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頭のいい学者が両面コピー機を使いこなせないわけがない、という思い込み

ビジネス・エスノグラフィとは、民族誌学的アプローチをビジネスやマーケティング活動に生かした調査手法のこと。主にユーザー調査をするときに定量アンケートなどの手法で顕在化したニーズや情報を探る手法とは異なり、デプスインタビュー、ユーザビリティテスト、観察調査などの手法を使って、ユーザーの潜在的なニーズを探る調査のことを指す。

「エスノグラフィ」はもともと、文化人類学や社会人類学における研究・調査手法で、特定のコミュニティにフィールドワークとして参加し、そのコミュニティ内の人々の行動様式を観察・記述していくことで、価値観やコミュニティ構造をあぶり出していくものである。

こうした学術的アプローチを、ビジネスやマーケティングなどの課題解決に応用したところ、様々なイノベーションや成功事例が生まれたことから、近年はビジネスメソッドとして注目を浴びるようになっている。

綿密なビデオ観察で、優秀な学者であってもコピー機を使いこなせるとは限らないことを発見する

商品開発にエスノグラフィの手法を取り入れたパイオニア的存在として知られているのが、印刷機器メーカーのゼロックスの子会社「PARC(Palo Alto Research Center)」だ。

同社に研究員として入社した文化人類学者のルーシー・サッチマン(Lucy Suchman)は、これまで研究に活用してきたエスノグラフィのアプローチを製品開発に役立てるための方法を模索した。そして生まれたのが、コピー機のユーザーが実際にどのように使っているのかを延々とビデオ撮影し、それを観察してコピー機の改善点を洗い出す手法。

試しに自社のコピー機を撮影してみると、早速驚きの事実が浮かび上がった。ビデオに映っていたのは、博士号を二つも持っているような優秀なPARCの研究者が、ゼロックスのコピー機で両面コピーを行うのに四苦八苦している様子だった。彼だけでなく、多くの優秀な研究者が両面コピーの機能を使いこなせていなかったのである。

こうした事実から、コピー機の様々な機能を使いこなせないのは消費者のリテラシーの問題ではなく、コピー機のデザインやインタラクションにあることを発見。その後、同社のコピー機には両面コピーをうながす緑色のスタートボタンが搭載されるようになった。この改善が消費者の満足度を大きく向上させたのは言うまでもない。

以来、同社のプロジェクトで新製品を生み出す際は、技術者だけでなく社会学者やデザイナーを早い段階で参加させるようにし、ほとんどのプロジェクトにおいてエスノグラフィの手法が取り入れられるようになったそうだ。


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