はリキュアやタルト、そして周りに集まったナギたちを暖かい気持ちで満たしたのである。
 
 こういうわけで…この陽気な少年を中心とした「家族そのものの」パーティーが誕生した、というわけなのである。

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