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SFのような未来都市を現実に。“海上建築スタートアップ”がつくる、気候難民への新たな選択肢

SFに登場しそうな「未来都市」が、現実になりつつある。

特徴は、海の上に浮かんでいるという点だ。

一見すると夢物語のように思える海上都市だが、サウジアラビアやUAE、韓国・釜山など世界各地で実現に向けた動きが加速している。そして、日本でもまた、海上都市を作るべく動き出した起業家がいる。

海上建築スタートアップ・N-ARK(ナーク)代表の田崎有城(たざきゆうき)さんだ。

N-ARKが構想する海上都市のイメージ(提供:N-ARK)

田崎さんが描く未来図の背景にあるのは、世界を取り巻く気候変動の課題。国連も「地球は限界に近づいている」と警鐘を鳴らす危機的状況を前に、田崎さんは「気候変動に対しても人間はよりよく適応できるはず」と語る。

日本で生まれた「医食同源」をコンセプトとする海上未病都市“Dogen City”の構想は、日本を飛び越え、深刻な気候変動の危機に直面する世界各国から引く手数多だ。

N-ARK代表の田崎有城さん

これまでの長い人類史の中で実現することがなかった海上での生活は、いよいよ実現フェーズへ。

SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第7回では、N-ARKが描く壮大な都市開発の現在地、そして未来を紐解く。

【連載「インパクトエコノミーの扉」について】
社会課題の解決と、経済的な利益の追求を同時に志す人々がつくる新しい経済圏(=インパクトエコノミー)の啓発や事例づくりに取り組むSIIF(社会変革推進財団)による連載企画。効率・経済性の追求から離れ、社会をより良くする手段の一つとしての消費・生産のあり方を考えます。
日々の買い物を通じて、少しだけ社会を良くできるとしたら、あなたはどんな未来を選びますか?

「ノアの方舟」のN倍へ。N-ARKの壮大な全体像

海上建築スタートアップのN-ARKは、2021年創業。代表の田崎さんは異色の経歴の持ち主だ。

考古学と建築、科学という多分野にルーツを持ち、デザインスタジオ「WOW」勤務時には公共施設などの建築やアートプロジェクトを手がけた。2018年にはクリエイティブファームの「KANDO」を設立し、ディープテック*1を社会実装するための実践を数多く世に送り出すと同時に、ディープテックやスタートアップへの投資支援を行う「リアルテックファンド」にも在籍し、数多くのスタートアップ支援を行ってきた。

編集部注1 ディープテック:地球規模の課題解決にインパクトを与えるような革新的なテクノロジー

“Dogen City”のイメージ(提供:N-ARK)

「N-ARK」という社名は、ARK(ノアの方舟)をN個作るというビジョンに基づいている。その名が示すように、プロジェクトの全体像は壮大だ。

2023年6月には気候変動に適応する海上未病都市“Dogen City”の事業構想を発表した。

“Dogen City”は直径1.58kmと非常にコンパクト。最大4万人が居住および働きに来る想定で、住宅だけでなく、ホテルや学校、病院からオフィスやレストランまで立ち並ぶ。

この街では、「医食同源」を謳う食材や料理を求める旅行者も受け入れることが想定されている。

発電設備やデータセンターをはじめとするインフラも完備し、食料も基本的には海上都市内でまかなう。「小型かつ、自立分散型の都市」が理想系だと田崎さんは言う。

「現在の世界は『国家』という大きな単位で括られ、そこに経済圏が生まれている。でも、今後のAIを含めた社会では、デジタライゼーションがあらゆる分野でもたらしている小型、自立、分散化の3つの特徴が都市づくりにも反映されてきます。つまりは、現在よりも小規模な生活コミュニティをベースに、経済圏が生まれていくのではないでしょうか。海上都市が実現し、それが世界各地の海に浮かべば、より小型で、自立分散した経済圏があらゆる場所に生まれうると考えています」

“Dogen City”では、N-ARKが独自開発した共通の都市OSを導入する。住民たちはリングデバイスを日常的に身に付けるほか、血液やゲノムデータの分析などを活用して、遠隔医療を日常的に受けられる環境づくりを目指す。

街をぐるりを囲む輪は多重構造になっており、ライフラインや居住スペースが整備されている
(提供:N-ARK)

食は生命維持装置であり文化でもあるという田崎さんは、“Dogen City”での食生活についても、独自の構想をもつ。

「人類の長い歴史の中で、海上に暮らすという夢が今まで現実のものとなることはなかったのは、海上での食事が問題なんです。大航海時代にも、多くの人々が壊血病で命を落としましたよね」

重度のビタミンC不足によって引き起こされる壊血病。

そのため、海上都市においてもビタミンの摂取を欠かさぬために、栄養学を学んだメンバーが海上都市で栽培・調達できる食材リストを一覧化。魚と野菜、香辛料で作ることのできるメニューを1週間分用意するほどのこだわりようだ。

海上農業のイメージ(提供:N-ARK)

メニューはペスカタリアン*2とベジタリアンの両方に対応可能で、環境負荷の低い食材を使うことが想定されている。

編集部注2 ペスカタリアン:植物性食品、卵、乳製品、魚介類を食べ、肉を食べない食生活を送る人のこと

気候変動で大量に生まれる「気候難民」の存在

そもそもN-ARKは、なぜ海上都市を構想しているのかーー。田崎さんが着目するのは、もはや一刻の猶予も残されていない気候変動、そして気候難民の問題だ。

地球全体のうち陸が占める割合は28.9%、そのうち多くの人が暮らす都市部はわずか2%だ。こうした都市部のうち、67%が海辺や川に隣接しているエリアとなっており、これらの場所では海面上昇リスクが指摘されている。

地球上の陸・海の面積や都市が占める割合のデータ(提供:N-ARK)

実際、太平洋のキリバスなどでは国土のかなりの部分が、海面上昇によって住めなくなる可能性が高い。

また、2022年には豪雨に伴う洪水でパキスタン全土の3分の1が水没したように、世界各地で気候変動に伴う異常気象がもたらす被害はますます深刻化している。

そうして懸念されているのが、住む場所を追われる「気候難民」の存在だ。

「ウクライナ戦争が始まる前のデータにはなりますが、2020年時点のIDMC(国内避難民監視センター)の統計を見ると、世界の約4000万人の国内避難民*3のうち、紛争などによる難民が25%、気候変動による難民が75%です。つまり、気候変動によって住んでいた土地を追われる人の数は、紛争難民などの3倍となっています」

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は「気候難民」を国際法における「難民」と認定していないため、どれだけの人々が気候変動を理由に国境を超えているのか公式なデータは存在しておらず、国外および国内避難を合計した全体像の把握は難しい。世界銀行によれば、国内避難だけでも2050年までに世界で2億1600万人もの人々が移動を余儀なくされるとしている。

※3 国内避難民:紛争や迫害が原因で家を追われ、避難生活を余儀なくされている人々のうち、自国を出ることなく国内で避難している人々

難民は“かわいそうな”存在?に“NO"

「難民」といえば、様々な事情で国や地域を追われた「かわいそうな人々」というイメージが付きまといがちだ。しかし、田崎さんは、こうした一種のスティグマにも異を唱える。

「もちろん様々な支援が必要なのは間違いない。そのこと自体は否定しません。しかし、だからといって、『難民は何もできない』という決めつけも良くないし、『難民』という呼び方そのものも良くないと思うんです。同じ人間ですし、ソルボンヌ大学を卒業しても難民に指定されたら『難民』として扱われる。彼らも普通の環境であれば力を発揮できるはずです」

このような考えに基づき、N-ARKでは海上都市を気候難民の受け皿とするだけでなく、都市の中の経済圏における働き手として難民をカウントする。必要な教育を受けた難民は、スタートアップを創業したり、海上都市内のレストランやホテルなどで働きながら、住居で暮らす。

どこまでも重視するのは、都市が「自立的」であることだ。

“Dogen City”のイメージ(提供:N-ARK)

現在、プロジェクトは構想段階。2025年度中には計画の検証(PoC)に着手する予定だ。バルセロナで開催された「Smart City Expo World Congress 2023」をはじめ、N-ARKが提示するアイディアには、既に国外から多くの反響が集まっている。

海抜5メートル以下の国土が多いことで知られるオランダでは、水上建築を手がけるスタートアップと意気投合し、具体的なプロジェクトを共に進めるための協議が進む。

まずは数年かけてヨーロッパで大型の実証実験を形にし、その後は実際の気候難民受け入れへ。N-ARKは異国の地で、着々と歩みを進めている。

N-ARKが構想する海上都市のイメージ(提供:N-ARK)

「人間は時々素晴らしいものを作り出す。僕はこの可能性にかけたい」

長期に渡る巨大プロジェクトを形にすべく模索する田崎さん。

その原動力を尋ねると、「面白い世界を作った方がいい……じゃないですか」と、言葉を探しながら応じる。

「人間って、たまに本当にすごいことをやるんですよ。キャリアの初期にデザイナーになろうと思ったのも、人が生み出すものの素晴らしさに気付いたからでした。世界各地の遺跡や名建築を見ても思いますが、時々素晴らしいものを作り出す。僕はこの可能性にかけたいし、人間の創造性に驚かされたいんです」

人間なんて大抵ろくなもんじゃない(笑)、と時に毒づきながらも、田崎さんからは人間が生み出す可能性に賭けたいという思いが伝わってくる。

「N-ARKでは、技術と経済、文化の3要素が全部一緒になった状態を作りたいんです。例えばカルチャーの人がカルチャーだけにコミットしているのを見て、そんなんじゃまともなリターンの設計ができるわけないじゃんって思っちゃう時もある。その取り組みを本当に広げ、持続可能なものにしたいならば、テクノロジーやファイナンスの視点が不可欠なはず。3つを全部やるのは簡単じゃないけど、僕はそれが揃った状態を作りたい。その方が面白いと思うからです」

大きな地球環境の変化に向き合い、SFさながらの未来都市を着実に実現しようとする姿は、誰よりも人間の可能性を信じているように見えた。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜N-ARK が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

2023年度最終回となる今回は、「新しい起業家像」について語りたいと思います。

田崎さんは考古学、建築、アートに知見をもち、もともとはCGやインスタレーションの分野で活動されていたデザイナーです。

ビジュアルデザインスタジオ「WOW」勤務時には公共施設やアートパビリオンなど建築プロジェクトを担当。その後、2018年にディープテックに特化したクリエイティブファームKANDOを設立すると同時に、VCのリアルテックファンドへ参加しながら、複数のディープテック系ベンチャーへの支援を行っています。

これまでには下記のように幅広い形で、多数のテックベンチャーに関わってきています。

・サイボーグ技術を手がけるベンチャー「MELTIN」の国内外での飛躍を下支えし、20.2億円の資金調達に成功
・パーソナルモビリティ「WHILL」のCES展示を手がける
・HRテック「ZENKIGEN」の事業コンセプトづくりをリード

極めつきには、N-ARKを創業した2021年に先端研究者のロングインタビューメディア「esse-sense|エッセンス」を共同創業しています。

N-ARKは事業の構想自体とても「壮大」で非常にユニークなものです。その理由は、田崎さんが持つこれまでのスキルや経験、そしてそれらから導き出される構想力を、これでもかと存分に活用している点にあると言えるでしょう。

社会的企業のあり方が大きく変化する中で、起業家に対して求められるスキルや能力・人物像といったものも同様に変化しています。「通常のベンチャー起業家」とは異なった経歴を持った「クリエイター」であり、毛色の異なる新しいタイプの起業家です。

これからの社会的企業において、デザインの力を活用することの重要性は以前語りましたが(注1)、社会を変革するような大きなシステムチェンジが事業として求められていくとき、停滞しているこれまでの社会の延長線上のみで物事を語るのとは大きく異なる方法論が必要であることは言うまでもありません。

今回のN-ARKは、まさにその入口としてイメージの力を活用して社会の変化を牽引することを目指している事例と言えるでしょう。このような取り組みは、これまでデザイナーとして活躍してきた田崎さんだからこそ、できたことだと言えます。

ビジネスの世界ではどうしても経営能力のみが評価されがちであり、こうした点についてはベンチャー投資やインパクト投資においても同様の傾向にあります。しかし、今後は田崎さんのような構想力を重視する起業家が間違いなく増えてくるでしょう。

最後に今後の課題についても言及したいと思います。

当たり前なことではありますが、イメージを使って社会に対して語りかけるだけでは世の中が変わりません。N-ARKはある種の「社会的実験」ともいえる壮大なアイディアですが、今後はそのアイディアの具現化に向けての実装が求められるフェーズです。

そこで重要となるのは実行力、そして様々なステークホルダーを巻き込みながら束ねていくようなコミュニティーエンゲージメントの能力です。

我々・SIIFのインパクト・エコノミー・ラボにおいても、新しい時代の社会的事業や起業家像が生まれていく中で新しい経営手法や思想が導き出されていますが、コミュニティーエンゲージメントの新しいあり方についても様々な示唆が生まれています。

次節以降もぜひ読者の皆様とそのことの核心に触れていきたいと考えています。ここまでお読み頂いて、誠にありがとうございました。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/取材・編集:湯気】

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